2019年7月15日 (月)

ジュリアン・オピー(東京オペラシティアートギャラリー)

えげれすのアーティストだそうで。ぶっとい線で描いた人物とか、それが歩いたりするLEDスクリーンものとかでなかなか楽しい。大味だけどそれが味だな。
それより入口の受付で撮影に関する注意書きを見せられた。この企画は全作品撮影可能。ただし、フラッシュやシャッター音はご遠慮下さい。ほう、シャッター音禁止ですかい。撮影反対派のわしゃあちょっと期待しちゃったよ。しかしですよ、中に入ったらみんなシャッター音カシャカシャ立ててるじゃねーか。いや、連休中で客がそこそこ多くてね。多分、当初はシャッター音立てて撮ったらイチイチ注意とかしてたのかもしれないけど、ジャップのスマホはシャッター音デフォルトで、シャッター音消して撮影するアプリもあるようだけど、知らないとか使ってないとかで、注意されようもんなら「この音は消せねーんだバカヤロー」とか逆ギレされ、かくしてナシクズシで目をつぶることになったと推察する……ってこれ始まったの先週の水曜からじゃねーか。もう折れちゃったのかよ。
まあ作品がいちいちデカいし大味なんで、正直撮影もシャッター音もあまり気にならんかったよ。

入るとデカい空間の部屋で、壁にデカい絵が並ぶ。みんな太線人物。顔はノッペラボーで小さい。パネルが光ってるのもあるし、さらにデカい(590cm×670cm)パネル状の絵があり……これ色ごとに凹凸があるね。塗装した木材でできてるんだって。あとはアクリルパネルの人物。ファッションいろいろ。面白いのは人物も服の輪郭も太線でできてるのに、タトゥーとかTシャツの柄とかはわりと細かく描いてあったりしてな。そりゃまあ、そこは太線で表現できないもんなあ。部屋の一番向こうにゃLEDを敷き詰めたスクリーンを使ったアニメーション。太線の人々が走っておる。人々いろいろでなかなか楽しいぞ。スクリーンセーバー(って今使っているのか)に使いたい感じだね。

次の部屋も仕切がないデカいまま。LED四面スクリーン(つまり柱みたいなヤツ……って説明しねーで写真撮ってこいと言うかもしれないがポリシーで撮らねー)でアニメーションの作品。人が何人か歩いているぞー。柱をぐるっと回っていて。なんとなく測ってみると一人が四秒ぐらいで一回りしてるね。それから絵がそのまま立体になったヤツとか、石でできてるっぽい熊の置物。これも二次元を引き延ばして立体にした感じだ。ビルが並んでいるヤツ、それから単色LEDの太線鳥アニメ、飛んでない。歩いて止まって餌を食うのを繰り返し。5羽ぐらいいてなかなか楽しい。壁には風景画っぽいもの。空に飛んでいるのはゴミか? と思ったら鳥のつもりらしい。それからLED四面スクリーン作品。ある面で走って、次の瞬間次の面へ進む、の繰り返し。

廊下の壁一面にもLEDスクリーン。20台使ってるって。なかなか壮観だす。そこに太線の鯉が泳ぐ。結構自然な動きで泳いでいて、これもなかなか楽しいですな。この鯉アニメは窓の向こうからも見えるんで、外から何あれ楽しそうとか思ってしまうぞ。

そう気張らずお気楽鑑賞をした方がよいと思う。インスタ映えもするであろう。この企画は別にいいが、絵画展なんかで全作品撮影可能はやめてほしいんだがね。ここはアンケートがなかったんで、何も伝えられなかった。
https://www.operacity.jp/ag/exh223/

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2019年7月 7日 (日)

折元立身:絵葉書のドローイングとポストカードのシリーズから(青山|目黒)

世界的なアーティストなのに日本ではあまり知られていない、というか私もちゃんと知ったのは、ここ数年といったところなのです。昔、「パン人間」(顔にパンをくくりつけて歩いたりするパフォーマンス)なんてやってたのは一応知ってたけどノーマークで。確か原美術館で個展(パン人間とアートママだったよな)をやってたけど、それも特に行かなかった。初めて引っかかったのは森美術館の「LOVE」展、「ベートーベン・ママ」の映像が出ていた。何か? おなじみ「運命」の音楽に合わせて、年老いたアルツハイマーの母親の頭をモシャモシャやる、というそれだけの映像。……なんだこりゃ? 普通、老いた母親とのコラボって、何か母への感謝とか懐かしの風景とか、そういう、なにかホンワカした親子の世界の表現だと思っていたらコレなのだ。なんか想像の外にある。モヤモヤしまくる。それからしばらくして、川崎市民ミュージアムで個展をやるというので、なんとなくアーティストトークに行った。折元氏は、日本は天才を育てないんで、この国はもう嫌だとかを連発。ベルリンに住みたいとか言う。サイン入りのポスターをもらった。それより展示に驚いた。膨大な量だった。その日は時間がなくて、後日また行った。そこで初めて、折元立身というとんでもないアーティストの全貌を目にした。自由奔放にして無数のドローイングと、世界で開催されるぶっ飛んだアートパフォーマンス。年老いた母親のケアとそこから生まれるアート作品群という、時代を先取りしたような世界。そして2017年に川崎市岡本太郎美術館で開催された日本ではあまりないダークなパフォーマンス「26人のパン人間の処刑」に参加して9番目に処刑された。あの日は台風が近づいていて嵐だった。嵐の中の城で繰り広げられたかのような、あれは、間違いなく伝説的パフォーマンスになったはずだ。

アートママこと母親の男代さんは亡くなったが、アートママは続いている。今回、ロンドンとベルリンから送られてきたはがきは全て男代さん宛なのだった。海外の滞在先で見てきたことや感じたことを絵で描く、しばしば文章も入るが、やはり絵が面白い。ペン描きも水彩もある。うまいのかと言われると、そういう感じではなくて、いわゆるヘタウマの部類に入ると思う。膨大な数のドローイングを残しているので、うまく描こうと思えば描けるはずだ。でも現実的に心に残った一瞬を残そうと思えばこそ、瞬発的な描写になるんじゃなかろうか。そこには現実が常にある。源泉であるアートママは長い間現実だったし、今もまだ現実で居続けているのだ。
展示では絵葉書一つの表の裏が一つの額縁に入っている。裏表をはがして加工したのかなと思ったらそうではなくて、写真面の方は原寸大のカラーコピーだそうだ。なるほど。

