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2019年11月24日 (日)

窓展(東京国立近代美術館)

「窓をめぐるアートと建築の旅」だそうで、近現代のアートから建築までを結構なボリュームで展示。途中関所もあったりするなかなか凝った企画である。

最初にバスターキートンの映像から始まる。人が立っているところに家の壁が倒れてきて……というもの。なぜにそれが「窓」かは、見てのお楽しみじゃ。最初チャップリンかと思った。それから横溝静の写真。見知らぬ人に何時何分に窓に立ってというお願い手紙を出して、それを撮る。2点だが、なかなかノって応じている方のようです。これ、人によっちゃあ新手のセールスじゃねえかと思ったりするよな。それからおなじみシュールレアリスト北脇昇、窓っぽい抽象画。郷津雅夫はニューヨークでのストリート沿いの建物の窓から外を覗く人々。パレードの時に撮ったのもあり、窓に人がひしめいて人間ボックスみたいになっているぞと。

次にいきなりデカい年表(写真付き)があってアートと窓作品と建築の歴史。当然窓といやぁフェルメールもあります。ハンマースホイはここではハンマースホイでハマスホイではないな。浮世絵も北斎があるが……なんか広重が丸窓かなんかやってなかったっけ。あと同じところに建築の図面とか。

それからまたアート関係に。茂田井武のヘタウマっぽいパリ。うん、うまく描こうと思えば描ける人だと思うよ。ロベール・ドアノーの面白写真。ギャラリーのショーウィンドウの向こうから、ショーウィンドウを見る人を撮るが、とある絵の脇にいかにもエッチな絵があり、ついそっちに目がいっちゃう。夫婦でとある絵を見ているが、夫の方はついエッチな方をちら見しちゃう。そこを撮ってる。妻はそれに気がつかねえぞアヒャヒャ……とこっち側で笑うのもフェミニズム的にどーたらとかいう説明もあって、あーなるほどとは思うが。いずれにしたって目が行っちゃうのが紳士の性(さが)。胸のデカい女性を前になんぞも胸をちら見しちゃう「あれさーバレバレなんだからねーやめてほしいんだけど」ウルセーな本能だから仕方ねーんだ。紳士はそれを我慢できない。無駄な期待をするな。次はパウル・クレー「破壊された村」が珍しく(?)立体感がある。窓付き建物だよ。マティス「待つ」はチラシにもなっている。マティスにしちゃあ落ちついた色で、品よく見えますね。ええと……何か出品リストを見返しているがいろいろ覚えてねえ。あーそうそう、岸田劉生の「麗子肖像(麗子五歳之像)」東京ステーションギャラリーから早くも再会。最初の麗子像じゃなかったっけ。確かに窓っぽいものの中にいるね。

現代アートになってきて、窓っぽい抽象画。ジョセフ・アルバースのきっちり四角形と、マーク・ロスコのボケっとした四角の対比。おっとリキテンシュタインじゃないか。「フレームⅣ」おなじみドットを使った「窓」そのもの。これはストレートな表現でなかなかいい。日本もの、津田青楓「犠牲者」小林多喜二の死で描かれた吊された男。ダークなプロレタリアアートだ。林田嶺一の窓っぽい箱作品の数々、あーこういうの見ると、コーネルの箱をまた見たいねえ。奈良原一高の写真。男の修道院と女の刑務所を撮る。どっちも一般社会と隔離されていて、その象徴が窓だったりするのだ。

