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2020年1月26日 (日)

ハマスホイとデンマークの絵画(東京都美術館)

こんにちは。手が早く文章量が多いが全く役に立たない意識低い系美術鑑賞ブログの時間です。
前回2008年のハンマースホイ展のブログに「ハンマースホイ待ってたホイ」とか書いた記憶があるんだが、見直したら無かった。記憶違いか別のタイムライン(多世界)に来てしまったかどちらかだ。
今回「ハマスホイ」になったのは現地発音に近いからだそうで、知名度からして「ハンマースホイ」からの転向には「まだ間に合う」と踏んだからであろうね。これが「ミュシャ」だったらいくら現地発音に近くても「ムハ展」なんていう冒険はせんでしょう。「ミュシャ」が定着しちゃってるからね。さて、2008年のはいきなりホイしていたが、今回はデンマーク絵画をまず見せてきます。

冒頭にはハマスホイの「画家と妻の肖像、パリ」ほう……このハマスホイさん、メガネかけたら田代まさしに似てねえ?(そんな感想かよ)それで、最初のコーナーは「日常礼賛」……「れいさん」で変換できないと思ったら「らいさん」か(何を今さら)。デンマーク絵画の黄金期だってお。クレステン・クプゲの絵が最初にあったが(なんかタイトル長い)、あー空が広いな、ってぐらい。他もクプゲの絵があるが、別にどうという強い個性があるわけでもない。コンスタンティーノ・ハンスン「果物籠を持つ少女」これも一見普通だが、うん、見るとキスリングっぽい顔のクッキリさ(?)があっていいじゃないか。時代的にキスリングの生まれるずっと前だが。マーティーヌス・ラアビューの外科医の家族の肖像。リア充ファミリーしちゃってる感がいいですね。犬もいるしな。クプゲ「海岸通りと入り江の風景、静かな夏の午後」全体にピンクがかっていて、風景画として雰囲気はいいです。……と書いているけどさ、もっとズガッとクる絵はないんかい。ピーダ・クレスチャン・スコウゴーの……あータイトル長いな、ヘタな絵ではないが、わざわざ美術館に出すような絵に見えないお(オレの見る目がないだけかもしれんが)。

テンションが低いまま次のコーナー「スケーイン派と北欧の光」どーしぇハマスホイのオマケだろうと思ったら、ここが意外と面白い。スケーインは漁師町だそうで、当時の画家がこぞって出向いたりした。そうっ、あのっ、バルビゾンの漁村版。オスカル・ビュルク「スケーインの海に漕ぎ出すボート」おおっ、フランス画家がバルビゾンで明るい農村を描いていた頃(は1830年代でこっちは1880年代なんでだいぶ後のようだが)、こっちで明るい漁村を描いていたのかと思うと笑いがこみ上げてくる。ミケール・アンガ「ボートを漕ぎ出す漁師たち」これも漁民の生き生き描写。なかなかいいじゃん。ビュルク「遭難信号」これは明るいわけではないが、これは室内で赤子のいる母が遭難信号を聞く海のドラマ。アナ・アンガ「戸口で縫い物をする少女」おお女性画家か。それから、もうハマスホイがあるのかと思ったらヴィゴ・ヨハンスンで「台所の片隅、花を生ける画家の妻」ううむ、後ろ向きだし服は黒いしハマスホイってる。でも物がちと多いですな。ハマスホイはもっと清貧というか物がほとんどないストイックな室内を描くよな。ミケール・アンガ「スケーインの北の野原で花を摘む少女と子供たち」あー一面の野原ですねえ。こうなるともう漁村じゃないよなあ、まあ漁村を描くばかりじゃないんだろうけど。ピーザ・スィヴェリーン・クロイア「スケーイン南海岸の夏の夕べ、アナ・アンガとマリーイ・クロイア」白っぽい北欧の海岸に二人。