15時から公開政策とのことで、14時半過ぎに行ったところ、折元氏本人が既に在廊。なんか気さくにサインなんかに応じていたもので、あー私もあの、川崎の図録を持ってくればよかったなと。実は持ってこようかどうしようかと思って結構重いんでやめちゃったんだけど、ちょっと後悔。で……公開制作がなんと「18時からになります」とのこと。え? 理由は分からないが、もともとそのつもりか、あるいは気が変わったとか、天才だからこれはもうこちらはどうこうできず苦笑するしかない。少なからぬお客はいたけど、多分皆同じ思いだ。さすがに3時間近くここにいるのは無理なんで、しょうがないんで、今回のシリーズの図録があって、買おうかな。買うついでにサインもらおうかな、開いてみると既にサインが書いてあった。おや、サイン入りだな。……いや待てよこれ印刷かもしれん。で、別のもう1冊見てみると、違う色と筆跡でサインが入っていて、あー、じゃあ一つずつサイン入れたんだ。それで、それを購入。既にサインが入っているのにサインを求めるのもヘンなのでそのまま帰ってきたか、家であらた めて見るとなんかおかしい。拡大してみると……えっ? これ印刷じゃん! なぜ1冊ずつ違っていたのか分からぬ。いずれにしてもかようなトリプルショックを受け、しばし立ち直れず。さらに、公開制作の様子があとから写真でアップされていたが……超楽しそうぢゃないか。うぐう……
つまりは……また機会があるであろう。

P_20190706_152100    

展示そのものはもちろんおすすめできます。図録もいいんだけど、やっぱり生の絵はいいですな。
http://aoyamameguro.com/artists/tatsumi-orimoto-postcard-drawings-and-postcards-as-documents/

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2019年7月 5日 (金)

メスキータ(東京ステーションギャラリー)

前回のブリュック展で全館撮影可能にしてしまいGWで混雑してシャッター音だらけの会場にクレームが多数発生し、結果半分撮影禁止にした東京ステーションギャラリー。今回は最後の自動ドアの向こうだけが撮影可能エリアだ。そう、自動ドアがあるからそうすればいいと思っていたところなんで、ナイス会場。それいいんだよ。写真でSNS拡散に期待するのもいいが、基本は鑑賞だぞ。しゃべるなとまでは言いませんがお静かに願いますよ。
メスキータはオランダのアーティストで美術学校の先生で教え子の一人がエッシャー。ユダヤ人だったので70歳にしてナチスに捕まりアウシュヴィッツで亡くなったが、教え子達が作品を必死に守って今回の展示に至る。白黒の木版が多い。

最初はメスキータ紹介ということで、自画像とか。ここからもう木版メイン「髭に手をやる自画像」なんてニーチェかと思ったぜ。ガイコツと一緒の「メメント・モリ」なんてのもある。高齢だなと思ったが58歳ですって。あとは一人息子のヤープを描いた版画……ったって大人じゃん。なかなか成人した子供を描く人は少ないと思うが。

それから人々、ということで、文字通り人物もの。日本の浮世絵やアール・デコなんかの影響があるんだって。裸婦とか裸男いろいろ。これがだね、白黒木版なんだがね、横線だけでできていたりする。凹凸を表すのに前方に出て明るいところは太い線、奥の暗い方は細い線って感じで表現している。これがメスキータの特徴だが、横線だけでできている裸体ってのもちょっとキモいですな。版画だけでなく水彩なんぞもあるが、そんなに強い個性はない。日本の近代洋画みたいな感じ。「横たわる裸婦」みたいなエッチングもある。「ユリ」は裸婦も使った白黒木版だが、やっぱりこの木版の方が表現にキレがある(キレがあるって表現も抽象的だが)。かような版画を見ていくとだんだんキモいのにも慣れてきて、「うつむく裸婦」あたりになるとだいぶ普通に見れる。「エクスタシー」という作品があって、ちょっと妖しいが普通の裸婦像である。しかしこれはなんとなくルー・リードの名曲「エクスタシー」が似合うな(って誰が知ってるんだ?)。「帽子の女」は輪郭を使わす線の陰影だけで表現したなかなかの傑作。「歌う女」はアール・デコ風というのか、装飾的というのかシンメトリーでいいですな。

階段を下りて、自然のコーナー。動物もあるが植物がよいな。「サボテン」小さい作品だがこの幾何学的な面白さによく気づいた。「セダム」は絹に印刷した花だが洗練されたデザインがいいね。「アーティチョーク」は例の線の太さで表現する手法。少しあとの方に、背景デザインが謎な「アヤメ」とか、これは見事にして多分エッシャーにも影響したであろう幾何学模様のような自然模様「パイナップル」これイイネ。動物もいろいろでチラシにもなっている「ワシミミズク」の体の模様、「死せる鳩」は首吊られているが、こりゃキリストか……メスキータはユダヤ人だがユダヤ教だよな。「シマウマ」はそもそもそのまま白黒版画じゃないかってんで、やらないとかエッシャーに言ってたらしいが、結局やってたのにビックリだったそうだ。あと、部屋の中央には建築系の雑誌の表紙の仕事。

今度は空想のコーナー。無意識のドローイングだとかで、シュールレアリズムのオートマティズム(自動で描く)の先駆けとか何とか描いてはあるが、まあ無意識というか、絵画というよりなんかシュールマンガみたいな感じ。タイトルに「ファンタジー」が付く。マンガ風の人物が何かよく分からないことをやっている絵がほとんどで、ここで何か読み解くという物でもなさそうだ。「泣く人々」なんか分かりやすいかな。あと、ちょっと不気味ってことではゾンネンシュターンなんかを思い出す。エッシャーよりずいぶん右脳的だ。そんな空想ものの連作などもあったりする。それで最後の自動ドアの向こうに撮影可のコーナー。本物の作品ではなく大型パネルで自撮りでインスタ映えするぞ。よかったな。

全体見るとやはりモノクロ版画の印象が強い。まあ広告通りというか。期待は外さん。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201906_mesquita.html