次が小沢剛、チェン・シャオション、ギムホンソックによる、架空の国「西京」から「第3章:ようこそ西京に―西京入国管理局」。展示はともかく、ここでマジで入国審査をしているので通過できないと先へ行けない。通過するためには、とびきりの笑顔か、大笑いか、歌の一節か、踊るか……だと。まあ多くの人は笑って通過だけどね。その先には入国に必要な情報という映像作品。パスポートは絵を描いて行くこととか。面白いっちゃあ面白いが、どうも俺は小沢作品は好みじゃない。ベジタブルウェポンもそうだけどさ、なんちゅーか、こうすれば世界が平和になるでしょみたいな押しつけ感というか、それもあまり深く考えてないヤツを見せられてる感じがしてね。いや考えた上での表現かもしれんけどね。そういえば映像の中に、入国審査にもう一つあって「詩を5つ暗唱する」。なんだそれもいいのか、テンションが高けりゃやったのに。なんならその場で作ってもいいぞ。まあテンション低かったんでやらんだろうけど。次も映像作品、ユゼフ・ロバコフスキ「わたしの窓から」あまり見てない。何しろもうあまり時間もございませんで。窓から撮った(昔の?)映像に適当にそれっぽいナレーションをつけたヤツ、らしい。とすればこれ、昔俺が都電の中からやったパフォーマンスに似てるぞ。窓の外に見える人などを指し、「あの人は今何々を考えている」とか適当に言うのです。もう15年以上前か。次に木でできた囲いと、中の部屋に座っている少年のインスタレーションがあるが……なんとなく意図が読みとれず、次の部屋もビデオ作品いろいろだがイマイチ集中できず……なじぇか? ローマン・シグネール「よろい戸」こいつのせいだっ! 扇風機を使って木の窓を開け閉めする装置。窓が通気とか境界とかじゃなく単なる動作するだけのものになってるぜハハハって作品だが、閉まる度に「バッターン!」と狂ったようにデカい音を立てる。オレは突然のデカい音は苦手なんだよっ。映画でも驚かし要素あるのはイヤでちゅ。なもんで、その窓を見てて閉まる時に身構えてないといけない。これじゃ他のものに集中できねえ。みんなよく平気だな。なもんで、この辺のものはよく分からん。

ズビグニエフ・リプチンスキの人が入り乱れているが同じことを延々繰り返している作品。面白いぞ。時間がなくてあまり見てないが(ちなみにYouTubeにあって全部見れた)。よく見ると、なんか子供に見せられんこともしているが。山中信夫のピンホールを使った写真とか。最後にゲルハルト・リヒターの「8枚のガラス」文字通り、歩きつつ反射して見えるものを楽しもう。あと外には藤本壮介の「窓に住む家/窓のない家」雨で暗かったが窓を使った空間だ。

これまた十分見ようと思えば時間がかかる。余裕を持って行ってくれ。
https://www.momat.go.jp/am/exhibition/windows/

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2019年11月17日 (日)

「印象派からその先へ―」(三菱一号館美術館)

石膏建材メーカー吉野石膏のコレクションだそうで、ほほう、こんなに持ってたんか。内容は手堅い集客が期待できるバルビゾンあたりから印象派、その後エコール・ド・パリあたりまで。あー印象派なんて飽きちまったぜとか言いつつなんだかんだ俺もこの手合いは行ってる。

最初は「印象派、誕生」だってお。最初にコローがあるが、あーちょっと小粒だな。コローって割とデカい印象があるので。ただ、作品は別に悪くないし、美術館自体、小部屋中心なもんで小粒もの向きなのだよ。ブーダン「アブウィル近くのソンム川」うむ、遠目でイカす空の光じゃん。おなじみミレー「群れを連れ帰る羊飼い」夕景の橙色がなかなかミレーらしいが、空には月も出ているぞ。ミレー「バター作りの女」赤い顔はいかにも労働者じゃん。クールベさん「ジョーの肖像、美しいアイルランドの女」理想化しないクールベさんが普通に美女描いてる。強そうだが。
次の部屋は……ピサロだったよな。出品リストは年代順で、展示はお好み順なもんで。「ポントワーズのル・シュ」など点々もの(点描)あり。ただ注目は「モンフーコーの冬の池、雪の効果」雪景色で中央に木の幹が目立っていて、印象が何とも日本画っぽいもんで、解説見たらやっぱ浮世絵の影響があるようだ。広重とかよくこういうのやるもんねえ。「暖をとる農婦」珍しく人物だ……ってメモってあってどんなのか忘れた。で、次の部屋がシスレーだったはずだ。シスレーはですね、印象派ないかにも印象派ななんだけど、どれ見ても大して変わりがない。いや、普通にいい絵なんですよ、うん。まーあとは画家の生涯なんか見ていけば、あーここは人生のこの時のこういう場所かぁ、なんていう一歩進んだ見方もできるだろうけど、そこまではしません(絵の読み解き嫌い特に印象派以降は不要)。