階を移動して次のコーナー「19世紀末のデンマーク絵画ー国際化と室内画の隆盛」なんか幸せ家庭っぽいのを描いたらしいが、別に前と同じようなものなんだが。ティーオド・フィリプスン「晩秋のデューアヘーヴェン森林公園」なんかゴーギャン(ゴーガン)から印象派の理論を学んだんだそうです。どうということのない絵だが、まあ現代の、印象派を見まくっている目には新鮮ではないよな。クレスチャン。モアイェ=ピーダスン「花咲く桃の木、アルル」なんとアルルでゴッホと親交があったそうです。そいつはスゲエ。絵は……まあゴッホほどの強烈な個性はない。またヴィゴ・ヨハンスン「きよしこの夜」これ前に見たかな。いや見てないか。イルミのクリスマスツリーの周りを子供達が手をつなぎ輪になって回る。イルミがきれいだ。逆光の子供達もいいですな。この絵は遠目でもよし。それからピーダ・イルステズ「ピアノに向かう少女」少女後ろ向き。なんだうまくねえな……え? ハマスホイの義理の兄ですと? イルステズ「縫物をする少女」おっとこれはハマスホイに似た雰囲気だ。物は多いようだが。それからカール・ホルスーヴ「読書する女性のいる室内」おやおやこれも、後ろ向き女性。ギーオウ・エーケンの絵も同じく後ろ向き女性。なんだこういうの流行りだったのか? それともこの企画のためわざわざそういうの絵を集めたのか? ハマスホイに備えるよという感じで、後ろ向き女性の絵が連発。
そんでいよいよ真打ち登場。ヴィルヘルム・ハマスホイです。最初に自画像……やっぱマーシーじゃん。「ルーブル美術館の古代ギリシャのレリーフ」おお、よく写して描けました。立体感はまるでだまし絵。「ゲントフテの風景」ずいぶん……簡素な風景画ですな。地平線の左の方に並木がチョボチョボ。室内同様、静かで簡素が好きなのか。「古いストーブのある室内」ハマスホイらしい人がいない室内だが、色合いが暖色で寒々しい感じがしない。「三人の若い女性」これがなかなか面白い。3人椅子に座っているが、別々の方を向いていて、互いの関係性が見られない。これを裸にすりゃあオレの好きなポール・デルヴォーの絵画みたいなもんです。「室内、ラーベスク・アリ」……うむピンクだな。「室内」おおっ、後ろ向き女性がいる。ポスターの、と思ったら違った。テーブルの向こうにいるね。テーブルの上にゃ何もなし。そうそうこれこれ。この簡素さがハマスホイ。凡人画家はつい花とか果物とかテーブルに置いちゃう。それにしても黒い服。あの喪服の漆黒ですな。

また階を移動して引き続きハマスホイ。風景が多い。えーこんなに風景描いてたの? 「ライラの風景」ううむ、青空ってハマスホイらしくない。「三隻の船、クレチャンスハウン運河の眺め」ほう、なんか写実ですなあ。こんなシャキッとしたのを描けるんだあ。「背を向けた若い女性のいる室内」これがポスターのヤツだ。女性は大きめ。後ろ向き。やはり漆黒の服。この漆黒ぶりはポスターでは分からないぞ。ぜひ実物を見たまえ。この漆黒を感じるところがこの絵のミソだと思うのです。あと傍らに、この絵に描いてあるパンチボウルとトレイの実物も展示されているぞ。「イーダ・ハマスホイの肖像」前回も来てたが病気上がりの絵だけど顔が緑で明らかに病気じゃん。しかしこういうの描かれる方もなんか嫌だろうなあ。でもまあ芸術家だから、描くと言ったら止められないよな。「風景、ゲントフテ」前と同じ地平線に木がチョボチョボ。「室内ー開いた扉、ストランゲーゼ30番地」人がおらず白い扉が並ぶ。なかなか現代的雰囲気でシュールレアリストが目をつけてもおかしくない感じ。「室内ー陽光習作、ストランゲーゼ30番地」これは窓を通って床を照らす日光を完璧に描こうとした、習作ながら傑作。床に反射した日光がまた室内を照らすところも気合いで描写。「室内、蝋燭の明かり」二本の蝋燭だけで室内を照らす様、前の時は怖いとかブログで書いていたが、今回の印象は別に怖くない。部屋が楕円なんで、なんとなく包まれている感じ。最後は「カード・テーブルと鉢植えのある室内、ブレズゲーゼ25番地」室内へ左からの陽光、いい感じですね。

前回はハマスホイの室内がもっとあった気もするが、今回はポイントを押さえて、風景とか、デンマーク画家とかも入れて多彩な感じで。しかし果たして会期が進むと混むようになるかな。
https://artexhibition.jp/denmark2020/
Kc4i0027-4

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2020年1月25日 (土)

サラ・ベルナールの世界展(松濤美術館)

企画展の金曜日の夜には建物ガイドがあって、それにも参加。住宅専用地域で高い建物が建てられない上に、狭い土地に十分なスペースを確保するため地下2階まで作り、都会的に外壁は閉鎖的だが、中央に吹き抜けを付けて開放感を出す等、建築家白井晟一の意図の説明。あとは、なんと普段見れない館長室も見学、普段渡れないブリッジも渡れた。地下2階の模型も見学と、長い時間ではないが魅力は十分だ。