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2019年6月23日 (日)

クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime(国立新美術館)

実はよく知らんアーティストであった。この企画の広告だけ見ていると、割とこじゃれたインスタレーションでもあるのかと思って現地に乗り込むと……うむっ、そうか思い出したぞ。こいつは原美術館にあったヤバいヤツじゃないか。私としては、この企画は予備知識を何も入れずにいきなり見た方がいいと思う。あるテーマに沿った、全体が一つの作品ともいえる。いや、こいつは一種のテーマパークだ。あと音が重要な役割と果たしている。以下はネタバレだ。

 


入ると映像作品の部屋があり……というかその前から生理的にキビシイ音が聞こえるぞ。吐いてんじゃん。タイトルとしては「咳をする男」だけど激しく咳しながら吐いてる。しかも結構痛い格好。しばらく続くと終わって「なめる男」の映像作品。文字通りだけど、咳がアレならなめる方だって推して知るべしみたいな感じ。この2つは初期の作品のようだが、ここでもうすっかりダークな気分になり、この先に何かただならぬブツがある期待をしてしまう。少し大きな部屋に続き、写真作品などがある。ここは割と普通……なんだけど先の咳の音と、別んとこの心臓の音がするんで、そう落ち着くもんじゃないよ。小部屋を覗ける窓がある。そこは「影」というモビールっぽい影絵が部屋中に拡大。ドクロとか。このあたりで何やら「死」がテーマじゃなねえかと薄々分かってくる。心臓の音はまた一つの部屋で文字通り「心臓音」って作品。心臓音に合わせて明るさが変わる。壁ののれん状のところに子供の顔が映し出され、向こうから何か出てくるのかと思ったらそうではなく、そこを通って我らが向こうに行くのだ。すると、影絵の死神が飛んでいる。作品名は「影(天使)」だがね。死神じゃん。隣の大きな部屋に入る。電飾に照らされた子供や大人の作品多数。ホロコーストの犠牲者の写真だったかと思うが、電飾だけでなく、写真付き資料箱を大量に使った作品もある。あと、咳や心臓の音もまだ聞こえてるんだな。それにしても要するに死者だらけで、少々ムカついてくる。なんでかって? 人には一生の長さとそれぞれに一生のドラマがあるんだぞ。こんな量産品みてえに、人一人を作品の一部として使ってどうするよ。お前にとって人の命は作品の一部でしかないのかい。と、かようなイライラにかまわず、隣の大部屋には「モニュメント」と名付けられる、死者の写真も使っているが、遠目には電飾が目立つもんで、そこそこきれいめに見える作品群が並ぶ。ここで風鈴のごとき音が壁の向こうからする。壁に隙間があって向こうも見えるが床のティッシュみたいなのしか見えん。

この大きな部屋を出て、また小部屋に顔写真と電飾。ううううむ。その向こうに通路。左右を見る。死神どもの影絵。その向こうに……な、なんだあれは? あの黒い大きな山は何だ? この辺で先のイライラは消し飛んで、何か本格的にヤバい空間……じゃあボキャブラリー貧困だな。そう、ここは冥界だ。冥界に入ってきたと察知。ボルタンスキー、死者を軽く扱っているわけではなかった。巨大な冥界を築かんとして死者達を使っているのだ。おおおあの山こそは冥界の山だ。作品名「ぼた山」。大量の黒い服でできている。その周りにスピーカー付きの黒い服。スピーカーからは死者達への質問が流れる。「一瞬でしたか?」とか。日本語もあるよ。それから巨大な映像作品「アニミタス(白)」風鈴の音はここからだ。そして天井を見よ。ここにも無数の死者達。さらに、なにかこの世の物ではない咆哮が聞こえる。それが次の映像作品。「ミステリオス」広告の金属オブジェはこれ……なんだけど映像作品だ。でも音を出す。クジラとコミュニケーションを取るための音だって言うけどさ、ここにあるともう冥界のBGMで決まりだ。その映像の向こう「来世」という電飾が待つ。

じゃあその向こうは明るい作品になるのかというとそうでもなく、一日ずつ電気が消えるヤツとか、天井からの揺れる電球に従って金の海が反射するヤツとか、また死んだとかしか思えない子供達の写真とか。出口に近く心臓音が復活。そして最後に「到着」のARRIVEEの電飾を最後に冥界を抜け現世に戻ってくる。うむ、なかなか深い旅ではないか。ほとんど「死」のテーマパークだ。

ぼた山付近は撮影可能コーナーでもある、が、この空間、この会場すべてが一つの作品のようなもの。写真撮って満足だったら意味はない。体感してなんぼだ。
https://boltanski2019.exhibit.jp/

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2019年6月10日 (月)

ウィーン・モダン(国立新美術館)

サブタイトル「クリムト、シーレ 世紀末への道」。ボリュームが多いというウワサはあったがマジ多い。まともに全部味わって消化しようなんてしたら三時間はかかるでしょうなあ。オレは適当に端折ったりしたが、それでも1時間40分ぐらいか。日曜朝一に行ったら出だしのところは激混みだったもんで、途中から見始めて、あとで残りを見るようにした。結果的に途中からでも差し支えはない。ましてクリムトやシーレなど世紀末がお目当てなら始めからキバっちゃうと、シーレなんか終盤近いんでバテるぞ。

ウィーン世紀末に至る近代の美術工芸建築。ほとんど博物館みたいなもんで、一応順番通りに書くか。最初はまだ世紀末じゃなくて「啓蒙主義時代のウィーン」ハプスブルグの首都だったそうで、おおマリア・テレジアの肖像。行きてえなあシェーンブルン宮殿。フリーメイソンがいたとかなんとかで、ロッジ内の様子の絵がある。別に怪しい感じではないが。あと人形があったな。陶製の。あの、マイセンでしたっけ。あんな感じのもの。