次は大きな部屋に出てルノワールとか。ルノワール「庭で犬を膝に乗せて読書する少女」緑の中に水色の服というのが実にいい。描き方も光が滲むごとくというかルノワールらしさ全開。あと目玉品三発が並んでいる。①ルノワール「シュザンヌ・アダン嬢の肖像」輪郭がシャキッとしてる系。結構好きだぞ。②ドガ「踊り子たち(ピンクと緑)」珍しく(?)踊り子ではなくピンクと白のグラデーション衣装が主役に見える。③メアリーカサット「マリー=ルイーズ・デュラン=リュエルの肖像」この画家はアメリカ人なんだな。名前はたまに聞くがよく知らんの。それから、またルノワール「赤いブラウスを着た花帽子の女」この濃ゆい感じは晩年だよな。あんま好みじゃないが。「幼年期(ジャック・ガリマールの肖像)」うまいな……ってダメだダメだそんな語彙の貧しい形容は。ええと、まあ子供の中途半端な表情がいかにも子供らしく無邪気って感じですね(作り笑顔とかじゃなく)。あのう、レンブラントの自画像なんかもそうだけど、中途半端でよく分からない表情が描けるって、実は凄いことではないかい? 次もルノワール「箒をもつマイケル・ジャクソン(整形後)」もとい「箒をもつ女」だって、そう見えちゃったんだもん。それから次にモネがあるもんね……飽きてる。まあでも「テムズ河のチャリング・クロス橋」究極君みたいな感じ(?)。「サン=ジェルマンの森の中で」これは向こうに続いている森の道がなかなかいいが、それより抽象画的な、意味を取っ払ってこういう色彩と形状の作品であるというような見方もでできるので面白いぞ(絵の読み解きイヤ)。マネ「イザベル・ルモニエ嬢の肖像」んー、コートールドのあれを見ちゃうとなあ、こっちは何か足りないとか思ってしまうだよ。いや、悪くはないんだが。次にゴッホ「雪原で薪を運ぶ人々」パリに行く前の農村画家ゴッホ。うん、ゴッホだというだけの絵だな。「静物、白い花瓶のバラ」パリに行ったあたりだそうで、印象派を絶賛吸収中。

廊下を移動。「フォーヴから抽象へ」。マルケがあるが別にフォーヴ(太線で荒々しく描くやつ)ではない。マティス「緑と白のストライプのブラウスを着た女」普通の女の絵だな。「静物、花とコーヒーカップ」普通の静物画だな。ううむ、フォーヴないじゃん。ボナール「靴下をはく若い女」定番の裸婦画。アンリ・ルソー「工場のある町」あー、ルソーだな……なにがルソーか、なんとなく、では困るな。道の遠近が変だ、いや、人物がいるが、豆粒過ぎる。スケールがおかしい。でも全体でまとまった独特の雰囲気がある。ピカソ曰く「ウケる~」。解説にはよく素朴とか稚拙とか原初的とか書かれるが、分かってねーなー。これは図らずも超現実なのだよ。セザンヌが知恵と汗を絞ってやったことを、何となくできちゃった天才がルソーだ。だからシュールレアリストとかにも人気だったのです。ただの素朴で稚拙な絵だったら、こうも人気は出ないじぇ。次、ミロ「シウラナ村」あー、一応物の形を描いてるんで初期だな。ルオー「占い師」ド厚塗り。他2点。ピカソ「フォンテーヌ・ブローの風景」ほう、さっきのルソーとなんとなく似通うセンスがあるというか、ルソーの超現実的要素を持ってきた感じの風景画だ。「女の肖像(マリー=テレーズ・ワルテル)」いかにも「ピカソの絵」のピカソ。一方「帽子をかぶった女」あまりに普通のねーちゃんの絵。この間は2年、画風が変わったというより、その時の気分でいろいろできたはずだ。いや、かくありたいね。同じような物をいくつも作っても新鮮味がなくなってくるし。ブラックのキュビズム1つ。カンディンスキー「結びつける線」ほう、透明の板がいいね。立体感。

階を降りる。ここにヴラマンク。やっとフォーヴらしい絵が出てきたな。「大きな花瓶の花」みたいな平面的なのより、やっぱり「村はずれの橋」の奥行き感ありのものがよい。これはなんとセザンヌを意識して描かれたそうで、確かにこの全体の青は、あの山……ええと何だっけ、サント・ヴィクトワールか、あれの感じ。ゴッホを吸収し、セザンヌを吸収し、ヴラマンクはもっと評価されていいじゃん。収蔵品のルドンの「グラン・ブーケ」あり。

廊下を移動して「エコール・ド・パリ」。ユトリロ「モンマルトルのミュレ通り」遠近の演出が見事ですな。マリーローランサン2枚……なんか、どの絵を見てもマリーさんですなあ。キスリング「背中を向けた裸婦」とかドンゲン「座る子供」文字通り。残りは全部シャガール。結構持ってるんだな。「夢」というのは妻を亡くした直後の絵らしいが、深い青い色がいいんだな。シャガールブルーみたいなの、あるよね。定番の恋人たちものもあるが、ここは一つ「サント・シャペル」謎めいた……これ何? 生き物? 分からないけど分からないから面白い。ブルーも冴える画面で俺はこれが一番いい。

