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2020年5月31日 (日)

「物語の庭 深井隆」(板橋区立美術館)

コロナ第一波がおさまっているようないないような状態で、いよいよ東京も自粛していた美術館が復活! 第二波に襲われる前に見ておこうぜっ……いや第二波なんぞ来ないでほしいんだが。
この美術館はリニューアルして、実は初めて行きました。前のちょっと古い感じの展示室が、バッチリホワイトキューブになっていた。うーん、現代的になっていい感じじゃん。コロナ予防でスタッフはフェイスガードを装着。客は……少ない。今日から始まったばかりだし。
駅から遠くてアクセスがアレなんだが、今日はコロナで最近やたら乗るようになった自転車を使用。家から50分ぐらいかかるんだが、いい運動になる(帰りはさすがに疲れたが)。美術館に自転車置き場……がないじゃん。しゃあないんで隣接の公園に置いておいた。

深井隆。知らなかったが、彫刻家。彫刻はそんなに見ないんだけど、何しろここんとこの自粛で美術展に飢えてますし、でもよかったですよ。彫刻作品というより、展示空間にテーマがあるインスタレーションという感じ。空間演出がいい。撮影可能。作者手描きの解説コピーももらえる。

入ったところの空間。「栖」シリーズ……って、これ何て読むのだ? 木へんだから、何かの木だよなあ、と思っていて、帰ってから調べたら……って実はこれ書いてる時なんだが。「すみか」って読むんですって。なるほど、モチーフは切り妻の家の形なんだよね。それがいろいろ演出をかけられている。水色の家が水色の台に乗っているのとか、金色の小さいのがいくつもあるとか、あと一見オベリスクっぽいんだけど、上に乗っているのがこの家だとか。そうっ、この家の形、ちょっとワクワクするんだよね。何でかな。ボードゲームのモノポリーってありますよね。あれに家やホテルとして、この形状が使われてる。なんか楽しいよなあ。あと家の形のチョコレートケーキなんてのもありましたな。今でもあるのかな? とにかくこの形状に目を付けたのは面白い。

右の展示室へ。「月の庭」という展示空間となる。円形のもの、あと馬、木……っと、馬に足がない。切断されている。でも壁の馬の絵を見るの、足はあるよ。何か水に浸かっているような感じか。でも床はそのまま。ただまあ、足が切断されていると、ダックスフントみたいな印象が出てくるね。ちょっと愛嬌があるみたいな。あと「木」という作品。これがなんかすげえんだ。分岐する木の幹なんだけど、多分太い柱から削りだしてわざわざ木の形状を作っている。木を削って木を表現する。うむ、やるな。
さらに奥。「月の庭 - 月に座す -」。また足4本切断された馬がいる。あと金の鉛筆みたいなものが立っている。
どちらの庭も、なかなか詩的な空間になっていてイね。庭感覚で歩き回ってヨシ。

中央を挟んで反対側の展示室。椅子が並んでいる、座れない。まあそりゃ彫刻作品だし。背もたれとかに翼がついているが、椅子の上にいろいろなものも置いている。リンゴとか、本とか……これ材木一つから椅子とか本まで一緒に削りだしたのかな? うーん、よく分からないけど、隙間が見えるからあとから置いていると見える。でもあくまで一本から削り出すのにこだわるアーティストいるからねえ……なんつったっけ専門用語で……ええと調べたら「一木造」ですか? なんか仏像用語らしいんだが。えーそれから「王と王妃」みたいに二人で一つ、みたいなもの。どの椅子も翼付き。この翼がまた、無駄にたくさんあって、それはそれで楽しい。この印象はなんだろうと思っていると、ふと思い出す、ケルビムという天使ね。赤ちゃんっぽいが、翼が多い。翼にくるまれているみたい。ええと、調べたら別にあかちゃんでもないな。あとセラフィムというのもいる。どっちも大天使より階級が上なんだじぇ。それにしても空気力学とか運動学とかを全く考えてない無駄に生えてる翼ですなあ。飛べる感じが全くしないんだが。いや、まあ、その翼は象徴なんだよね。

その奥の展示室。「青空2020」という空間。クラインブルーみたいな翼の造形の彫刻。大きな魚の尾鰭にも見える。椅子の展示室から、こっちに来ると、ちょっと驚きががあるよね。色のインパクトが結構あるしな。

それからもう一つ細長い展示室があって、「円形の庭 -覚醒-」と「幻想の闇より」、いずれも長い棘というのかな、そんなのが上に向かって生えたようなもの「幻想の闇より」はベッドから生えている。うん、確か、古代生物とか、深海生物にそういう感じのがいた気がするし、あれを見ると、結構同じようなインパクトを受ける。

こうしてみると、深井隆の彫刻は、家とか翼とか足のない馬とか、まず感覚に訴える形をモチーフにできているので分かりやすいぞ。空間もいいしね。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/
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2020年5月25日 (月)

染井霊園

また霊園訪問。よほど行くところがないのである。ここもどうにか自転車で行けるのです。んー、先週の雑司ヶ谷霊園よりも手入れされている墓が多いようですな(気のせいかもしれんが)。あと、観光客も散歩してる人もちらほらいるようです。雑司ヶ谷はほとんどいなかったんよ。