それから「ビーダーマイアー時代のウィーン」だって。何かって言うと「小市民」って意味だそうです。人の名前かと思った。「絵画時計」というものがあって、絵の中に時計があるんだけど、時計が本物ってやつ。普通に面白い。工芸品では銀の器とかが出ている。シンプルモダンな感じ。この頃にシューベルトがいたそうで、シューベルトの夜会の絵とかあったりする。この頃の絵画も小市民的に私的な感じの風俗画とかが多かったそうで、別に面白くもないんだけど、美術的に再評価はされてるんだと。フリードリヒ・フォン・アメリング「3つの最も嬉しいもの」男と女と、光と影みたいな(?)絵。その3つが何かは気にしてなかった。フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラーの風俗画とか。うん普通だ。覚えてもいねえ。ルドルフ・フォン・アルトの都市景観画とか。うん、あんまり見てない。都市景観画は、昔の雰囲気はいいとして都市景観以上のもんでもないしな。

「リンク通りとウィーン」えー、朝一で来て、見始めたのはここから。映像があって、ウィーンの近代化はこのリング通りを中心に近代建築が作られ始めて始まった。だから結果的にここからの鑑賞でも特に問題なかろうし、エンジンがかかってくるのもここからだ。建物の絵とかはそれなりに流して見るとして、ここでクリムト1枚「旧ブルク劇場の観客席」劇場内の様子。なんとなく「金色な感じ」がしてへへえさすがクリムトとか思ったりする。観客が一人一人、ちゃんと個性的に描いてあるぞ。やるな。ハンス・マカルト「真夏の夜の夢」額縁の中に額縁の絵があって、その中に幻想的な絵。あー、これ緞帳のたの習作か。エドゥアルト・レビーツキー「真実、英知、美(国会議事堂柱廊玄関モザイクフリーズのための習作)」習作ったってちゃんと描いてあるよ。アングルの裸女みたいなのが。要は新古典っぽい。「『画家のプリンス』ハンス・マカルト」のコーナー。クリムトなど分離派に影響を与えたそうだ。「ドーラ・フルニエ=ガビロン」の赤い背景の女性像や、「メッサリナの役に扮する女優シャーロット・ヴォルター」の都市の夜景が背景なんてのを見ると、クリムトの装飾的な絵画につながる気もしないでもない。それから1873年のウィーン万博の写真、日本館とか。

「1900年-世紀末のウィーン」のコーナー。建築家のオットー・ヴァーグナー特集。「美術アカデミー記念ホール」の模型すげえ。この装飾。上の部分なんてこれ王冠かよ。「聖レオポルト教会」の内部の絵画があるが、これもなんかすげえな。建物内に金ぴかドームがあるんだな。集合住宅もやっていて、「大都市」の模型がある。箱がひたすら並んでてモダーンだな。デカい模型だ。えーそれからクリムトの初期作品がいろいろ。寓意画だって。「寓話『アレゴリーとエンブレム』のための原画 No.74」裸女がおる……なんか街のポスターなんかで、女性を性的な目線で描いたイラストがムカつくぅとかいう意見があったりするんだけど、これだって思いっきり性的じゃん。いや、別に街のポスターじゃないですけどね。こないだ、そう、ギュスターブ・モロー見たけど、あれもこういう性的な目線で女性を描いてて、でも解説とかには、こういう(性的にも)こだわりの美女連発の際の面白い単語があって「ファム・ファタル(運命の女性)」って書いてあるんだ。「エロ女 数をこなせば ファム・ファタル」いかん五七五にしてしまった。ええと展示はウィーン分離派の話になり、第一会分離派展のポスターがありクリムトの有名な絵画「パラス・アテナ」がある。これ何度か見たけど、オレはあんまり好みじゃないんだよなあ。なんか暗いし。甲冑だし。それからクリムトの素描だお。素描イパーイ。中には糸ミミズが這ってるだけみたいなマニアック(クリムト通向け)なのもある。

それから分離派の……ところでここは全体のどのあたりなのだ? 全体が長方形のフロアなのは分かっているが、通路があちこち曲がっていて、今どのくらい進んでいてどのあたりかサッパリ分からない。こんなの初めてだな。まあいいや。ウィーン分離派の画家達。マクリミリアン・クルツヴァイル「黄色いドレスの女性(画家の妻)」シンメトリーにキメている。カール・モル「書き物机に向かう画家の妻アンナ・モル」逆行でキメている。ええと、おや、抽象画がある、と思いきやヴィルヘルム・ベルナツィク「炎」全体が青い色の画面で、色彩よし。こりゃいい絵ですな。抽象画モードでも鑑賞できる。ヴィルヘルム・リスト「白と黒の絵画」といっても女性像。日本の近代画みたいな感じ。おっと通路が分かれている。右へ行くとドレスの再現コーナー……休憩室じゃん。じゃあここは中盤ちょっと過ぎたとこじゃないか。まだ先が長いそ。再現ドレスは適当に見て(悪くはないが)、ウィーン分離派のグラフィック。分離派展のポスターとか。それからエミーリエ・ブレーゲとクリムト……いかん、どういう関係かチェックしてません。とにかく目玉の一つエミーリエ・ブレーゲの肖像がある。この絵だけ撮影可能。なじぇポスターになってるヤツをわざわざ撮影可能にするかね。あいかわらずうっせーなシャッター音が。まあ今回はこの1枚ですからね。ガマンしますよ。オレは単眼鏡を使っているが、ドレスの柄を拡大すると面白いぞ。インスタ蠅どもには分かるまい……なに? 解像度はかなりある? じゃあ拡大して見てみよう。あとはなんか、ドレスとかあったよ。それからウィーン工房の椅子とか、花瓶とか、ガチャガチャしたものいろいろ……いかんこの辺ぜんぜん覚えてないぞ。グラフィックのコーナーになり、コロマン・モーザーの「千羽のオオガラス」おっと、これエッシャーの隙間無いデザインに似てるじゃん。エッシャー以外にもやる人がいたんだ。

やっとエゴン・シーレが登場。「自画像」がいかにもシーレらしいがちょっと小さい絵だな。「ひまわり」も定番というか、これぞというか。この2つのインパクトが大きいもので、あとの油彩は普通に見える。「イーダ・レスラーの肖像」なんて普通の描き方だしな。それからシーレの素描がまたずらっと並ぶが、この辺で結構皆さん疲れているようで、素通りも多い。実はここ素通りはもったいない。「少女裸像(ゲルトルーデ)」はなんともいいシーレだし、「ひざまずく裸婦」「男性裸像」の特徴ある水彩も見逃せませんねえ。あと「マリア・シュタイナーの肖像」からペン画みたいなものなるが普通にうまい。油彩もそうだが尖ってなくて普通にも描けるんだよな。それから表現主義になるが、ココシュカがシーレに負けずにがんばる。特に「『殺人者、女達の欲望』のポスター」このちょっとグロいインパクトはやってくれるじゃねーか。この時代、こんなのも描いておったのだ。ココシュカは版画のような作品も出ている。あとは何かあって建築模型があって終わり。