展示の方はベル・エポックのミューズ的な女優、サラ・ベルナール。ミュシャのポスターで有名ですな。まずは2階の展示室から。入口にビデオの概要説明があり、入ると写真とかが並ぶ。写真はまあ普通だな、というか、ポスターとかでおなじみだったんで、写真があったのか、という感じ。W.&D.ダウニーって人(?)が撮った「『アドリエンヌ・ルクヴルール』のサラ・ベルナール」。ほほう、かくもクッキリ撮れているのがあるんですな。ん? この目はなんか特徴があるな。黒目の下に白目が見える。そう、三白眼ってやつ。そしてこれと同じものを思い出す。高畠華宵の美人画だ。他の写真も三白眼かな。よく分からんが。とにかく時代的にも同じようなものだから、華宵がサラ・ベルナールの写真を参考に三白眼美人を生み出したんじゃなかろうが……ってどこかに書いてあるかな。それから身につけていたアクセサリーとか、展示されています。ううむ……さすがに年季が入っているので、ちょっと色褪せてる感じがしますな。ポスターなんぞもあって、ウジェーヌ・サミュエル・グラッセ「ジャンヌ・ダルク」これはミュシャの前。でも既にサラ・ベルナールは大女優で、ポスターにあれこれダメ出しをしとった模様。修正前と比較できるこだわり展示だ。テオバルド・シャルトランの「『ジスモンダ』でのサラ・ベルナール」きれいだが、まあこれも、普通と言っちゃあ普通の美人画。あとは私生活品とか、小さい写真とか。ところでこの2階には展示室らしくない豪華ソファセットがあって、くつろげるのです。かつてはここでケーキセット出してたけど、今はコンプライアンスがどーたらでやめたらしい。確かケーキ出してた頃にも来たことあるな。コーシーぐらい飲んだ気がする。

地下展示室。天井高いですねえ。設計がよくできてますねえ。展示はまずミュシャとラリック。二人ともそれまでほぼ無名で、サラ・ベルナールに見出されたんだって。ミュシャがサラを有名にしたんじゃないんだな。ミュシャの出世作ポスター「ジスモンダ」もう何度も見てますけどね。あらためて見ると、その装飾の懲り方はハンパないですねえ。細かいし。他のポスター「メディア」と「ロレンザッチオ」後者は男装している。サラは結構男役もやったそうですが、中には「それ貴婦人じゃん」って評されたのもあったとか。ポスターではなく、衣装案という鉛筆描きのものがあり(一応ミュシャに帰属で)「『メディア』のための衣装案」、「『魔女』のための衣装案」実はミュシャ、ポスターよりも素描が優れている。完成品ポスターと下描きがあったら、下描きの方が表現したいものが、その描線とともに迫ってくるんだじぇ。ミュシャの素描をスルーしては損じゃ。この衣装案もなかなかの描写で、宝石なぞ結構リアルな感じでイケるのではなかろうか。それからミュシャとラリックのコラボ「舞台用冠 ユリ(エドモン・ロスタン作『遠国の姫君』にて使用)」2大アーティストのコラボとはすげえ、と思うかもしれないし、確かにいいっちゃいいんだけど、なんかやっぱり舞台用小道具なんだよね。使い込んであるし、細部はテキトーな感じ。これは、あれだ、バレエ・リュスの衣装見た時と同じですな。舞台用のものはやっぱし舞台で見なければ。
同時代の、ベル・エポックのアートの展示。ミュシャのよく見るポスター、ラリックのよく見る(ような)香水瓶。手堅いね。珍しくミュシャの油彩があって「巫女」ううむ……ポスターのがいいかな。スタンランのよく見るポスター「シャ・ノワール」黒猫ですな。それから長いひらひらを付けて踊る女でおなじみの「ロイ・フラー・ショー」のポスターもベル・エポックの定番。特にパル(誰?)のポスターは色も入り乱れて面白いです。ロートレックのよく見るポスターが2枚。ラリックのデカい花器。青い「バッタ」赤黒い「スカラベ」。うん、フンコロガシ健在。

最後はサラ・ベルナール周辺等。女優であり、絵や彫刻もやり、プロデュースして、物語の出版もして、もうあれこれやりまくって、たまにとっちらかったらしく奇行もあったそうで、同時代にはカリカチュアになっている。後年は偉大さしか伝わってこないが、同時代にゃあ批判的な人もいたわけですな。今の秋元康や小室哲哉みたいなもんかな。サラの作った彫刻「キメラとしてのサラ・ベルナール」キメラとは様々な動物の複合体のようなもの。小さい作品ながら奇妙な印象で面白いぞ。

いい雰囲気の建物にコンパクトに展示され、必要十分。入館料もリーズナブルで、まったり鑑賞によい。
https://shoto-museum.jp/exhibitions/186sara/
Kc4i0028-3

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2020年1月18日 (土)

白髪一雄 KAZUO SHIRAGA a retrospective(オペラシティアートギャラリー)

あー、あの足使ってぐちゃぐちゃに描いてるヤツね。あんまりいいと思ったことないんで、さほど期待せずに行った……が、まとめて見るとなかなか面白い。いや、結構イケるんだこのお方。
実はボクシンググローブで絵を描いてる人とゴッチャになっているんだけど、あちらは篠原有司男という、やっぱり前衛芸術家なんですな。