ここもそうそうたる人が多いんで、豊島区の案内マップがある。でもそれにも載ってない人がいる。で、それに載っていない人こそ、今回のメインの行き先である。誰か? 司馬江漢である。そうっ、司馬江漢はここに眠っているのです。江戸時代の画家にして、当時ほとんど誰もやらなかった腐食銅板画や油彩をやり、蘭学を身につけ、エッセイも書いた驚異の人物。そして、私の筆名「紀ノ川つかさ」は司馬江漢から取っているのですよ。紀州出身の江漢は、故郷の紀ノ川を「江漢」と称した。そして私の「つかさ」は司馬の司だ。だからこの筆名だ。はい、私は和歌山県とは関係ありませんのです。で、それだけではない。江漢の命日と私の誕生日は同じなのですよ。
そんなわけで、誰の墓を見ても大して何とも思わなかったが、司馬江漢の墓には感激を禁じ得ない。おお、ここに眠っておったのですね。生まれ変わりの(と勝手に言っているだけの)私が参りました。墓そのものは、墓でした(?)。これだけは写真撮っちゃった。それから芥川龍之介の墓があった。こちらも普通の墓だった。ちなみにこの二人は染井霊園ではなく隣の「慈眼寺」という寺にあるのだ。

で、染井霊園に戻る。明治のサブカル編集者宮武骸骨がいるはずなのだが、いるはずのところに見あたらず断念。何種何号何側という番地というか、呼び方には慣れたものの、結構現場にいると「ここはどこだ」状態になって見つけづらい。二葉亭四迷を発見。何か読んだかな。もしかして何も読んでない? 墓に長谷川何とかとか書いてあるみたいだがなじぇだろう。岡倉天心を探して見つける。美術教育家で東京芸大の設立者。これもちょっと庭園っぽい。大きな木が植えられてるし(はじめから生えてたのか?)。高村光太郎と高村智恵子、はい、ここに眠っていたんですねえ。光太郎の詩を自分で作ったバックトラックを用いて朗読し、安達の智恵子の家に2回行った私は、浅からぬ縁ではありませんか。ボイスロイドを使って作った「千鳥と遊ぶ智恵子」は自分で作った中でも結構お気に入りだぞ。

他にもいるんだけど、疲れたんで撤収。
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2020年5月18日 (月)

雑司ヶ谷霊園

またまた週末に行くところがなくなってしまった。いいかげんにしやがれコロナよぉ……まあ下火にはなってきたようだが、東京の美術館の再開が遠いのう。哲学堂公園もあれだけ行くと「もういい」という感じなのである。
で、この雑司ヶ谷霊園、自転車で行ける距離だが、行こうかどうしようかと思って、前に簡易地図の印刷をしておいたものの……なかなか行くテンションが上がらない。だってぇ、墓なんぞ見て面白いのかぁ? 人によれば、ああこの人がここに眠っているんだとシミジミするみたいですが、多分私はそういうタイプの人間ではないのです。墓地だってなあ、墓が並んでいるだけなもんなあ。でもとうとう行ってみた。
墓の鑑賞と言えばね、寺山修司の絶筆「墓場まで何マイル?」というのがある。病床の寺山が、世界の墓の写真集を見ていて、頭の中にジョン・ルイスの「葬列」というジャズが流れていた、というもの。だんだん高まっていく華麗な曲なんだそうだ。私は雑司ヶ谷霊園の行き帰りにこのことばかり考えていた。他に考えるものが特になかったもんで。ちなみ私は寺山修司読みではない。福島泰樹の「短歌絶叫コンサート」でこの作品に接している。つまり福島泰樹経由です。また行きたいよねえ。吉祥寺曼荼羅は無事なのか?

自転車を停める場所がなくて困ったが、何とか見つけて中へ。早速出向いたのが竹久夢二。写真撮っていいのかな? うーん、いいのかもしれないが、あまり撮る感じでもないな。人もおらんし。そこは簡単な石みたいなのに「竹久夢二を埋む」と書いてある。竹久夢二の評価は揺るぎないんだけど、私は夢二はそんなにこだわりはない(と言いつつ岡山の美術館も行ったが)。同時代なら高畠華宵の方がなんか理想化の狂気を感じて好きなんだがね。
にしても、霊園って墓だけがあるわけじゃないんです。休憩所みたいなのがあって、キャンプで使うようなテーブルセットが置いてあって、花で飾られてたりする。ちょっとしたランチでもできそうだ。まあ墓に囲まれてランチもないでしょうなあ。あと「下げ花置場」という、多分枯れかかった花などを墓から下げて置いておく場所が所々にあって、そのノボリが水色で結構目立つ。いや、目立つ必要があるから目立つんだけど、霊園全体の雰囲気からするとちょっと浮いているよな。
泉鏡花の墓……は普通。何か読んだかな。そうだ「外科室」って映画見たぞ。吉永小百合が出ていてな、短くてありゃなんだったんだみたいな映画だったが、覚えているということは結構印象的だったのかもしれん。
小泉八雲ことラフカディオ・ハーン。日本文化研究で確か……民話か怪談か何かまとめたんだよな。いや、読んだよ。墓はプチ日本庭園みたいな感じ。
羽仁もと子。自由学園の創立者。池袋の自由学園明日館は、フランク・ロイド・ライトの名建築で見学もできるし(今は多分できない)いい雰囲気だぞ。また行きたいねえ。墓には何かオブジェが置いてある。
夏目漱石。知らん人はいないだろうが、墓はここにあるのだ。文豪らしく堂々たるデカい墓だ。日本風……だけどちょっと変わった形だな。漱石はね、後期三部作は読んだな(あまり覚えてないが)、前期のは「三四郎」を青空文庫で読んで「それから」が文語だったんで挫折(挫折するなよ)。
東郷青児もいる。画家だ。墓は大きくない。でも年表付き。東郷青児を所蔵する損保ジャパン日本興亜美術館……が、なんちゃら美術館になって開館待ちのはずだ。東郷青児の女性像ね、独特だよね。最初はなかなかいいなと思って絵はがきも買ったりしたが、あまりにどれも同じ雰囲気と人形っぽさで、なんとなく嫌になっちゃった。最近じゃ展示されててもスルーしてるし。
その隣にジョン万次郎。東郷青児に比べて広いスペースだな。名前はよく聞くけど、何やった人かあまり知らんの。江戸時代の通訳? 昔住んでた高円寺に「ジョン万次郎」って居酒屋がありました。入ったことないですが、ちょっと旨そうな名前だなと思った。
他にも有名人、何人もいるんだけど、この辺で疲れてしまった。