しかし、あのスペースにずいぶん詰め込めるものだと思う次第である。迷うことはないがまるで迷路みたいに通路が折れ進んで行くのも何となく楽しからずや。全部をじっくり見たければ時間は十分確保して行こう。
https://artexhibition.jp/wienmodern2019/

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2019年6月 8日 (土)

トム・サックス ティーセレモニー(オペラシティアートギャラリー)

告知なんぞを見て、トム・サックスのマッドティーパーティーみたいなものかと思ったら、トム・サックスのマッドティーパーティーだった。全てが「茶の湯」のパロティのような作品群でありインスタレーションである。良くも悪くも解説が無いもので、元の何をどのように料理したものかが分からない。単なるオモシロ作品としても見れるが、元ネタが分かった方がより面白いので、事前に茶の湯のアイテムや、日本庭園の施設や、茶の心を知っておくとよい。ううむ、岡倉天心の「茶の湯」の読んだはずだがほとんど覚えてねえ。映像作品もあって、時間の関係で割愛しちゃったが、ちょっともったいなかったかな。YouTubeで見れるとは言うが……というかあとで見たよ「TOM SACHS: TEA CEREMONY」これはあとでも先でもいいから見るべきじゃ。実際ここに展示されているものを使っている。

展示の最初のところに石碑みたいな……段ボール製かよ。よくできてるが。それから左の部屋「HISTORICAL TEA ROOM」
に入るといろいろ展示してある。ザリガニの自在置物のつもりらしいもの。手が思いっきり何かの工具だが。おっと掛け軸がある。ブランケットでできてる。描いてある(というか貼ってある)のは椅子の背もたれか? 次の……茶碗が「NASA」だと? スピーカーの上に日本刀が乗っておる。なんか意味があるんだろうなあ。次のは……兜のつもりらしい。チラシに載ってるヤツな。出来の悪い安全ヘルメットみたいだ(あとで映像見たらちゃんと使っていた)。次はひしゃくってんですか。水くむヤツ。次がちょっと大きい茶器セットございますな。今時の言葉で「草生える」みたいな。茶せんが電動かよ。やかんの口までなんか顔に見えてくるな。次のは……ううむ、電気じかけの何かだが、元ネタが分からぬ。次も棚にいろいろ置いてあります。ん、これは2つまとめて「Mizuya Back Up Unit 2014」ですって。水屋……茶事の支度をするところ、だってお(あとで調べた)。茶碗がある。また「NASA」だ。こいつぁ出来がいいのか専用箱と一緒に展示。よほどNASAがお好き……いや、待てよ。茶の湯はひとつの宇宙であるとか、宇宙との対話であるとか、そんな話を聞いたことがあるぞ。はい、トム・サックス、そこまで分かった上でNASAなのだな。さっきの掛け軸風のやつの背もたれに安全ベルトっぽいものが付いてたが、宇宙に行くにゃあ必要ではないが。次の棚、茶碗がずらっと。見るとそれっぽい形……姿ってのか、をしている。もちろん全部NASAだお。

次、トタンみたいなゲートをくぐって「OUTER GARDEN」。日本庭園のパロディ風インスタレーション。ハリボテ感満載のナイスな大空間。池もあるぞ。ちゃんと水も張っている。中に鯉がいるが……さすがに生きたヤツじゃないようだ。展示品それぞれ、なんか日本庭園で見たことあるようなものなんだけど、それが何かがよく分からないのでもどかしい。このあたりは事前に調べていった方が面白いはずだ。力作はトイレがある。裏側に紙コップ付きのドリンク供給装置みたいなのがあって、ううむ……面白いはずの物だがナンダコリャ。タイトルは「LAV3」。それから庭の出口付近「The Kiss 2019」おっとこれは有名な彫刻のアレじゃないか。顔があるような無いようなでちょっと違うが……誰だっけ。

隣は「INNER GARDEN」茶室がある庭。ここにも水もの。この小さい池はシシオドシがほしいですな(映像では手を洗うところだったんで、シシオドシはいらないよ)。梅の木みたいなヘンな木がある。石灯籠のごときものもある。石塔もある。しかしなんたって茶室。ちゃんと四畳半で作っている。掛け軸もあるし、花も飾ってある。水屋(準備室みたいなやつ)もちゃんと作ってあって、茶器が置いてある。全体におふざけ感があるが、茶室にある要素を可能な限り汲み取るというリスペクトを感じますな。

そこを出ると掛け軸展示。……ってまた布かよ。しかも「この毛布は車内専用です。持ち帰らないで下さい」とか日本語で書いてあるやつだがどこから持ってきたんだ。この絵はソユーズの大気圏突入か。次の掛け軸は肖像っぽいが「長寿と繁栄を」って日本語でがんばって書いてある。見よう見まね日本文字。次はなんかマクドだよ。ベンチがあって、あと「○」の掛け軸。火鉢と下駄箱みたいなのがあって……ううむ元ネタなんだろなあ。もどかしいのう。そんで終わり。

全編ほほえましい茶の湯のパロディその中に宇宙へのリスペクトを感じるような感じないような。とにかく予習して行った方がいい。
https://www.operacity.jp/ag/exh220/

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2019年6月 1日 (土)

information or inspiration(サントリー美術館)

いつも手堅い日本美術展などをやってるところだが、なんか野心的な企画をやらかした。だいたいタイトルが英語なんだじぇ。タイトルだけ見たって何だか分からない。何か? サブタイトル「右脳と左脳でたのしむ日本の美」いや、まだ分からん。現地に行って分かる。同じ作品(厳密に同じでないものもある)を一つは解説なし&一部デザインオフィスnendoの演出ありで鑑賞。もう一つは詳細な解説付きで鑑賞。つまり一つの美術展に通路が2つできていて、1つを進んで最後まで行って、またもう1つを最初から進む、ってな見方をやるわけだ。前者が右脳コース、後者が左脳コースだ。どっちが先でもいいぜっ。