ほとんど解説がないってのも面白いが(どこかにあったのかな?)、初期から。初期はぐちゃぐちゃしたのはやってません。最初の「鳥檻」は太い線ではありますが、普通に何描いてるか分かる。まあフォーヴみたいなものです。「夜の風物」も形状がかっちり描いてある。「妖草Ⅱ」これがなかなかいい。大きめの絵だし。抽象ながらきっちしりた形状、色もバランスもいい。この路線だけで食っていけるんじゃないかと思うくらいである。しかし表現者は冒険をするのですよ。

前衛美術集団の「具体」に参加する前に、既に形を崩した抽象に行き始める。「流脈1」で太い線の間に混沌が混ざり始める。それから全体に黒っぽい「文B」とか、赤っぽい「作品」とか、だんだん「あの白髪」に近づいてきますな。「具体」に加わってから立体もやり始め、赤い材木で組んだものとか、牛レバーを入れた容器(出ているのは複製)とか。そんで「無題」ってあたりでいよいよ筆ではなくて足を使って、例のぐちゃぐちゃが始まる。最初はフラットな感じだが、すぐにもうエンジンがかかり「ミスターステラ」で、もう絵の具モリモリが始まってくる。あとはもうこの路線で突っ走るのみ。

で、私はこれまでこの人やたらめったらのぐちゃぐちゃにしか見えんと思っていたが、これがそうでもないんだな。割と近い距離で絵を見てみると、足で描いたところの運動や、足で描いていない部分の状態がはっきり分かるんで、ぐちゃぐちゃなのではなく、ダイナミックな動きが入り乱れ交差する世界が見えてくる。その動きというのも単純な色の太い線ではなく、線そのものが複雑な色でできているので、なかなか宇宙的な感じがしてくるのだ。こいつぁスゲエ。あともう一つ、一枚一枚異なるドラマがある。全部同じ感じじゃないんだよ。これはまとめて見ないと気がつかんですな。「天異世星赤髪鬼」は赤い色中心。「天空星急先鋒」はまっすぐな線がきれいに走る。「天暴星両頭蛇」や「天富星撲天雕」ううむ、キネティックな魅力といってもいいではないか。「天敗星活閻羅」は赤い色が飛び散っていてドラマティックだ。「猪狩壱」はなんと猪の毛皮を使っている。この、絵と一体化した毛皮の質感は異様にしてド迫力だ。そうそう、どの絵もデカいです。

それから、足のぐちゃぐちゃだけでなく、円形が出始める(スキー板とか使ったのかな)。複雑な色の混ざった円形はなかなか神秘的な魅力がありますな。「色絵」は全体が半円でできている。しかしなんたって「あびらうんけん(胎蔵界大日如来念誦)」の赤系の円、「密呪」の黒系の円。向かい合わせに展示されているが、いいですな。神秘ですな。あとは「白い作品」というまんまなタイトル作品が、濃い作品群の中の清涼剤的で面白い。晩年に近づくと、クラインブルーみたいな「群青」とか、やはりこれも白い「芙蓉」とか、パワーダウンしないまま油彩の展示は終わる。

あとは軽くスケッチとか、水彩とか。水彩は小さいもので、デカい油彩をこってり見た後だとミニチュアみたいに見えてしまう。面白いのはアムステルダムの国際園芸博覧会のための変形バルーン案で、唇とか、目玉とか、面白なバルーンを考案。あと室内パースとかあって、図面っぽいものも普通に描けるのだ。それから年表とビデオ(もちろん足で描いてるところ)があって終わり。

ただの足で描いたぐちゃぐちゃだと思っている人は行ってみよう。1枚ずつの個性の違いに驚くのではなかろうか。
https://www.operacity.jp/ag/exh229/
Kc4i0027-3a  

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2020年1月14日 (火)

ブダペスト(国立新美術館)

「ヨーロッパとハンガリーの美術400年」だってお。聞いたことのないブダペストの画家から、現地コレクションの有名どころまで、ハンガリーからガンバッテやってきました。つまらなかったら責任者のアタマがマルガリーになりますってのは冗談として、量も質もなかなかのもんである。

第一部「ルネサンスから18世紀まで」
最初にドイツとネーデルランド。クラーナハ(父)「不釣り合いなカップル 老人と若い娘」風刺物だけど今でもありそう&あるあるの、モテると勘違いしたジジイが若い娘から金盗られるの。ジジイのヘラヘラ顔と、若い娘がジジイの懐に手を差し込んで財布を盗ろうとしているのがポイント。しかしなんだな「クラーナハ」が定着してきましたな。「クラナッハ」は最近見なくなった。近日「ハマスホイ」展があるが「ハンマースホイ」とどっちが残るかな。さてクラーナハでは同じように「老女と若い男」もある。やや小さい絵だが、こっちは金を出して若い男を買っちゃう老女。まあホスト遊びですな。それから目についたのはヨーゼフ・ハインツ(父)「アリストテレスとフィリス」何か? アリストテレスが四つん這いで背中に裸女乗せてお馬さんごっこだお。結構有名なテーマのようでいろんな人が描いてる。男の方が偉いんだみたいなこと言ってたアリストテレスだが、それに怒った美女が色香で迫ったらここまでやるようになった、という面白テーマ。