超大作とかないんだけど、粒ぞろいで損はない。そういや、東京ステーションギャラリーのパスポートで200円引き。
https://mimt.jp/ygc/
Kc4i0028a

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2019年11月 7日 (木)

ラウル・デュフィ展(パナソニック汐留美術館)

サブタイトル「絵画とテキスタイル・デザイン」だってお。ここは広くないんだけど、その分所狭しと展示されるため、点数は意外と多いのです。前に、ジョルジュ・ブラックのジュエリーをやって好評で味をしめたのか、今度はデュフィの変わり種を中心に企画。これもなかなかの当たりと見る。デュフィはテキスタイルでも活躍しているのだ。知らんかったね。

最初に定番の絵画が並ぶ。やっぱデュフィといえばまず絵画よ。年代を軽く追って展示。「グラン・ブルヴァールのカーニバル」は思いっきり印象派。そうか、デュフィもこういうのから始まったんですな。「モーツァルトに捧ぐ」で早くも赤い色がデュフィらしさを出し始める。「サン=タドレスの大きな浴女」おいマジ大きい女だな……っていうか顔がオッサンに見えるんだが。髭の剃りあとかと思ったら影か。「ニースの窓辺」うん、だいぶ色がいい感じになってきたぞ。「オーケストラ」うむ、こいつぁデュフィだ。線が踊っておるよ。ちなみに前も書いたけどデュフィの絵は遠目だと結構汚くてだな、やっぱり描線一本一本がちゃんと見えていた方がよい。線が踊るように見えたらナイスだ。「コンサート」やっぱしこの赤、いいね。俺の好きなデュフィだね。

絵画中心はこの辺までで、モードとの出会いのコーナー。アポリネールの挿絵が評価されてテキスタイルの世界へ行ったとか。その、版画が出ているんだけど、ちょっと前に見たメスキータに似ている感じ。モノクロだし。それからデザイナーのポール・ポワレとのコラボが始まる。「オルフェウスの行列」絹織物だけど……うむ、なんかいわゆるドット絵だな。8ビットマイコン(古い)みたいな。「亀」も金糸の入った絹織物だけど、亀の甲羅のデザインがなかなか面白い。花みたいじゃん。あと「ジャングル」とかドット絵織物いろいろ。で、その後に下絵があるが、ん、なんかこっちの方がいいな。ちゃんと色付きの絵みたいだしな。えーと、あとドレスが出ています。「ポール・ポワレのデザインによるイブニング・コート(ペルシア)」はモノクロ模様のドレスな。「ドレス テキスタイル(象とチーター)」緑とオレンジでさすがでございますってメモしてあるけど、あんまり覚えてないや。あとね、布地用版木が出ているぞ。やるじゃん木版。でも、木だけじゃなくて細かい模様造るのに金属も使っているんだじぇ。あーそうそう絵もちょっとある「公式レセプション」デザイン関係の実景をもとにしているんだと思うが良くも悪くも社交界~って感じ。

花々と昆虫コーナー。まず「薔薇」いろいろ。なかなかいいですな薔薇の花。それから阪神タイガースのテキスタイルがあります。もちろん嘘です。「薔薇とストライプ(下絵)」が黒と黄色のシマシマなもんで一瞬そう見えた。「薔薇デザイン(原画)」なんか日本画っぽさを感じるぞ。あと、床にもテキスタイルのデザインが上から投影される。さすがパナソニック。ハイテクじゃん。次に花のデザイン「カーネーション(下絵)」のモノクロもよし、「花柄の構図(デザイン原画)」の色付きもよし。花と葉のコーナーで、ドレスが3つ。モノクロ模様よし。しかし絵画とは全然違いますなあ。昆虫のコーナーでは、なんと「蚕」。蛾ですよ蛾。しかも蚕そのものも描いてある。つまりイモイモ(芋虫)じゃありませんか。キャー。エーこの辺、絵画もあり「赤いヴァイオリンこれだよこれこれ。やっぱこういうの見たい。

モダニティというコーナー。毛織物「ヴァイオリン」おお、これはデュフィだな、と分かる画風。「騎士と少女たち」はドット絵。幾何学模様のところもあって、「幾何学模様の構図(デザイン原画)」この絵画の一つが、いかにも描線がデュフィだ。「うろこ」ドレスはシンプルの極み。

そんなわけで、デュフィのテキスタイルとの関わりを中心に構成される。うまいことやっておる。
https://panasonic.co.jp/ls/museum/exhibition/19/191005/index.html