オレは右脳コースから。出品リストにはタイトルが出ているがここはあえて出さずに書くと、最初のヤツはどこかで売ってるガラス鉢のようですな。次の壷みたいなヤツ……うむ、なんで照明が真っ赤っかなのだ? お、よくできた鶴がいるじゃないか。次は陶器の箱だな。次は……なんじゃこのニワトリは民芸品か? 次の箱みたいなのは模様が付いてて高そうだ。次の箱は……お、きれいですな。螺鈿じゃないですか貝殻のキラキラを使ったヤツね。次は唐草模様の壷か、次の……なにこれ? 入れ物? ……あっ、なんか匂うぞ。香り付きじゃん。次は何だ蚊取り線香入れかな。それから通路を行き、ええと瓶がいっぱい並んでいる。そうかサントリーじゃん。広告か? でも暗いな。次は……ええとこの潰れたみたいな物体は何だ? 次はガラス板に何か描いてあるのが立体的に重なっているからガラスアートだ。次はくもりガラス……向こうに何か青いもんがあるが分からん。次は白い灰皿と何か古そうな入れ物。次は黒い大きな模様付きの物体がある。触っていいってよ。

ここでいったん展示室を出て階段を下りると、なんか一人ずつ傘を持って歩くインスタレーション。傘の影に動画が映る……偏光ガラスの仕組みを使っているらしい。チームラボかと思ったらnendoですって。ハイテクで普通に面白い。

右脳コース後半。ええと横長の和紙の帯だな。その間から掛け軸が見える。おっと鞘絵(刀の鞘の反射で見る古いだまし絵)じゃないか……と思ったら、刀の鞘じゃなくて鏡の円筒だ。いや、茶碗の形だ。すると下に描かれているのは茶碗の模様だ。鞘絵じゃないじゃん……なじぇわざわざこんなことを? おっと大きな箱のパズルがあるぞ。いや、これは知ってる。一つにまとまる弁当箱のお重だ。「お弁当展」で見たんだよ。こいつは半透明プラスチックでできていて本物じゃないぞ。本物はあとで見れるってわけか。器の内側のデカい再現があって首突っ込んで見るのだ。器の模様どっかで見た。次も赤いガラスの……アート? モビールじゃない。少なくとも昔のものじゃないよなあ。最後はなんだこりゃ。器の影らしいが何の意味があるのだ? ……ここで終了。はい、何だかサッパリ分かりませんねえ。どれも美術品だけど器とかの実用品でもあるので、解説不要の鑑賞を前提に作られた現代アートともちょっと違うよなあ。右脳鑑賞といっても、ここはやっぱある程度解説がないと。昔使ったこぎれいな何かである、以上の何でもない感じですなあ。

そんなわけで、最初に戻って左脳コースだお。これが解説ありなんだけど、えれえ情報量が多い。勉強好きなアートヲタには嬉しいであろう。オレは別にほどほどでイイよ。最初のガラス鉢は「切子 蓋付き三段重」というもの。手作りの切り子だぞ。工場製品じゃないんだぞ。切り子のプロセスも絵で解説。すげえ。次の照明が赤かったヤツは「朱漆塗瓶子」普通に器が赤いんじゃねーかよけいな演出しやがって。次の鶴だとか言ってたのが「色絵鶴香合」という香入れだ。次のは箱じゃなくて炭を入れて香を炊く……もとい焚くもの。民芸品ニワトリだと思ったら香炉ですって。螺鈿のヤツは香を焚ける枕。唐草模様は仁清の香炉。次の結構香る器も香炉で、亀甲模様を使っているんだって。サントリーの瓶だと思ったら「藍色徳利」藍色なんだぜ。次は「赤楽茶碗 銘 熟柿」普通の赤い茶碗じゃん。右脳コースにあった意味不明の潰れたやつは熟れた柿だったらしい。ガラス板アートだったのは、光悦と宗達の掛け軸……の描画要素を層状に分解したもの。くもりガラスの向こうの青いのは「藍色ちろり」という藍色ガラスの急須(だよな)。白い灰皿と一緒にあった入れ物は「菊蒔絵煙草盆」つまり江戸時代の喫煙セットだ。灰皿は現代のだな。次の右脳で黒いデカい物体だったものは、元になっている模様が「薩摩切子 紅色被皿」のもので、こっちは赤い模様の切子。なんだきれいじゃねーか。

再び階段へ……ありゃ、インスタレーション人が増えている。並んでいるじゃん。二回目やろうと思ったが断念。

左脳コース後半。和紙の間から見えた掛け軸は光悦&宗達の「蓮下絵百人一首和歌断簡」西行と寂尊の和歌が書かれている。解説にゃなんと、百人一首の百種全部が出ている。そう、解説がもうこれでもかってぐらい豊富にあるんだぜ。気合い入りまくりですな。右脳コースの鞘絵みてーなのは尾形乾山の茶碗。模様のために円筒形に作ったんだって。次の箱も乾山の蓋物。弁当箱は「御所車桜蒔絵提重」いや、これはきれいですよ。機能的にして美しい。ガラスアートだったのは「薩摩切子 紅色被三段重」ガラス器の三段重ね。赤い模様がなかなかきれいどころ。最後も「薩摩切子 藍色被船形鉢」藍色だが、光に映し出すことでコウモリの模様が出る。右脳コースで見たのはそのコウモリなのだ。

右脳左脳各コースの違いが面白い。右脳コースのnendoの演出でちょっと余計に感じるところもあるんだけど、インスタレーションも面白いからまあいいです。ナイスチャレンジ。
https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2019_2/index.html

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2019年5月30日 (木)

34周年展(豊島区立熊谷守一美術館)

実はここは近いもんだから割と毎年行ってたりするのだが、ブログに書かなかったりして。いや、でも書かないと悶々としちゃうんで書くんだけど、こないだの日曜に行ってたわけですよ。ここはいいですよ。小さいけど点数もそこそこあるし、雰囲気はいいし、1階でコーシーも飲めるし(実は飲んだことないが)。今回は熊谷守一オンリーの企画展だ。