それで、並んでいる墓を見ると、いろんなタイプがあるんだね。高いとか低いとか、形が違うだけでなく、自然石を削ったようなのとか、キリスト教の十字があるとか、仏像がついてるとか、どこぞの女医さんの墓には傍らに女性像がついてるとか。それから手入れの具合もいろいろで、きちんと手入れされてるのとか、雑草が生えかけとか、中には雑草でボーボーになっていて、墓がその中に埋まっているのもある。そんなわけで、並んでいる墓の間を歩いていくと、これが結構「にぎやか」なんだ。故人の霊が自分の墓や隣の墓を見て「いや、おたくはいいですな。うちなんか草ボーボーですわ」とかやってるみたいで、寺山修司ならずとも、何となく陽気なジャズが似合うような空間でもあるみたいだ。病床に伏したら、ドローンを使って墓場巡りでもするか。

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2020年5月10日 (日)

哲学堂公園(6)

いよいよ最後の「哲学を深く学ぶ」ゾーンです。ただ、もう思考のプロセスの後なので、そんなにあれこれないです。
「認識路」つまり理論的思考から上ってきたところに出くわす白い建物、これが「絶対城」。
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いや、すごい名前ですな。名前に劣らず、建物の印象もガッチリな感じがする。場所としては「時空岡」の広場内、つまり哲学世界に帰ってきたことになります。
「絶対城」は読書室であり、書庫だったそうです。ガイドブックには(万象の推究だけでなく)「万物の書物を読み尽くせば、やはり絶対の境地に達する」そうです。まあ、行き着いた先が書庫、つまり知の結集した場所、というのもなかなか象徴的と思いますな。この絶対城には傍らに四聖人の碑がある。また、中にいろいろ部屋があるんだけど、見てないもので説明は割愛。ガイドマップや解説ビデオなどを見てね。今は入れない建物の中に入ってるから(入りたいね)。
ちなみに、「直覚径」の方から上ってくると目の前には「四聖堂」がある。この四聖人、カント以外の三人は、著作が無くて、弟子とかがその思想を広めたんじゃなかったかな。直覚系の人はあまり著作とかやらんのでは……いやいやニーチェは「ツァラトゥストラ」とか書いてるな。

もう一つ「宇宙館」という建物がある。
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これは講義堂だそうです。哲学は宇宙の真理ですからね、この名前でよいでしょう。この中に「皇国殿」という斜めにレイアウトされた一室があるそうです(もちろん今は見れない)。世界の中で「もっとも美なる日本」の表現だそうです。いやあ、これはちょっと日本アゲが過ぎないかと思うが、ただ東洋でありながら西洋を吸収。神道、仏教、儒教というこれも異なる世界をも吸収。それらの調和をとりつつ学問を進めれば、これは無敵と言えましょう。井上円了が目指しているのは、そういう数多の考えの共存と調和であるなら、これぞ美しい世界だっ、とぶち上げるのも分かる気がします。この建物は出入口が角のところについているもので、四角い建物というより、斜め四角の建物、という感じがして見かけもなかなか面白い。「宇宙」のちょっとした特別さを表現できている感じがする。

「相対渓」という無水溝があって、それを渡る「理想郷」。
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自ら掴んで確信を持った宇宙の真理をもって、絶対城に至ったが、最後にこの相対(いやー、人間の考えなんて人それぞれっすよ、というミもフタもない話)を、理想を胸に乗り越えられれば完璧だ。「理外門」を通って哲学世界(理の世界)から外に出ようではないか。こうして人は哲学の世界に入り、真理を掴んで一つ成長して日常に帰っていくのです。

これが、この哲学堂公園の流れ。えー、当説明は七十七場全部は網羅してません。情報も一部です。主観的な話も相当あります。従いまして、ガイドマップもしくは紹介ビデオも見ましょう。
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最後に「哲学の庭」というワグナー・ランドールの作った偉人の彫刻が並んでいる場所がある。場所としては「唯物園」から「観賞梁」(橋)を渡って、「数理江」(妙正寺川)を越えた「星界洲」(対岸)にあります。うん、星になった人々と言えば何となくそれっぽいけれど、星界洲が唯物園から繋がった、あくまで唯物的に把握した星の世界だとすると、ここに置いてあるのはどうかなと思わないでもない。まあ、他にいい場所もなさそうですが。
輪が三つあります。

第一の輪は宗教の祖 老子 キリスト 釈迦 アブラハム エクナトン
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うーん、エクナトンだけなじみがないな。エジプトのアメンホテプ四世で、宗教改革を行ったそうな。アブラハムだけ体伏せてる。

第二の輪は悟っていて社会で実践した人 達磨大師 聖フランシス ガンジー
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聖フランシスはフランシスコ修道会の創設者だそうです。

第三の輪は法の主流を作った人 聖徳太子 ユスチニアヌス ハムラビ
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ユスチニアヌスはローマ法大全を作ったそうな。「目には目を」ハムラビが入っているところが面白い。でも最古の法典なんだね。

この庭の解説も、ガイドマップに付属してるよ。詳しくはそちらで。

以上で哲学堂公園についての書き物はおしまいなのだ。

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2020年5月 9日 (土)

哲学堂公園(5)