イタリア絵画に行きます。まず聖母子が並ぶ。フランチェスコ・ヴァンニとかいう知らん奴でも、イタ公の画家はみなウマいですなあ。ベルナルディーノ・ルイーニはダ・ヴィンチ好きでダ・ヴィンチ風に描いてる。なんていうかな、陰が深い、みたいな。有名どころでティツィアーノはさすがに顔が癒し系(?)でいいよね。それから聖書の主題。フェデリコ・バロッチの工房の受胎告知は右下に猫がいてなんか和む。ベルナルド・スロトッツィの「受胎告知」これがなかなかいい。空から今やってきた感全開の天使と驚きのマリア。劇的シーンだ。その隣、ジョヴァンニ・バッティスタ・ランゲッティ「監獄でファラオの料理長と給仕長の夢を解釈するヨセフ」男の裸好きな奴が男の裸を描いたような絵で、色気ありあり。次はヴェネツィア絵画。ヴェロネーゼって巨匠だっけ? 「春」「秋」うん、イマイチだな。ティントレットもあるがこれもイマイチ……って見たらどっちも工房作か~い。工房作は親方と遜色ないのを作ることもあるが、ハズレもあるんだよなあ。ティエポロ「聖ヨセフをカルメル修道院の守護聖人にするよう、アビラの聖テレサに促す聖母」イイネ。上にいる聖母が萌え萌え(※テーマはともかく当時そういう美女鑑賞目的で描いたであろうと想像できるヤツ)で。でも何やっているところかよく分からん(読み解き厨憤慨)。次はオランダ絵画……まだまだブダペストには遠いですな。なんたってヤン・ステーン「田舎の結婚式」。庶民派でノリノリの楽隊(一番ノってる奴が画家本人モデルだって)。太鼓の女に迫るナンパ男。窓から見ている新郎新婦(目立たない)。いつだってステーンの絵にはオランダの生き生きした庶民がいる。フェルメール展なんかで刺身のツマみたいな扱いで来てしまうステーンだけど、オレは好きだぜ。みんなももっと評価してやれよっ!

次はスペイン絵画。巨匠エル・グレコ「聖小ヤコブ(男性の頭部の習作)」グレコらしい色使いだけどさ、普通のアタマだな。もっとひねりなさいひねりなさい。ジュゼペ・デ・リベーラの「聖トマス」が何か言ってる。バルトロメ・ゴンザレス「王子の肖像」思いっきり着飾ったガキンチョ。あーこういうのね。最近だっているじゃん。セレブ母が小さい息子をホスト風の髪型とメイクにさせちゃってる奴……ってそれセレブじゃないヤンキーじゃん。巨匠ゴヤ「カバリェーロ公ホセ・アントニオの肖像」言われなきゃゴヤって分からないほど普通。解説にはゴヤの鋭い観察眼で、こいつの冷淡さと傲慢さが内面の風刺として表現されていると言うが、これも言われて何となくそうかなという感じだよな。みんなはどうかな? だいたい依頼されて描くもんで風刺画じゃないからさ、あからさまにヤバくは描けんしな。次はネーデルランドとイタリア静物画。シャルダンかと思ったらジュゼッペ・ルオッポロか。知らんな。ペドロ・ヌニェス・デ・ビリャビセンシオ「リンゴがこぼれた籠」うむ、これ犬に襲われているのは男か女か。次は17-18世紀のヨーロッパの都市と風景。フィリップ・ペーター・ロース「羊飼いと漁師のいる岩窟」暗い岩窟から外の光を見る景色はドラマティックだ。アポッロニーオ・ドメニキーニ「ローマ・パンテオンとロトンダ広場」何か建物がえらい写実的ですな。なかなかいいよ、うん。

17-18世紀のハンガリー王国の絵画芸術。やっとハンガリーだ。ここはまず普通の絵が3つ……って、そんな投げやりな鑑賞でいいのかよ。でも大きな個性はないもんで。いや、ヘタではないですよ。次は彫刻。アウェーだな。ジョヴァンニ・ジョルジュ・ラスカリス「理想化された女性の肖像」理想化はさておき水晶の半透明。ブダペストの《豊穣》の彫刻家、「豊穣」ってまんまじゃん。あー、これ絵画だとオッパイビーム出してるヤツだな。フランツ・クサーヴァー・メッサーシュミット「性格表現の頭部 子供じみた泣き顔」「性格表現の頭部 あくびをする人」これ、どっちもすごい。特にあくびは強烈だ。

