2019年8月27日 (火)

坂本繁二郎展(練馬区立美術館)

うむ、よく知らん人です。福岡に生まれ、同級生に早世の天才青木繁、だそうです。最初に青木繁の絶筆「朝日」があるのですが、この心象的海の色が結構いいもので、その後の坂本さんが食われっちまうのではないかと心配したりして。次に坂本の出世作「うすれ日」牛の絵。うしっ。これ夏目漱石が気に入ったそうです。うむ、印象派風か。これだけ見ても何がいいかよく分からぬ。

で、年代順になって、神童と呼ばれたそうです。15歳頃描いた水墨画「立石谷」えっ? じ、しゅうごさい? これまじ神ってる。16歳の「夏野」クールベさん的暗さがあるが、これもすげえなあ。それから福岡から上京した。先に青木が行ってて、神童も激しく震動するぐらい上達してて自分も行くことにして、青木に連れられて行った。画塾で基礎からやり直し、その辺りの絵が並んでいて、地道に試行錯誤している。「海岸の牛」とか牛の絵にこだわったのもこの頃。「馬」という絵もあって、うむ色が独特ってメモってあるがどんなんだったかな。「牛」も最後の方になると全体に黒いのになって光をどう表現するかにこだわったりして。それからパリに3年ばかり行ったそうで、でもルーブル見てもピカソ見てもピンとこなくて、やっぱし自分の画風ってことで邁進したそうです。その頃の絵はフォーヴ……というか、なんかこう淡くてラフな感じ。

日本に帰ってきて、東京じゃなくて、九州に戻る。馬の絵がイパーイ。この辺りもまあ、パリの延長ぐらいかな、と。なんかこう……ここまでズガッとくるものがありませんなあ……などと素人丸出しの印象を持ちつつ進むが、静物画が出てきてからだんだん素人にも分かる本領を発揮してくるゾ。「甘藍」で半抽象的な静物の様式ができてくる。「砥石」もそこに砥石があるというより、そこの、それを、感じるんだという絵になっている。「梨」はもうなんだか分からないスレスレみたいで、フランシスベーコンが梨描いたみたいに。梨なのにベーコンとはこれいかに。いや、とにかく俄然絵が面白くなってくるではないか。

静物画の時代に本格的に入って、ついにここまで到達したかという、優れものが並ぶ。「鮭」なぞ到達点だ。背景と対象物の一体感が絶妙で、静物画としてキマっているレベルはセザンヌに匹敵するであろう。そういうイカした静物画、しかしそれだけではないっ。能面が登場してボルテージがさらにアップ! 能面マジヤベエ。静物でありながらそこに何かの表情があるので、一種シュールな、超現実的な画面になる。「壁」なんてどうよ。壁に能面の絵だけど、スゴくねえかい。スゴいだろ? 「猩々面」の赤いのもいいね。それから階段を下りて、静物画では箱が出始める。これはエッジの直線がきっちりで、また違う感じで迫ってくる。モランディに近いかな。屏風状の大作「雲仙の春、阿蘇の秋」があり、晩年の月シリーズ。まあ、月はね、誰が描いてもそこそこいい感じなるけどな。でも「馬屋の月」なんていう馬屋から見たのもあったりするのがこだわり。

私としてはとにもかくにもこの人は静物画がベスト。マジいいぜっ。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201906011559351169

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2019年8月10日 (土)

みんなのミュシャ(Bunkamura ザ・ミュージアム)

先日の参議院選挙で見事一人当選したN国が渡辺善美と国会の会派を作って、それが渡辺のワガママで「みんなの党」だってお。これで「みんなの」の印象がマズくなったが、まあこの企画への影響はないであろう(だったら書くなよ)。
ミュシャ展も時々やるもので、もうおなじみのポスターだけ並べてたって客はこねーよ……と言いたいが、行く人は行くんだよね。いや、オレもナニかと行ってたりして。そーいえば現地語では「ミュシャ」じゃなくて「ムハ」なんですってドヤってた人はどこ行ったんだ? 今回も声を大にして「ムハ」をアピールしてみようぜっ! オレは「ミュシャ」でいいけど。
んで「みんなの」が付いてて、ミュシャ以外のヤツもおるってんで、あーミュシャ風の連中が出ているだけかーと期待も薄々だったが、行ってみるとそこは企画者の腕の見せ所で、おお、こんなところにもミュシャの影響が、という面白さがある。しかし金曜夜に行ったがなかなか混んでたな。