「人文科学の世界」ゾーンこと「唯心庭(ゆいしんてい)」に入ります。
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木々に囲まれていて、何となく暗いんですね。唯物園が経験と観測により自然科学、さらには星の世界とも繋がって割と開けていたのに対し、唯心庭はまるで内面世界のようだ。そりゃまあ心だし。「心字池」という池があり、かつては石で「心」という字が書かれていた(唯物園にある物字壇の「物」と対になる)らしいが、今は字になってない。水は流れていないんでよどんでいる感じなんだけど、これは「先天泉」という泉が枯れちゃったからだな。唯心論をもたらす源泉が「先天」です。ガイドマップでは「心の深いところから」とか「教育や経験を超越した」とか「先天の命令」とかなっていますが、ええと、これは「天に先んずる」もの、つまりイデアでしょうな。唯心論をもたらす源泉、それがイデアと考えれば、そう難しい話じゃないですね。善のイデアはある、というのがプラトン主義、つまり唯物(人間は原子の塊)に対する唯心(人間は物質を超越した心の存在)ということだ。

心字池には「理性島」という小島があり、そこへ行く橋が「概念橋」。
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これはなかなか意味深いですな。理性に至るには概念が必要だ。概念がなければ理性に至れない、ということか。概念というのは大まかな分類だ。いくら唯心だからって、なんでもかんでも心のままに、というのでは哲学的ではない。やはりここは理性的に。心を理性で見つめて行動しませんと、ただ感情に溺れた行動です。哲学つまり真理には至りません。そして感情的にならないようにするには「概念」が必要……分類、の方がいいかな。とにかく概念を持つことで心の整理ができる。何かいい例はないかな……例えば子供を育てる時、やたら泣くとか、言うことを聞かないとか、困ったことにいくつも出くわす。感情的になって泣いたらとにかくひっぱたく、では困ります。じゃあとにかく言ってきかせる、といっても理解できなきゃ無駄。年齢によって違う、何歳児は大体どんな感じ、という概念を持つことで、理性的になり、正しい心の対応ができる。こんな感じではなかろうか。

この理性島には「鬼灯」という置物があります。
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はい、唯物園にある「狸灯」と対になるものですね。鬼は心の中の悪念だそうです。でも良心の灯火を背負っているので、苦しんでいるそうな。今は灯火はなくて、苦しんでいる鬼だけがいる。唯物園の狸が人生観なら、こちらは人心観だそうです。人心観ってのもなじみのない単語ですな。
そういえば、最初の方に鬼神窟ってのがあったな。あそこの鬼は「鬼神」であって、目に見えない物が見える超人的な力の持ち主、だった。こっちはただの鬼なのか? 実は鬼神であって、良心の灯火を下から支えてたりしてな。狸と対ならこの鬼はただの鬼だろうけど、人心観という意味なら、こっちの意味もありなんじゃないかと思ったりする。
さて、ここにも屋根付き休息所があって、その名は「主観亭」。
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唯物園の「客観廬」と対をなす。ガイドマップでは「心の世界の休息所」だそうで。何か碁盤の目が彫られたような石のテーブルがあるんだが。なんかここで碁をやって、みたいなページを見た気がするんだが、碁盤だとして、心の休息に囲碁とな。えー囲碁なんて頭使いませんかあ。でも頭は使うけど、心は休まるということはある。何かに夢中になっていると、俗事は忘れますんでね。

そしてこうした唯心や唯物の世界から、哲学という一つの学問世界というか、真理の世界というか、そうしたものにまとめ上げていくという作業があります。数多の哲学者が書物にし、あるいは言葉にして残していった。これがなかなか苦しい作業ですよ。公園内でも階段を上がっていくのですよ。そのルートが二つある。
「直覚径」というルート。
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これはもう直感的に「こうだ」とやってしまうんです。哲学者でそんなヤツいるかいと思うかもしれないが、結構いるんじゃないか? ニーチェなんか「永劫回帰」とか言っちゃって、あとからみんないろいろ解釈してたりするし、老子が「道(タオ)」だとか言っても、具体的に説明してなくて、荘子ががんばって説明してたり、まあこういうのが「直覚径」なんじゃなかろうか。で、結構いい感じで残っているのも多い。ここは短いけどなかなかキツい階段だぞ。
もう一つが「認識路」ルート。
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ガイドマップでは「理論に関する心(意識)の作用」を認識というそうですが、要は直感ではなく、理論的に構築していくということでしょう。これもなかなかの上り階段だけど、途中で一休みできる。そこか「演繹観」という傘の形の小亭。
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演繹法「これだからこうなるよな」というのを積み重ねて考えていく。ここで休んで、自分の理論が演繹にかなっているか確かめよう。
ちなみに上ったところには「帰納場」という休息所、というか休息台がある。
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上ったところだから理論的また演繹的に結論が出た後、あるいは直感径から上ってきた後、ここにてその結論が正しいか、引証して確かめよう。

こうして経験と独断をもとに構築したものを、哲学世界へと運び込む。さあ運び込んだらどうするか。
まだまだ続く。

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2020年5月 8日 (金)

哲学堂公園(4)

経験坂を降りて「唯物園」に来ました。
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ここが「自然科学の世界」ゾーン。唯物論をテーマにしたものがいろいろあるのです。目に付くのが「客観廬(きゃっかんろ)」という屋根付き休息所ですな。
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「唯心庭」の方には「主観亭」というやっぱり屋根付き休息所があるから対をなしています。「客観」ですよ。まあ唯物論ですからね、自然観察、科学実験ですから、結果は客観的に見なけりゃいかんですよね。自分はこう思いたいから、結果もそうだと思っちゃおう……ってこれじゃあ主観です。ちなみに私が書くものはほとんど主観ですが、客観の資料も(一応)参考にしつつ書いてます。
あと「物字壇」という、芝で「物」という字を形作ったところがある。
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当然、唯物の「物」ですから、トレードマークみたいなもんですかね。
それから唯物の考え方がどのように行われるかの説明部分がある。「神秘洞」→「進化溝」と「博物堤」→「理化潭」神秘から出てきて、進化と博物を経て、理(自然科学)と化す。出始めはみんな神秘だ。しかしガイドマップは逆みたいなことが書いてあるが。そう、これは逆もまた真なりだそうで、自然科学の世界を追求していくと、究極には神秘になるのだとか。思えば、宇宙はビッグバンにより時間も空間も始まった、というのは自然科学の観察と追求で分かっているが、じゃあなぜ始まったのかは分からない。これはもう神秘だぜっ。