第二部「19世紀・20世紀初頭」
ビーダーマイアーって運動があったそうで……確か前になんか書いたな。家での生活がいいとかいう家飲みみたいなヤツ。でも、絵はいきなりマルコ・カーロイ「漁師たち」夕日の逆光でほとんど理想風景。ヴェルトミュラーの「物乞いの少年」なんだっけこういう、わざわざ貧しい子供の絵とか飾っちゃうの。なんか理由があったよな。忘れた。フェリーチェ・スキアヴォーニ「お茶を入れる召使い」いい雰囲気ですな。萌え要素もありますな。フェルメールっぽく左からの外光で室内を描いてる。解説(図録立ち読み)を見ると別にフェルメールの影響はないようだが。バラバージュ・ミクローシュ「伝書鳩」半脱ぎの美女が鳩をだっこしていて、ああ、あの鳩になりてえなとか思わせようとしているんだな。そうはいかねえ……いや、いく。ヨハン・バプティスト・ライター「小さな宝石商」子供だお。でもイヤリングしてる。次はレアリズムー風俗画と肖像画。ムンカーチ・ミハーイ「パリの室内《本を読む女性》」庶民を描いてたけどセレブと結婚してセレブ生活を謳歌したとか。これもデカい家の室内ですな。ギュスターブ・ドレ「白いショールをまとった若い女性」これを見た人はだいたい「おおっ!」と声を上げちゃう。なぜか? 腰を細くするコルセットがヤバすぎる。顔の幅と同じぐらいしかないじゃん。これ、どう見ても苦しいだろ。今時なら#KuToo(ハイヒール強制反対)ならぬ#CoTooが起きてもおかしくないぜ。シニェイ・メルシェ・バール「紫のドレスの婦人」これがポスターにもなっているブダペストの名品。雰囲気はマネっぽい。紫の似合う女性はなかなかおらんので、これもなかなか。同じ作者の「ヒバリ」は屋外。空が広く、裸女横たわる。屋外裸女なんで物議をかもしたそうで。ここでルノワール「少女の胸像」なぜ唐突にここ? あといろいろ。それから屋外制作の絵画。クールベさんのヒマラヤスギはさすがの存在感でございます。おっとまたムンカーチ・ミハーイ(結構あるな)「ほこりっぽい道Ⅱ」これはなんかターナーみたいですげえな。抽象モードでも鑑賞イケる。フィレンツィ・カーロイ「小川Ⅱ」印象派ですね。次は自然主義。アデルスティーン・ノーマン「ノルウェーのフィヨルド」岩山すげえな。写実的だし岩山そのものも重量感がすごい。チョーク・イシュトヴァーン「孤児」ブルーな雰囲気で象徴派風でもある。で、次が世紀末ー神話、寓意、象徴主義。カリエール「母性」おなじみ画面に淡く溶け込んでいる母子。次はロダン「火星の人面岩」じゃなかった「マダム・セヴリールの胸像のための習作」まあそういうもんで。ジュール・ジョゼフ・ルフェーヴル「オンディーヌ」うおっ、こ、これはっ……思いっきりアングルの「泉」じゃん。少なくともそういうものを描こうとしているストレートど真ん中の美少女ヌード。でもオンディーヌだからね、水の精だからね、人間じゃないんだからね、ヤラシイ目で見てないっすよというタテマエで紳士達が大喜びで鑑賞。太田弁護士怒り心頭。チョントヴァール・コストカ・ティヴァダル「アテネの新月の夜、馬車での散策」ルソーみたいな素朴派にも見えるが、ちょっと独特な色使いでいいじゃないか。次はポスト印象派。リップル=ローナイ・ヨージョフ「赤ワインを飲む私の父とピアチェク伯父さん」しかし……画家の名前もタイトルも長いよな。書くのめんどくさい。で、これは太い線での描写でイイオヤジ達だ。ツィガーニ・デジェー「子供の葬儀」ゴーギャン風。象徴的にして寂しい場面だ。ツイッフェル・シャーンドル「柵のある風景」これは手前の柵が黒く目立つ……浮世絵風か? フェニーシュ・アドルフ「ケシの実のケーキ」これは写実静物だ。そして最後の部屋は20世紀初頭の美術ー表現主義、構成主義、アール・デコ。ジーノ・セヴェリーニ「静物」おや、この石像の顔はカラヴァッジョのメドゥーサか。いや違うか。頭がヘビじゃないしな。ボルトニク・シャーンドル「6人の人物のコンポジション」人物が抽象的でもう近現代の雰囲気だ。ヴァサリ・ヤーノシュ「ガーデンチェアに座る女性」はマティスみたいな感じか。ベルナート・アヴレール「リヴィエラ」は私の好きなスピリアールトをちょっと感じさせるぞ。

いやこうして書いてると多彩にして大量ですな。部屋数も多い。数が多いから分散していて意外と混んでない感じがする。
https://budapest.exhn.jp/

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2020年1月 6日 (月)