最初にミュシャがいかにミュシャの様式を作っていったかという、初期の流れが出ていて割と丁寧なのですよ。外は暑気が酷いですがしょきばらいしませんって何を書いてるんだ。暑いですな。で、初期の充実はウワサでも評価ポイントだったが、確かにチェコのキリスト教文化だとか、ジャポニズムだとか、その手合いの作品が並ぶ。いやそれよりミュシャが8歳の時に描いた「磔刑図」が既にうまい。やっぱこのクラスになると才能はこの年齢あたりからもう発揮するんだよなあ。

それから挿絵の仕事を、たかが挿絵とバカにせずアカデミックな方法で丁寧にしたとかで、自画像があったり、表紙デザインがあったり、ロゴデザインしてたり、何より諸君、驚くのは「風刺雑誌のためのページレイアウト」2つ。こんなページレイアウトの仕事もしていたのか。こういう能力がのちのポスターにも生かされてくるんですねえ。それから、実はミュシャは完成した印刷物より習作の方が描きたいものが伝わってくる面白いアーティストでもある(主観だが)。「幻影:『ファウスト』の挿絵の習作」は鉛筆描きだがなかなか重厚で風格がある……ええと鉛筆書きだったよな(メモってない)。あと「『ル・モワ(12ヶ月)』誌のデザイン」4つ。こりゃイイね。美女だね。萌え萌えだね。多分印刷物よりイイよ。

その後はおなじみリトグラフものが並ぶ……いや待てよ、人物習作があったぞ。裸婦んとこには写真もあって……マッパじゃん。他の写真でもけっこうポスターまんまの格好させてる。あのう、ちょいエロみたいな。えーそれから、例の「ジスモンダ」とかの何度も見たヤツが手堅く展示されている。ここでいきなり撮影可能コーナーになる。最初に習作が3つぐらい出ているが、ちょっと暗めでインスタ映えはせんかな。あとはおなじみポスター。普通にいい。しかしこの撮影可能コーナーってのが微妙で、見るのは絵に近い線から見れるだが、写真を撮るのは一歩下がった線から撮れと言う。なんとなく分かりにくいんで注意される人多数。それからポスター以外にも「線によって無限に変化するモティーフ」というデザインだけのものが出ていたり、「『装飾人物集』の最終習作」が出ていたり、うむ、これもイイネ。やっぱ習作の味だね。で、例のシャッター音問題はというと、まあ気にならないわけじゃないが、ポスターだからね。普通の絵画作品ほどじゃない。どうでもいいけど、撮影可能が多いほど「太っ腹」って言うのいいかげんやめようぜ。そうだ、撮影可能が多いのを「メタボ」って呼んでやるか。

撮影可能コーナーを出ると、いよいよミュシャ以降のリスペクトもの。ミュシャもまだあって「『主の祈り』第7節の見出しページ」みたいなレイアウト魂を感じるヤツもあり、「北極星 - 連作(月と星)より」……うーん、うめえなあ。暗い中の光を描いてもキマるよなあ。それからミュシャの影響を受けたポスターなどがある。意外な、すごーく意外なんだけど、ロックのアートワークが結構影響受けてるんだって。ローリングストーンズとかドアーズコンサートポスターとか、おお確かにミュシャリスペクトだ。ミュシャってアールヌーヴォーって感じだからロックとは全然違う感じだけど、そこは「ラヴ&ピース」ムーブメントなんぞで見いだされていったらしい。確かにラヴだしピースだもんなあ。あとジミヘンとかピンク・フロイドもあったが、うーん、まあ言われてみればそうかなって感じ。ホークウインド(知らん)のでまんまミュシャ女性の劣化コピーがあったが劣化しすぎだろ。顔がダメじゃん。あとは海外コミックとかもあり。