公園の傍らに妙正寺川が流れていて、哲学堂公園ではそれを「数理江」と呼んでいる。数学と理科の象徴。そしてその向こう、川の対岸を「星界洲」と呼んだ。星の世界だそうです。それで橋が二つかかっている。「観象梁」と「望遠橋」。なお、望遠橋は今はないです。観象梁も、昔は横から見て富士山のデザインだったそうですが、それもまあいいです。
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観測の「観」と気象の「象」で、まあ要するに自然観察、その向こうに宇宙がある。望遠は文字通り遠くまで見る道具ですな。それでね、この星の世界に繋がる橋は、こっちの唯物園側にしかない。唯心庭から星の世界に繋がる橋はない。唯心庭は川沿いからちょっと奥だけど、川沿いに作ろうと思えばできたはず。で、これは意外と面白い点ではなかろうか。
「星」は象徴的な意味があって、タロットカードなんかでは「希望」を表したりします。「宇宙」もまあスピリチュアルな方々が「大宇宙を感じて」なんて言っちゃったりするけど、やっぱり星の世界は、ただの星の世界なんじゃね? という円了のドライな(自然科学も尊重する)考えがあるように思うんだな(ないかもしれないが)。瞬く星も高性能な望遠鏡で見りゃあ、太陽と同じ火の玉だし。だから象徴的な宇宙と、実際に観測できる宇宙はちゃんと別の物としなけりゃあなりません。だから星界洲に繋がる橋は唯物側だけなのだ。心の中の宇宙というのは、やっぱり心の中のものなんだわ。ということで、唯心庭は星の世界からちょっと離した。
この星界洲には「半月台」という大きめの構造物もあったそうですが、今はない。

ここでは有名な狸の像がある。
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ちょっともう年季が入っちゃってるけどね、これが「狸灯」です。人は狸のようなもの(他人を騙したりする)だけど、たまに知性の明かりの灯ることもある、ということで。腹に灯電を入れてたそうで、その穴が開いている。人生観を表しているそうです。それから「後天沼」に「原子橋」がかかる。
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後天沼は扇形に広がっているんだけど、それは発展を象徴しているそうです。そこに原子橋がかかっている。やっぱり自然科学の発展も、原子の作用ですよね、ということで後天沼を覆うように橋がかかっている。で、ここに流れ込む水、すなわち自然科学発展のエネルギーは、「自然井」というところから湧き出ている(今は人工だったかな)。かくも象徴的なアイテムいろいろで、自然科学こと唯物の世界はできている。

ここから「唯心庭」に向かうが、じゃあどうやって向かうのかな? 唯心庭との間にあるのは断崖を切り開いた道だ。断崖一帯は「造化澗」と言うが、道を少し進むと「二元衢(にげんく)」という分岐点がある。
ガイドマップでは唯物園と唯心庭の岐路、物と心の二者対立とされている。が、この二元衢は、上から来ているところからの合流点ですな。つまり懐疑巷で、唯物方面に行かず、唯心方面に「返る」という選択をした場合ここに出る。途中実はトイレがあり(今は使われていない)、手が汚れたら、造化澗下の水辺「学会津」で手を洗うそうです。心が汚れても学問で清められる、という意味。
従いまして、この二元衢のところで、上に行こうかどうしようかって迷うよりも、ここで上から来た人に会うということじゃないでしょうか?(独自解釈) 唯物に行きかけてやっぱり唯心を選択した人には、それなりの理由がある。また、誰にも会わなくても、こういう道があるということを知りましょう、ということ。そして先に進むと「独断峡」という断崖沿いの道を進む。
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昔は断崖に水が湧き出ていたそうです。インスピレーションみたいなものですかね。独断は経験に対立するものだそうで、経験坂が起伏も多く長いのに対し、この独断峡はほぼまっずぐだ。インスピレーションに従いまっすぐ行けば、そこが自分だけの唯心論の世界に到達できる。

続く。

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2020年5月 7日 (木)

哲学堂公園(3)

さて次は「哲学の歴史を学ぶ」ゾーンだお。いや待て、既に何人も歴史上の人物出てきたのにまだあるの? と思うかもしれないが、人ではないんだな。人もあるけど。とにかく「時空岡」にある「六賢台」の脇からそのゾーンに進む。

まず「筆塚」という、筆の形をした有名な塚があります。
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私が思うに、これはゾーンとはそんなに関係ない。哲学堂公園の歴史には関係ある。というのも、この公園は井上円了が私費を投じて作ったんだけど、その資金の作り方が、全国各地に行って、揮毫(求めに応じて書を書く)してその謝礼を使ったそうです。で、これがただの「金儲け」と見られて冷たい視線を浴びたこともあるそうな。「時を書きて恥をかくのも今暫し哲学堂の出来上がるまで」という歌も残している。あと、時空岡から繋がっていて、この筆塚と対になる「硯塚」というのもあるよ。
ここから「懐疑巷」「経験坂」「感覚巒」と続くがちょっと後回し。