「夢の実現」展(代官山ヒルサイドフォーラム)

近頃、フェルメールとか北斎とかの、リ・クリエイトもんが多い。技術を駆使して原画を忠実に再現しましたってやつね。見る方は本物とそう変わらないし、沢山見れるし、近寄れるし、入場も安いってんで、結構人気だったりして。
で、今回のアーティストはかのレオナルド・ダ・ヴィンチなんだけど、これはリ・クリエイトではなく東京造形大学の立派な研究成果発表。ダ・ヴィンチのいろいろな作品を、これは本来こういう色だったんじゃないかというのを再現している。あと、設計した機械のCG再現とか模型とか。
がしかし、場所が代官山だけに、アート鑑賞じゃカフェ巡りじゃというオシャレ系の人にも対応……っていうか、そういう人が目をつけて押しかける可能性もあるぞっと。でも研究成果だから限定グッズはねえよ残念だったな。
この企画は無料なのに、なんと豪華パンフレットがもらえる。おお、すげえ企画じゃねえか。これぞ太っ腹。でもこれ予算は学校の金ですよね。つまり学費ですよね(補助金みたいなのもあるかもしれないが)。学生諸君および保護者の方々、大変ですなあ。

最初の部屋に入ると、まず「ジネヴラの肖像」の切断されちゃった部分の再現。もとはバストアップなのが、底から下まで。師匠のヴェロッキオの彫刻や、ダ・ヴィンチのデッサンをもとに推測。きれいに描いてあるぞ。それから、その絵の裏面も再現している。

次は機械物の設計を模型やCGで再現。鎌を振り回して進む「二頭立て戦車」はあまり実用的でなかたとか。でも結構カッコイイ。しかしやっぱり「無敵戦車」こと「マルチキヤノンシップ」俺は好きだじょ。模型もあるが、CGもある。CGちょっと短いな。もっと見たいな。ほかにも模型いろいろ。CGは絵が動くだけでなく、各部品に分解したりして、なかなか凝っている。

次の部屋で初期からの絵がいろいろ。来日して鑑賞に苦労した「受胎告知」もある。地面の草の様子がどうなっているか、天使の翼がどうなっているか(解説ビデオでポイントを言及)、近くでじっくり確認できますね。ま、大きいせいかちょっと印刷っぽい感じもするが。それから「聖ヒエロニムス」もおなじみなんだけど、原画をもとに鮮やかさをアップして再現。皺もくっきりで人物がより引き立つ。「白貂を抱く貴婦人」もきれいですな。しかしなんたって「ラ・ジョコンダ」こと「モナ・リザ」これの本来の色の再現は今回の目玉でもあろう。背景の風景が青みがかっていて、人物が浮き上がってくる。これがおおっという感じで、印象だけだと実に現代の絵っぽくも見えるではないか。やはりダ・ヴィンチは同時代の画家に比べ、傑出していると言えないかい? それから「洗礼者ヨハネ」。カラヴァッジョが出てくる前に、こういう光と影の作品があったのは驚きだ……って。この絵はどこかで見たな。

建築物の構想もあって、その再現模型とCGもある。「大墳墓計画」なんて、スケールが大きいぞ。「集中式聖堂」は当時の様式というより、ダ・ヴィンチ風というのが感じられて面白い。
階段を下りると、これもおなじみの「岩窟の聖母」のロンドン版とパリ版を同時に見れるうーん、パリ版の方がいいかな。あとこの絵も同時代の複製が結構あって。美術館で何度か見ているんだよね。「東方三博士(マギ)の礼拝」はもとは色がなかったのを、フィリッピーノ・リッピがこれの色を参照してたとかで。そっちの色を加えて再現。元の絵を知っているとかなり衝撃的に色が加わっている。「最後の晩餐」はスライドで投影されているが、 やっぱり絵画とは違るな。複製でいいから絵画で見たかったな。

第2会場に行くと、解説ビデオ。大学作成なんで語りはアナウンサーではなく、その道の先生。いくつかの絵の解説。例えば「モナ・リザ」は最初ジョコンダ夫人だったのだが、契約が途中で切られて、その後は自由に描いたなんて話。

その奥に解説のパネルなど。最後の晩餐の部屋の計算解説とか。VR体験なんてのもあったがこっちは一人なんで盛り上がらねえし映像酔いが酷いのでやってない。

無料でエンジョイできるパンフレットももらえる豪華企画だ。結構混むようになるんじゃないか?
http://leonardo500.jp/
Kc4i0028-2  

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2020年1月 4日 (土)

ダムタイプ/MOT ANNUAL2019(東京都現代美術館)

1月3日に行った……って券売所で並んでやがるの。みんな行くところないんだなあ……と思ったが、どうやら「ミナ ペルホネン」の方に行く人が多いようで、俺はあれどうでもいいや。ファッション関係でしょ。こっちはもう何年も服買ってないのです(どこのバカタレが言い出したか知らないが、美術館に行く人が皆裕福とかいう認識はやめていただきたい)。