それから展示は日本ものになって、おなじみ藤島武二による与謝野晶子「みだれ髪」デザイン。他にも「明星」のデザインとか。石川寅治「新古文林」……これパクりすぎだろ。また「文章世界」は劣化コピーな感じもする。ミュシャ本人もいくつか出ていて、中でも「《花》習作」うわ、ほとんど印刷……えーこれ印刷じゃないの? ポスターまんまじゃん。よーく見ても分からない。それから日本のマンガになり、ほとんどが少女マンガ。うーむ、少女マンガは読まないからなあ。知らん人ばかりじゃ。見ていてもそう言われてみればミュシャの影響かなっていうものが多い。山岸涼子「《真夏の夜の夢》『アラベスク』」あたりは、あーなるほどと思うが。あとは天野善孝のポスター。うむ、こりゃミュシャなのか。そういえばガンダムものでミュシャ風を見たことがあるのだが、と思ったが、次にある山渕裕らしい。ガンダムは出ていなかったか解説に書いてあった。ここでは「ロードス島戦記」がいろいろあって大いに影響ありですな。

ミュシャ本人作もおなじみポスターはしっかり見れる。ポスターなんぞ見飽きた通人にも初期のデザインもので満足させる。ミュシャそのものになじみがなくてもロックやらマンガへの影響でなるほどと思わせる。企画者が頭を使ってがんばっているのが目に浮かぶぜっ。
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/19_mucha/

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2019年8月 6日 (火)

立体錯視の最前線(明治大学博物館)

最近あれこれ忙しくて、なかなか美術館に足を運べず。この企画は美術という感じではないが、エッシャーなんかが好きなら食いついてオッケーなものだ。一室でやっているので、そう大規模でもないが、数はそこそこある。写真撮り放題、というか、これは写真を撮ってナンボの部分がある。シャッター音反対派の私ですが、ここでは撮った。

立体錯視とは何か? 例えばエッシャーの無限階段や、物見の塔が立体の実物で存在してたらどうする? それが、あるんです。ただし、ある一方向から見た場合だけ、そう見える。そんな奇妙な立体がイパーイ集まっているのだ。

エッシャー風の、「不可能な立体」だけではない。今のトレンドは普通に見た時と、鏡に写した時とでまるっきり違う形に見えるというおもしろ立体。あと鏡の上に置くと上半分と下半分で違う形になり、結果的にそれがつながって一つの形(キノコとかカボチャとかトランプのマークとか)になるもの。これも面白いぞ。あと、裏返しても同じ形になる、というもの。例えば、右向きの矢印の立体を、裏返すと左を向かずまた右向きの矢印になってしまう。そんなのあるの? あるんだよこれが。地面に溝が掘られている、と思ったら凹凸が逆の錯覚とか。これはあれだな、そこらのトリックアート展で出ているのと同じだな。水路の絵で自分が動くと絵も動いて見えるってやつだが、あれも立体錯視だね。あと、坂道に見えるけどボールが転がっていかないとか。(下写真。タブレットの低性能カメラなんで写真が汚くてすまん)

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 惜しいのは展示を見て写真を撮れるだけで、自分でその立体を手にとって、おお、こういう形なのかという実感ができないこと。今時はCADデータと3Dプリンタを使えば量産できると思うがね。形状も見たところ3Dプリンタで作れそうだし(一応仕事でやってる)。

そんなわけだから、私は勤め先にある3DCADと3Dプリンタで作ってみたのさ(仕事の合間に)……って、やはり作り方をちゃんを理解しているわけではない。あと3Dプリンタは安いものなのでちょっとできたもんが小汚いんだよね。でも、テーブルの上に円形が浮いている。鏡の向こうは四角形が浮いているって見えないかい? 下の写真上ね。次写真はその正体。見る2方向(45度手前と45度向こう)を特定して、その方向だけで形状をカットするのだ。うむ、しかしあの筒状のヤツはどう作るのかね? それが分からんの。

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無料だし行って損はない。一通り見たら、常設展のギロチンや鉄の処女を見て涼むもよし。
https://www.meiji.ac.jp/museum/news/2019/6t5h7p00001c3z7s.h tml

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2019年7月20日 (土)

塩田千春展:魂がふるえる(森美術館)