1階の展示室は、平面的にして単純化された画風が確立されてからの、いわば定番揃い。「夕暮れ」は二重丸というシンプルさ。平面的な絵はどれも色がいい。特にオレンジは鮮やか。「アゲ葉蝶」の花のオレンジ。パンフレットにこの絵が使われているんだけど、本物は印刷よりはるかによい。ゴッホをはじめ印刷と本物が違う画家は少なくないが、この熊谷守一もぜひ本物を体験せよといいたくなーる。「曼珠沙華」これも鮮やかだがさすがに単純化させすぎじゃね? と思ったりして、でもボケーと見てると、あーこれが曼珠沙華の印象なんだよなあと思えてきたりする。「枯木」ううむ、これはどこがどう枯木なのかな。「せんのう」もオレンジがきれいですな。「自画像」単純化似顔の傑作。「白猫」にゃー。「岩間の富士」珍しく屏風です。シンプルです。「氏家梅林」ピンクです……って色だけ書いたってしょうがないけど、いや、やっぱこの色、色がいいんだよ。それにしても毎回見るのもあれば、初めて見るのもある。リストを見ると、なるほど他から借りてるのも多い。企画展だからがんばっているのだ。

蔵みたいな中を階段を上って2階へ。ここが画風確立前というか、いろいろチャレンジしてるところ。日本的に渋いフォーヴというか、まあヴラマンクみたいなのが多いかな。そんなラフな風景画もあれば、ここの定番は「某婦人像」。光の描写で、おっ、いるね、という感じで魅せる。「自画像」も単純化でなくよく似てる。「顔」はメチャ崩していてなんかすげえ。しかし今回のハイライトは3つの裸婦が並んでいるところかな「裸」「気坐裸」「裸婦」それぞれ時代が違い描き方が違う。「裸」は裸婦がラフな感じ、「気坐裸」は単純化させたもの、しかし最後の「裸婦」がすげえ。絵の具のチューブからそのまま出したヤツで描いてるんだって。つまり太い紐みたいなので描いてるのだ。うーん、斬新にして面白いんだけど、いいなあ、という感じじゃないよなあ。

さらに階段を上って3階へ。ここは書とか墨絵とかクレパスとか。油彩じゃないヤツ。書はまあヘタウマみたいで……でも近頃人気らしい。というか私は書を見てもいいのか悪いのかよく分からんのだ。墨絵の「大蛙」マジデカい。青い色を使った墨絵「夏」これいいね。シンプルな青い線で表現。「日輪」ピンクと白。これクレパスなんだね。そうだ前にクレパスだけの美術展を見たけど、なかなか侮りがたい画材なんだじぇ。クレパス「雨蛙」うまい。クレパス「文殊菩薩」すさまじい単純化。しかし確かに文殊菩薩だよこれは。墨絵「なまず/蝦蟇/狛犬」複数絵が1枚に。ちょこちょこって描いてるけど、なかなかだ。

通常は1、2階が熊谷守一常設で3階が貸しギャラリー。しかし○周年展では他から借りるなどで全館熊谷守一になるのだ。行ってない人も一度は行ってみようぜっ。
http://kumagai-morikazu.jp/

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2019年5月21日 (火)

ルート・ブリュック 蝶の軌跡(東京ステーションギャラリー)

フィンランドのセラミックアーティストの個展だす。当初は2階3階全作品撮影可能だったそうだが、GWに結構人が押し掛けたようで、シャッター音だらけになって苦情が多数入ったため、3階を撮影不可としたそうな。シャッター音イヤイヤのオレからすれば、そもそもなんでそんな全作品撮影可などというバカな大盤振る舞いをしたのか気が知れねえが、思うに、そんなたくさん人が来るとは思ってなかったんじゃなかろうか。知名度もあるとは思えんしな。撮影についてだけじゃない。なぜか細い通路で映像を流していて、そこに人が溜まってしまって通りづらいのです。これも人数少ないと読んだところかと思うのです。しかし内容は大変いいんですよ。ここはいつだっていい着眼でいい企画やるから、とうとうパスポート買っちゃったよ。この先も全部行くと思う。

なもんで、最初の3階はシャッター音で気が散って(たかがシャッター音ごときで集中できなくなるの~? とかヌカしてる御仁もいるが、てめー基準でモノ考えるんじゃねーよ。ヘッドホンステレオのシャカシャカ音もそうだが、音量の問題じゃねーんだよ。気になる感覚は人それぞれなんだぞ)、ソシャクに時間がかかる、というかあんましてない。最初のところに遺された陶板(モザイク)で新しく作った「心のモザイク」という大作があるが、思えばこれ最後の方がよかったねえ。というのも晩年の作品に近いもんでね。最初は絵を描いて焼いたものが多くて、絵画に近い。でも質感が焼き物なわけです。やっぱり単なる絵よりも、建物とかの形状に切って彩色したヤツの方がいいね。家とか、教会とか、ノアの箱船もあるぞ。あとポスターになっているのは「ライオンに化けたロバ」というもので、文字通り動物。それから「鳥」という置物っぽいものや、「母子」という立体作品もおもしろい……いや、全部写真に撮っているヤツいるけどさ、陶の作品って、キネティックっていうのかな、鑑賞者が動くに連れキラキラする、そこも楽しからずやなんだがね。写真に撮って満足してどーする。それから……作品タイトルに、出品リスト番号が載ってねえ。作品のところにメモるには、タイトルを探さないといかん。面倒なんであまりメモってねえ。

階を降りて2階に。シャッター音が聞こえなくなり一気に環境がよくなったぜ! ……なに? 違いが分からない? なんでこの環境の差が分からんのだ! まあいい。蝶を描いた器(?)の作品多数。一つに一匹。なかなかリアルな感じでいいよ。作り方の簡単なアニメがある。2度焼いてるんですって。六角形のブロック状のものを積み上げた「ヘキサゴン」も面白い。それから初期にはなかった金色の作品が登場。ちょっと神秘的な、「ムー」に出てきそうな感じ。このあたりから絵ではなくて、抽象的な立体が増え始める。「レリーフ」なんていうシンプルなタイトルだったり。それから今度は黒い作品が出始めた。「泥炭地の湖」抽象っぽい。黒でも光沢の黒と艶消しの黒が入り乱れ、これが結構面白い。あと、横の方から見ると異星人の都市みたいじゃないかい。「木」は黒い陶タイルで木の形を作ったもの。黒といえばねえ、ラウル・デュフィの晩年、黒い船のあのインパクトを思い出すな。アーティストは晩年になると黒を使いたくなるのかねえ。あと、白だけのもある。小さい陶タイル……モザイクか、を組み合わせた抽象。もはや初期の絵本みたいな世界じゃなくてバリバリ現代アート。公共アートの映像があって、アーティスティックに終了。