まずはメディア・アーティストグループのダムタイプ。「Playback」という16台のアナログレコードプレーヤーを使ったインスタレーション。それぞれのプレーヤーから出ている音で構成されて、レコードも透明でこじゃれているでごじゃる。でもよく見ると、実際にレコードから音を出しているわけではなく、該当する音を何かで再生しているようですな。それから「LOVERS」というインスタレーション。四方の壁に人間が映る……裸だ。男はもちろんフルチンだっ。モザイクかけないんだ。いや、かけたらよけいおかしいだろ。作者の古橋悌二はエイズで亡くなったそうで。そういえば俺は正月に「ボヘミアン・ラプソディ」を借りて見たばかりだった。フレディ・マーキュリーもエイズで亡くなったのですね。しかし病気を前にナンですが。エイズってなんか「恋愛強者」みたいなイメージがあるんだよな。バブル期でもサッパリモテなかった俺は、エイズを語るヤツですら「恋愛経験マウンティング」をしてきているように見えて困ったものですよ……ってモテなさすぎだろ。

次が大きな部屋で「MEMORANDOM OR VOYAGE」という映像と音楽の作品。横長の大型スクリーンで展開。左から右に流れる映像と音とのシンクロがクールでカッコイイ(←ありきたりの形容だな。金もなければ語彙もない)。なんとなく以前ここで見た池田亮司に似てる。でも池田はデジタル映像だけだったけど、こちらはダンサーの映像も起用してます。なんたってパフォーマンスグループでもありますからね。そのパフォーマンスのビデオが次の小さいエリアで見れるが、客が結構多くて落ち着かず。それから活動記録の年表などがあり(あんま見てない)。最後の部屋「pH」という舞台装置。中に入れるよ。でも蛍光灯が動いてくるので、避けないといけません。その背後に映像作品「LOVE/SEX/DEATH/MONEY/LIFE」。パフォーマンスの背景でも使われてたようです。言葉が次々映し出される。
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ダムタイプを終えて、グループ展「MOT ANNUAL 2019」サブタイトル「仮の声、新しい影」。最初はTHE COPY TRAVELERSで、文字通りコピー機を使った作品作成のグループ。作品を見ると、なんだフォトコラージュかと思ってしまうが、実際にコピー機を使っている映像を見ると、そうでもなく、物を乗せたり、沢山穴の開いた物をのせて、その後ろにまた何か置くとか、やっぱりフォトコラージュとはひと味違いますな。次はPUGMENT。ファッションレーベルだそうで。中央の吹き抜けのところを使っているが、天井をふさいで、中をピンクの照明でいっぱいにして、入ると一瞬うおおっ、となるが、置いてあるのはどうやらTシャツプリントマシン。そこに意味ありげな文章のTシャツ。あと服が吊されていて、ちょっとしたBGM。うむ、こういっちゃなんだが、作品内容に自信がないヤツの手法で、「ケッタイな照明を使う」と「BGMを流す」ってのがあるけど、どっちもやっちゃってんじゃん。まあファッションレーベルだからって、服だけ置いておくわけにもいかないもんなあ、とか思ったり。次の三宅砂織は印画紙を直接感光させて作るフォトグラムという手法だそうで、かつてのベルリンオリンピック関係のものを現地のフィールドワークも交えて作品に。まあ、見たところ、ほとんどモノクロの印象派みたいな絵画に見えるというものです。もとになった写真も置いてあるので、ちょっとしみじみできる。

吉増剛造プロジェクト|鈴木余位+KOMAKUS。詩人、吉増剛造が生み出すペン先の映像多数が並ぶ壮観だぜっ。隣の部屋では吉増の声が多数のスピーカーを使ったオブジェで流れる。言葉の奔流だぜっ。吉増本人の朗読は近代美術館で見たことがあるよ……どんなんだったかなバックの音楽は何となく覚えているが。あとは原稿のコピーっぽいものも展示されている。しかしこうして見ると、活動のパワフルさと、生み出され表現される言葉の洪水のような物量は感じられてても、その言葉が何なのか、はさほど重視されていないようで、ちょっと質より量的な展示方法ではなかろうか。まあ言葉そのものが必要なら、わざわざ他のアーティストと組む必要はないもんな。

最後は鈴木ヒラク。枯れ葉の葉脈をつないで土に埋めて、線だけ掘り出したというもの。一見パウル・クレーみたいに「線で描いた」感じだけど、そこに「葉」があるようなないような。それから古代遺跡の線情報を使った作品群。文字のような模様のようなレース編みのようなフラクタル図形のようなものが浮かび上がる。なかなか個性的だ。それが部屋にいっぱい。これも壮観ですな。

大きな展示空間を生かしたインスタレーションが多いもんで、非日常感に浸るにゃいいところだ。
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/

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