ギロッポン♪ なんかすげー展示だってウワサなんで、金曜夜に行ってきた。土日混んでるっぽいんでな。でも十月過ぎまでやってるんだけどね。しかし客はなんか外人多かったなあ。中国人とかも。
なんかこの人知らなかったけど、靴に赤い糸がいっぱいついている作品は、どこかで見たね。そんくらい。でも、実は世界的なえれえアーティストで、海外で舞台美術とかもやってる。スケールもデカい。森美術館で個展なんてそれだけだってグレートだけど、がっちり応える大型インスタレーションの連打。どんなものかは写真でも見たまえ。写真じゃもちろん空間内に入れないから、やっぱり空間に入りたまえ。

アバカノビッチに影響受けたそうです。おお、あの。今は亡き池袋のセゾン美術館でインパクト十分だったアバカノビッチ。覚えているぜ。あー、あの美術館神だったよなあ。
パフォーマンスもやるそうで。写真も映像もあるが、全裸だったりして紳士達の目の保養……って感じでもないシビアな作品だったりしてな。
作品がどういうものかイチイチ書いてもしょーがないんで、そうだ作品を前に詩でも書くか。私、詩もスゴいんです。いやぜんぜんスゴくないんだけど、ほら、一応、詩の言語も使えるつもりです。


 不確かな旅

羊水に揺られる小舟が
血管の糸できた繭を乗せていたことを
生きる中で傷を受けるたび
思い出す
その糸は長く延びていて
誰かとつながっていたはずだった
それは血を分けた誰かではなく
空に浮かぶ手に
ともにすくい上げられたい
誰か


 バスルーム

バスタブに地面を呼び込み
土にまみれてみたけれど
土には戻れず
皮膚はそれを追い出しにかかり
うめき声だけが壁に反響して
土に飲まれていく


 外在化された身体

手が落ちた
足が落ちた
血管だけが空に
昇っていこうとしたから
血管はもう
人の姿をしているのに
飽きてしまったのだ


 存在の状態

体内があまりに
かき回されているものだから
血管達は這い出てきて
整ったひし形の構造物を作り
私に見せつけてきた
私の目が丸すぎたのだ


 静けさの中で

あのピアノは生きていた
人が鍵盤を叩いて
鳴っていると思っていたものは
それはピアノの歌だった
そしてピアノは
焼けて死んでしまった
その時
焦げた血管をいっぱい吐いて
音楽室を黒い糸で埋め尽くした
私は思わず指さして笑った
私と同じだったから


 時空の反射

死んでも守るんだ
白いドレスを着た
あの日のことを
そしてその光景の中に
幻となって佇むんだ
それが最後の望み


 内と外

おいでよ私の家へ
窓がたくさんあるから
どこからでも入っていいよ
入ったらそこはもう
私の体の中だ
鼓動以外
あげるものがない


 集積-目的地を求めて

天に旅立つ日
生きていた証を残したく
残った血管に
旅行カバンをぶら下げていく
カバンの中には
天国で見せびらかす
思い出がたくさんだ
それはもう小躍りしている
これから行くのが
本当の目的地


というわけで、結構女性性を感じる作品群で、他の女性アーティストに似たテイストも感じる。先のアバカノビッチも女性で、泥まみれドレスなんて近い感じだし、血管といえばフリーダ・カーロも血管を作品で描いた。そして六本木ヒルズの入り口にあるデカい蜘蛛、ルイーズ・ブルジョア。あの感じとも似ている。
全部撮影可能(舞台美術関係は不可よ)。規模がデカいんでシャッター音もそんなに気にならん、というか作品の一部みたいにも感じる。
あと、国立新美術館のボルタンスキーと一緒に見ると、実に濃い一日を過ごすことができるぞ。あっちも大規模インスタレーションだし、テーマも対比的な感じがするよ。
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/shiotachiharu/

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2019年7月15日 (月)

ジュリアン・オピー(東京オペラシティアートギャラリー)