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2019年11月 1日 (金)

ゴッホ展(上野の森美術館)

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会社が誕生日の休みをくれるのです。弊社は給料以外ホワイトなんで。でも仕事の状況からすると休んでいるばーいじゃないんだよな。でも休み取っちゃったんだからしょーがない。
ゴッホ展、実はそう期待していなかったんだけど、ん、まあ、なかなかかな、

そもそもゴッホは「ハーグ派」に影響されたってことで展示が構成される。何かってえと、農村の鬱々としたヤツ……っていうか、自然の中の暮らしをレアリスムとともに詩情いっぱいに描く……ってミレーとかと同じようなもんだけど、まあとにかく、ゴッホはそこから始まる。
「馬車乗り場、ハーグ」渋めの絵ですな。後のゴッホとか似ても似つかない。でもまあ、そう悪くはないですよ。「待合室」みたいに人が群れていたり、「籠を持つ種まく農婦」なんてのも文字通り、やっぱしミレーっぽい。しかし農婦か。農家の若い娘とかを半分脱がしたりして描くんじゃないんだから真面目な男のよう(そういうことしてるヤツいるぞ)。

それからハーグ派の画家いろいろ。ゴッホの原色世界を期待していた向きには面白く何ともない農村模様。全体に「焦げ茶」みたいな感じ。ただマティス・マリスって人の写実っぷりはいいね。森の風景を描いたりしているが、なかなかキマっているじゃないか。ここスルーしている人も多いがもったいないぞ。でも、このハーグ派が結構だらだら続いて、これゴッホ展かよとか思ったりする。

それからやっとまたゴッホ。農民画家としてガンバル姿。この頃の傑作に「ジャガイモ(馬鈴薯)を食べる人々」というのがあり、完成作を見たことがあるんだが、今回はその下絵みたいなのが出ている。後のゴッホを期待した向きにはおもしろくねー。「若い農婦の頭部」なんか見ると、ゴッホじゃなければ二万円とか思っちゃうけど(例のウッドワンのヤツね)……「秋の夕暮れ」おっと、これはなかなかいい。寂しくも広大で、遠くの光もちょっと神秘的。ゴッホらしくないが、これはこれでなかなかの傑作じゃないか。他にも農村ものがあるが、こうして見ると、この分野でも「そこそこの画家」にはなれるようだ(でも売れなかったのか)。もちろん、後の時代をぶち抜く驚異的な絵画には及ぶべくもないのだが。

そしてパリへ行き、印象派の洗礼を受ける。この頃の三つの絵がハーグ派と印象派の移行期っぽくて面白いぞ。「花瓶の花」では厚塗りが見られる。「ブリュット・ファンの風車」文字通り風車だ。「パリの屋根」印象派風であり、上から見た風景の、遠景の空気感がよく表現されている。なかなかのリアルさではないか。ここでゴッホは印象派を一瞬にして吸収してしまい、のちの画風へと爆走する。
印象派の画家達コーナー。シスレー。ゴーギャン、モネなど、定番の人が手堅く並ぶ。ルノワールもいるぞ。「ソレントの庭」は神話風景っぽくて面白い。「髪を整える浴女」はルノワールにしては痩せている裸婦だね。セザンヌが1枚あった。印象派風だが、静物画みたいに驚異的ではない。これがだらだら続き、いよいとゴッホの本領発揮。パリで印象派を吸収したと思ったら、一気にそれを抜き去って、独自の世界を作り上げる。ここはやはり凄い。まるで突然変異だ。「男の肖像」はポップアートにも通じる現代性がある。「麦畑とポーピー」も赤い花が冴えていて、まるで現代絵画の何かのようだ。

そしてその頂点に「糸杉」がある。ポスターで見ると、どうということは無いと思ったが、実物を見ると、結構デカい。マジこいつぁスゴい。しかも描き方も、「例の厚塗り」になっている。見た人は分かると思うが、これを見て、なぜゴッホが売れなかったのか理解に苦しむ。時代の先を行き過ぎたのか。現代においてこれだけ多様な表現があふれてもなお通用するこの表現力、この強度。やっぱゴッホはすげーわ。他にも定番の表現が並ぶが、糸杉と比べると普通かな。いや、いい絵ありますがね。

出るとショップ。ゴッホ展の後って、あまりグッズとか見たくねーなー。ゴッホってやつは本物印刷が違いすぎる。
なんだかんだ時代を追った展示で、変遷が分かりやすくまとまっているぞ。
https://go-go-gogh.jp/

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