先に、少し進んだところにある「三祖園」「三字壇」「三祖碑」に行きます。哲学の元祖の三人を祀ってあって、この一帯が「三祖園」で、「三字壇」という、昔は大理石だったが今はレンガの腰掛け(まあ大きな段々ですな)があって、その上に三人の石碑「三祖碑」がある。
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その三人とは誰か? 中国の黄帝、インドのアクシャ・パーダ、ギリシャのタレス。うん、タレスだけ何となく名前は知ってた。「万物は水でできている」と言って、それが最初の西洋哲学だそうです。それ以前は、万物は何でできているか、なんて考えなかったし(宗教的以外では)。タレスを西洋哲学の始祖とする話は多い。黄帝は? 中国最初の皇帝だったそうです……が、中国医療の始祖でもあり、どっちかというとこっちでしょうな。人間は何でできているか、というのが医療に繋がるのです。ちなみに「ユンケル黄帝液」の「黄帝」もここから来たんだって。それからアクシャ・パーダ……これがまた、調べてもあんまし分からない。ガイドマップなんかでつい「バーダ」と読んでしまうが間違いだ。「パーダ」だ。面白いことに「アクシャ・バーダ」で検索すると、哲学堂公園の話ばかり出てくる。みんな読み間違えてやんの。つまりそれだけなじみが薄くて、哲学堂公園に来て初めて出くわす名前だったりするんでしょうね。誰か? インド論理学の「ニヤーヤ派」の始祖。ヒンドゥー哲学の正当六学派の一つだそうです。三段論法を重視したとかって話もあるんですが、うーん……多分まあ、哲学における考えの進め方に最も近いんでしょうかね。まあそんな始祖の三人の碑です。近くに「哲史蹊」という哲学者の年表もあったらしいけど、今は跡形もない。さて、これが「哲学の歴史を学ぶ」ですか? 始祖ではあるが、思うにこれもちょっと違う。重要なのは次なのだ。

さっき飛ばした「懐疑巷」。
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これは何か? 分かれ道です。どう分かれるかというと「唯物園」方面と「唯心庭」方面。それぞれ唯物論と唯心論をテーマにした場所なんだけど。まず唯物論って何さ? これは割と簡単で、人間って結局物(原子)でできてるじゃん。心の働きなんてのも結局は原子の化学反応だよな、というもの。これに対して唯心論は? 人間は心だ……? ううむ、ここでいきなりプラトンの「イデア」の話をします。イデアとは何か? よく聞くたとえ、この世に完全な三角形はあるか? んー三角おにぎりは当然完全な三角じゃありませんね。角が丸いし。じゃあ細いペンと定規で三角描いてみよう。でもこれも、ペンの幅があるし、厳密に見れば角だって尖ってない。完全じゃないよ。でも私達はみんな「三角形」を知っている。これが「イデア」だ。人間が原子でできていようが化学反応であろうが、「三角形」というものは存在しますよね? じゃあ「善」のイデアはあるか? つまり心を構成する要素は、イデアの世界にあるのか、そうでないのか。プラトンは善のイデアもあると考えた。だから人は理想を目指すことができる。しかし、ないと考える哲学者も出てくる。それは結局人それぞれ、脳細胞の反応の仕方が違うだけだって。
「懐疑巷」には次のようなことが書かれている「往こうか唯物、返ろうか唯心、此処が思案の懐疑巷」。ガイドマップでは「哲学上の分岐点」となっているが、私の見るところ、この意味はただ分岐点というだけではない。まさに、ここの、これこそが「哲学の歴史」なのだ。何か? 「往く」と「返る」ということはですよ、既に方向づけがされている。初めて来た人は「返る」ことはできない(単なる道の形状としての折り返しじゃないと思うぞ)。つまりここは、一度は唯心に行った二回目以降の話なのだ。で、これは飲茶先生が大いに指摘しているところなんだけど、西洋哲学の歴史は「プラトン主義」(善のイデアはある、つまり唯心)と「反プラトン主義」(そんなイデアはない、人間は原子だ、つまり唯物)を行ったり来たりしている。あるプラトン主義の考えが出てきたら、それが次の反プラトン主義の考えで否定され、それをプラトン主義が否定し……という繰り返しが哲学の歴史なのだ。で、これも先生の指摘(「てつがくフレンズ」というマンガから)ですが、ただ往復してぐるぐる回っているだけでなく、スパイラル(螺旋)状に発展していくであろうという希望がある。つまりこの「懐疑巷」というのは哲学の歴史を象徴する、スパイラルの一部ということになるのです。これが私の解釈。

懐疑巷から「往く」方向つまり唯物園に向かうと「経験坂」がある。
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唯物を理解するには、経験や実験が必要です。その道のりは結構起伏が多く長い。また「感覚巒」という場所があり、経験には感覚が重要だという意味だそうです。結構人は、物より心だとか言っちゃうんだけど、全部が全部そうじゃなくて、哲学者たるもの、疑って追求しなきゃあなりません。それはイデアじゃないかもしれぬ。そして「唯物園」へ。

まだ続く。

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2020年5月 6日 (水)

哲学堂公園(2)