うん新鮮だ。いい作品群だ。3階のシャッター音が気にならなければ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201904_rutbryk.html

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2019年5月19日 (日)

印象派への旅 海運王の夢(Bunkamuraザ・ミュージアム)

ウィリアム・バレルというスコットランド生まれの英国人のコレクションだす。写実から印象へという手堅い人気のテーマですな。

最初にいきなりゴッホ「アレクサンダー・リードの肖像」バレルとかかわりもあった画商ですって。うむ、原色の点描というか短線というか、その描きっぷりもなかなかいいじゃないか。いやそれより諸君、このゴッホ、なんと「照明が明るい」のだよ。ここんとこゴッホ展はことごとく照明が抑えられててチクショーメイ暗いじゃねえかとか思っていたが、これはちゃんと明るい。「あの日見たゴッホ」じゃなですか。ナイスだ。えー次、「身の回りの情景」というコーナー。フランソワ・ボンヴァンとかいう人「スピネットを弾く女性」ほう、後ろ向きで一人で、ちょっとハンマスホイ風だな。テオデュール・リボー「勉強熱心な使用人」もわっとした光に浮かぶのがいい感じで、ヤーコブ・マリス「クジャクの羽根持つ少女」ええー、もーちょっと成長してくれりゃあ萌える絵なんだがね、イマイチガキンチョだな(そんな視点で見てんのかよ)。この人「姉妹」とか「若き芸術家」という水彩も出ているが、いずれも子供ですな。カミーユ・コロー「耳飾り」人物とは珍しい。おおトップレス……ってほどでもないか。写実的。アンリ・ファンタン・ラトゥール「入浴する女性」、おお、巨匠だけど絵は小さい。

次は「静物」コーナーだお。クールベさん「アイリスとカーネーション」リアルか。暗い絵だな。ファンタン・ラトゥールの「春の花」これは写実っぽい。うん、普通にうまい絵だ。あと「桃」が2つ……しかしなんだな、ここまでほとんど小さい絵が多いな。三菱一号館なんかで見た方がいい感じのもんが多いのだが。ボンヴァン「狩りの獲物のある静物」でたぜ死んだウサギ。カワイソウ。♪ウサギ美味しかの山~ですな。ええとクールベさん「リンゴ、洋なし、オレンジ」、セザンヌ「倒れた果物かご」、ルノワール「静物-コーヒーカップとミカン」という小さいのが3つきれいに並んでいる。小さいながらそれぞれに画家の個性がちゃんと出ておる。ほう、もしかしてコレクターバレル氏の好みか? なるべく小さいところに個性が凝縮されてるのが欲しいとか。あるいはたまたまそういうのも持ってきているだけかな。

「戸外に目を向けて」ということで、「街中で」というコーナー。アーサー・メルヴィルのシミのような技法が個性的だ。うん、シミみたいだもんなあ。印象派的ではある。「グランヴィルの市場」なんて人物の顔が顔がそれでいいのか。そんで目玉のドガがある「リハーサル」うむ、なかなかいい絵ですよ。光の感じよしですよ。いやここまでの展示が小さいとか地味とかいうのは、これを引き立たせるだめじゃね? なんて思ったりしてな。なんかいろいろ説明も書いてあるんだけど、私は「怖い絵」のドガんとこ読んだら、あまり素直に見れなくなったお。セレブなキッズのバレエ教室とは違うんですなあ。ええそれから「郊外へ」というコーナーになり、アンリ・シダネル「雪」おお、このぶわっとした画面(……って書いたって分かんないよな)。この強力な個性いいじゃん。雪の町。暖炉のオレンジが見える窓一つ。ニクい演出ですな。前にシダネル展があって、まとめて見るとどうということはないと思ってしまったが、いろいろな絵の中でシダネル見るといいですな。それからマティス・マリス「蝶」女性像だが、顔ちょっと怖いね。アドルフ・モンティセリ「庭で遊ぶ子どもたち」ロココあたりの雅宴画(貴族が遊びほうけてる絵)の雰囲気で印象派をやったとか。はあ、なるほど。オノレ・ドーミエ「ヘラクレス」どう見てもおっさんだが。あとはどってことない絵が多いが。ジョルジュ・ミシェル「嵐雲」小さいながら上半分が雲でまずまずの雰囲気で。ドガがもう1枚「木につながれた馬」うむ暗いな。

そして「川から港、そして外洋へ」ってことで川辺からドービニーの「ガイヤール城」いい風景画だなあ……ってメモってあるがどんなんだったかな。おっとピサロがある「水浴の女」これも小さいのう。で、なんとここから最後まで撮影可能なコーナー。10点以上ある大サービス。やったー! ……バッキャロー俺はシャッター音がキライなんだ(クレームねじ込むほどではないが)。最近の潮流でSNSでの拡散を当てにされ、インスタ蠅ばかり優遇しやがる。しかも量があると片っ端から撮ってくだけのシレモノが現れるしな。そのうち静かに見たい組は喫煙者みたいに肩身が狭くなっちまうよな。で、ここにいい絵が2枚、クールベさん「マドモワゼル・オーブ。ドゥ・ラ・オルド」さすがクールベさん、目力のある人物像じゃん。しかし日傘が気になるな、傘の柄が円形の中心じゃなくないか? 半球形を斜めから見たんでずれている? いやー、なんかそうは、見えないんだがねえ。あとは最後のシダネル「月明かりの入り江」青い画面が実にいい雰囲気じゃねーか。なんでこれ撮影コーナーにあるんだよっ。

小品が多いが個性はちゃんと出ている。手堅く楽しめる。撮影もできるしな。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_burrell/

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