前回は「哲学への誘い」ゾーンでした。今回は「世界の哲学者を知る」ゾーンの話。「常識門」から進むと(本来は鬼神窟から出ると)いきなり視界が開けて、そこが「時空岡(じくうこう)」という広場。
えーとガイドマップでは「哲学の時間。空間を表している」そうです。んー、いきなりそう言われましてもねえ。「百科叢」という植え込みを右に見て、広場で目に付く建物が「四聖堂(しせいどう)」です。これ、常識門から時空岡に入ると正面に見える。実は哲理門から入っても正面に見える。そう、これ中心建物なのですよ。
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この四聖堂は、井上円了が考えるところの哲学の四聖人を祀ってある。四面全部が正面だそうで、毎年決まった日に「今年はこの人」を決めるそうです。孔子、釈迦、ソクラテス、カントの四人。なんでこの四人なのか? そもそも名前は聞いたことあるけど、哲学的にどういったポジションなのか、分かりませんねえ。ええと、大変よい参考書があります。飲茶という人が書いている。「史上最強の哲学入門」西洋編と東洋編があります。他にも持ってるけど、この人の著書は大変分かりやすいです。「史上最強」と言うだけあります。当ブログで哲学者に関する記述部分は飲茶先生著作の参考が多々あると思います(正確に読み取れているかはともかく)。
孔子は儒教の始祖で、仁(思いやり)と礼(礼儀)と重んじて生きるということと、あと人間中心であって、老子の無為自然とかとは逆のタイプ。釈迦は知っての通り仏教の始祖で、悟りを開いてブッダとなって、「人生は苦だ」などと言い、無我の境地を説く。ソクラテスはギリシャの大哲学者。よく聞く「無知の知」の人なんだけど、知らんというところから始めて人間には知るべき真理があるとして、弟子のプラトンに影響を与え、プラトンから「イデア」(後述)が生まれる。カントは近代哲学「人間は物自体を認識できない」(が認識の仕方に共通のものはある、それが人間というものを知るには大事)という考えを持つ……が、こうして見ると、いや、あとからさらに6人とか3人とか出てくるんだけど、井上円了に何か確固たる思想があったというより、様々な考えから自分が大いにリスペクトできる人をピックアップしたと思われる。儒教と仏教では全然違うし、後の方では対立する思想家を並列で並べてたりするもんで。円了にとって哲学とは、哲学することという実践なのだ。
四聖堂の中に「南無絶対無限尊」と書かれた「唱念塔」という石柱があるそうです。今は見れないけど。この「無限」ね、無限については言いたいことが山ほどあるんですが、きりがないので割愛。

四聖堂と同じく、時空岡にあるのが「六賢台」という赤い背の高い建物。
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ここには文字通り六人祀ってある。聖徳太子、菅原道真、荘子、朱子、龍樹、迦毘羅。東洋の賢人として祀ってあるそうです。えーと半分ぐらい哲学者じゃなくね? でもどんな人でも皆哲学をやるべしとか思っていたみたいなんで、賢人はきっと哲学ぐらいやっておるだろうと。聖徳太子は十七条の憲法とかありますが、日本で仏教を盛んにしたそうです。あと、お札にもなったね。菅原道真……いや、実は私は歴史苦手なんですけど。理系だし。名前は聞いたことあるけど誰? 平安時代の貴族で学者で政治家だって。あ、百人一首にもある。あと太宰府天満宮の人で、学問の神様だって。なんだめちゃめちゃメジャー(庶民に知られてる)じゃん。荘子は思想的には老子の系統なんだけど、カリスマ的な老子より分かりやすくて、「朝三暮四」みたいな寓話も使った。これもメジャーですね。てことはメジャーな人ばかり? ん? 朱子は? 「朱子学」というものがあるそうで、儒教をもとに宇宙規模の哲学にした、とのことですが、宇宙の「理」が身分に反映されるのだとか言って、江戸時代の身分制度を成り立たせるために推奨されたそうです。龍樹は、これは般若経の人です。それが凝縮されたのが般若心経。「色即是空、空即是色」もうそこらじゅうでやってるお経といえばまず般若心経。迦毘羅……カピラだそうです。インドの六派哲学の一つサーンキヤ学派の開祖の一人だそうで……いやいやいや、さすがにマイナーだろぜんぜん知らないぞ。ええとインドと言えばヨガですな。ヨーガ学派というのがあるそうで、それはサーンキヤ学派の理論を取り入れたんですって。じゃあヨガじゃん。メジャーだよそこらじゅうにヨガ教室あるし。と、これもう6人全員メジャーだとしましょう。
何が言いたいかというと、この六賢台の赤く高く目立つ建物という存在。先の四聖堂の、場の(円了の)中心でありながら端正な姿と違って、「中心でないけど赤く目立って高くそびえる」人々とすれば、円了にとっての4人と6人のポジションが見えてくるとは思いませんかい? つまりそういう存在なんだ(独自解釈)。

で、まだある。小山のようになっていて、階段を上ったところにある三角形の小停「三学亭」。
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神道の平田篤胤、儒教の林羅山、仏教の釈凝然、いずれもその方面で最も著述の多い人だそうです。ええ、はい、全員知りません。上から見下ろす形なんで「俯瞰」ですな。各方面の大量の著述(恐らく俯瞰的な)をリスペクトしていたのは、後の「絶対城」というところに出てくる、書物を読み尽くせば絶対の境地に行ける、というのに繋がるのではなかろうか。円了は本書いたのかな……って調べたらめちゃめちゃ書いてますな。妖怪の本とかまで。

以上のあたりが「世界の哲学者を知る」でした。続く。

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2020年5月 5日 (火)

哲学堂公園(1)

コロナ禍は長いしまだまだ続きそう。美術館どこもやってない。「ロンドンナショナルギャラリー展」なんて、もう無観客開催じゃありませんかね。紹介映像見たってなあ……食えないのにレストランのごちそう見てるようなもんじゃないですか。よくみんな喜んで見ておるな。
あと、最近ではよく、どこそこの美術館でVR(バーチャルリアリティ)鑑賞できますよーとかやってるけど、ネットのデータ見たって面白くないし(やっぱ本物でねえとな)、意外と使いにくいし、画面酔いするし、あんましハマらないです。科学博物館のVRは結構凄いよ。でもひときわ酔うんだこれが。
ネットでアートムービーもしばらく見てると飽きてくる。

もはや当ブログも書くことが尽きたか? いや、うちから自転車で数十分、いい運動量の場所に謎を秘めた公園があるのです。それが、東京都指定名勝「哲学堂公園」だ。電車で行く時は西武新宿線、新井薬師前駅から歩いて10分ぐらい。哲学者であり東洋大学の創立者、井上円了が明治の終わり頃に作った「哲学のテーマパーク」だそうで。七十七ヶ所の見所があり、それをたどると円了の哲学、ものの見方、考え方などが分かる設計になっているそうです。ほほう、すごいですねえ。この公園、前からあるのは知ってたし、一度行ったんだけど。ほとんど記憶に残ってなかった。この機会、三密を避けられる屋外施設ってことで、あらためて行ってみたのです。GWの五日ぐらい連続で。
さて、それがどんなものか? ブッツケで行ってその場その場の解説を見てもどうも分からない。公園のガイドマップを管理事務所で売っている。買った。読んだ。七七ヶ所が詳しく解説されている。やったぜ……ううう、でも、なんか分からねえよ。はい、それもそのはずで、七十七ヶ所をフラットに並べて解説が書いてあっても、頭に入ってこないのです。
実はゾーン分けされていて、ゾーンごとの概要を掴んでから一つずつを見てみないと、どうもうまくいかない。逆に言うと、ゾーンを把握すれば、そんなに面倒な構造ではないです。で、一番いい教材は何かというと、哲学堂公園オフィシャルサイトの「哲学堂七十七場紹介ビデオ」。これを見るとだいたい分かるので、まあ、別にブログなんて書かなくてもいいようなもんだけど書いちゃう。ビデオにない話も書くぞ。

ゾーンは6つに分かれている。
 ①哲学への誘い
 ②世界の哲学者を知る
 ③哲学の歴史を学ぶ
 ④自然科学の世界
 ⑤人文科学の世界
 ⑥哲学を深く学ぶ
①ようこそ哲学の世界へ。②世界には色々偉い哲学がいるんですが、③結構昔から苦労して考えてまして、④まず自然科学から唯物論ってものが出てきまして、⑤それから人文科学から唯心論ってものが出てきまして、⑥それら二つを踏まえて考えていけば、深い境地に到達できるというわけですよ、という、まあ、だいたいこんな流れです。だから、見ていく順番も一応決まっている。それで、歩いていくと出くわす景色、起伏等による体感、これがそのまま疑似哲学体験のようなものだから、「哲学のテーマパーク」と呼ばれるわけですね。

最初の「哲学への誘い」から行きます。哲学の世界へ行くには、まずは俗心を捨てること……はあ? どうするんですかぁ? まず公園入口に石柱がある「哲学関」と「真理界」という名前。
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ガイドマップには、これより先の境内は云々と書いてはあるが。要は、まあ哲学世界との関所ですわな。それから「鑽仰軒」という監守の建物があったそうです(今はない)。徳を仰ぎ尊ぶんだそうです。いや、この辺はさらっと流していいんじゃないかな。次に「哲理門」という門があります。
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これが哲学堂の正門だそうです。別にそんな大きくはないんだけど、中にですね、天狗の像と、幽霊の像がある。物質の世界の不思議の象徴が「天狗」、精神の世界の不思議の象徴が「幽霊」だそうですが……これが哲学とな? はい、人のものの考え方や行動には、結構不思議をベースにしたものがあるんだな。まさに今のコロナ騒動で話題になったのに、平安時代の「物忌み」の風習 があります。不吉なことがあると人に会わない、なんてのが実は当時の感染症対策だったとか。昔は感染症なんて分からないもんだから、その事象というのは妖怪なんかの不思議世界のものだったわけだ。そうなると、人の考え方や行動を解き明かす入口である哲理門に物質界と精神界の不思議が鎮座していてもおかしくはない。ちなみに円了、妖怪の研究もしていて「妖怪博士」とも呼ばれてたそうで。哲学にこだわるあまり妖怪にも手を出しちゃうところも面白いですね。
しかしルートとしてはこの「哲理門」から入るってわけではないんですね。私どもはまだ「俗」にまみれているもので、いきなり「哲理門」を通ってしまうと、不思議なヤツラに思考を食われてしまい、見えるものも見えなくなってしまうのだ(という適当な解釈)。

というわけで、建物に入るのです(今は入れません)。
「髑髏庵(どくろあん)」世俗にまみれた心を一旦ここで消滅(死)させるんだそうです。「髑髏」ですってよ。ヴァニタスですよメメント・モリ(死を想え)ですよ。この言葉のインパクトがなかなかではなかろうか。「世俗を捨てて」なんかじゃ弱い。「世俗の心に死を」だとちょっと命令調ですな。ごちゃごちゃ言わず、黙って髑髏をドンと置く! がよろしゅうございませんか。で、死にっぱなしじゃ困るので、そこから「復活廊」という廊下があって、「鬼神窟」という建物に繋がっています。
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「鬼神」とな? ええとガイドマップでは「人の目では接し得ない霊魂と神霊の世界」だそうです。「きしん」と読みますね。「おにがみ」ではない「きじん」でもないところがポイントだわ。いわゆる角が生えて虎のパンツはいて金棒持った「鬼」じゃなくて、仏教用語の「鬼神(きしん)」で、「目に見えない、超人的な力を発揮するもの」という意味だと、しっくりくるのではなかろうか。世俗の心に一度死を与え、哲学世界を見るための、目に見えない力を得る、のですよ。この「鬼神窟」には部屋があり、1階が「接神室」だそうで、鬼神になった結果、神と接する……まあ哲学ですから、いわゆる神様  はなくて、まあ宇宙の真理みたいなものですかね。ガイドマップには「天地の神霊」となってます。その上(楼上)が「霊明閣」という迎賓室だって。うーん、どういう意味かな? 客を招く部屋……まあ招く側も俗人じゃ困るんで、そこそこ霊に明るくなければいけませんな(適当な解釈)。で、この建物から出て、いよいよ哲学世界に入っていくのです。
実際は、今建物に入れないんで、「哲理門」ではなく、もう一つの「普通の出入口」である「常識門」から入る。
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ちなみに2つの門を繋いでいる(つ まり俗界(世間)と哲学世界を分けている境界)垣根があって「一元牆」と言うそうです。

続く。

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