えげれすのアーティストだそうで。ぶっとい線で描いた人物とか、それが歩いたりするLEDスクリーンものとかでなかなか楽しい。大味だけどそれが味だな。
それより入口の受付で撮影に関する注意書きを見せられた。この企画は全作品撮影可能。ただし、フラッシュやシャッター音はご遠慮下さい。ほう、シャッター音禁止ですかい。撮影反対派のわしゃあちょっと期待しちゃったよ。しかしですよ、中に入ったらみんなシャッター音カシャカシャ立ててるじゃねーか。いや、連休中で客がそこそこ多くてね。多分、当初はシャッター音立てて撮ったらイチイチ注意とかしてたのかもしれないけど、ジャップのスマホはシャッター音デフォルトで、シャッター音消して撮影するアプリもあるようだけど、知らないとか使ってないとかで、注意されようもんなら「この音は消せねーんだバカヤロー」とか逆ギレされ、かくしてナシクズシで目をつぶることになったと推察する……ってこれ始まったの先週の水曜からじゃねーか。もう折れちゃったのかよ。
まあ作品がいちいちデカいし大味なんで、正直撮影もシャッター音もあまり気にならんかったよ。

入るとデカい空間の部屋で、壁にデカい絵が並ぶ。みんな太線人物。顔はノッペラボーで小さい。パネルが光ってるのもあるし、さらにデカい(590cm×670cm)パネル状の絵があり……これ色ごとに凹凸があるね。塗装した木材でできてるんだって。あとはアクリルパネルの人物。ファッションいろいろ。面白いのは人物も服の輪郭も太線でできてるのに、タトゥーとかTシャツの柄とかはわりと細かく描いてあったりしてな。そりゃまあ、そこは太線で表現できないもんなあ。部屋の一番向こうにゃLEDを敷き詰めたスクリーンを使ったアニメーション。太線の人々が走っておる。人々いろいろでなかなか楽しいぞ。スクリーンセーバー(って今使っているのか)に使いたい感じだね。

次の部屋も仕切がないデカいまま。LED四面スクリーン(つまり柱みたいなヤツ……って説明しねーで写真撮ってこいと言うかもしれないがポリシーで撮らねー)でアニメーションの作品。人が何人か歩いているぞー。柱をぐるっと回っていて。なんとなく測ってみると一人が四秒ぐらいで一回りしてるね。それから絵がそのまま立体になったヤツとか、石でできてるっぽい熊の置物。これも二次元を引き延ばして立体にした感じだ。ビルが並んでいるヤツ、それから単色LEDの太線鳥アニメ、飛んでない。歩いて止まって餌を食うのを繰り返し。5羽ぐらいいてなかなか楽しい。壁には風景画っぽいもの。空に飛んでいるのはゴミか? と思ったら鳥のつもりらしい。それからLED四面スクリーン作品。ある面で走って、次の瞬間次の面へ進む、の繰り返し。

廊下の壁一面にもLEDスクリーン。20台使ってるって。なかなか壮観だす。そこに太線の鯉が泳ぐ。結構自然な動きで泳いでいて、これもなかなか楽しいですな。この鯉アニメは窓の向こうからも見えるんで、外から何あれ楽しそうとか思ってしまうぞ。

そう気張らずお気楽鑑賞をした方がよいと思う。インスタ映えもするであろう。この企画は別にいいが、絵画展なんかで全作品撮影可能はやめてほしいんだがね。ここはアンケートがなかったんで、何も伝えられなかった。
https://www.operacity.jp/ag/exh223/

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2019年7月 7日 (日)

折元立身:絵葉書のドローイングとポストカードのシリーズから(青山|目黒)

世界的なアーティストなのに日本ではあまり知られていない、というか私もちゃんと知ったのは、ここ数年といったところなのです。昔、「パン人間」(顔にパンをくくりつけて歩いたりするパフォーマンス)なんてやってたのは一応知ってたけどノーマークで。確か原美術館で個展(パン人間とアートママだったよな)をやってたけど、それも特に行かなかった。初めて引っかかったのは森美術館の「LOVE」展、「ベートーベン・ママ」の映像が出ていた。何か? おなじみ「運命」の音楽に合わせて、年老いたアルツハイマーの母親の頭をモシャモシャやる、というそれだけの映像。……なんだこりゃ? 普通、老いた母親とのコラボって、何か母への感謝とか懐かしの風景とか、そういう、なにかホンワカした親子の世界の表現だと思っていたらコレなのだ。なんか想像の外にある。モヤモヤしまくる。それからしばらくして、川崎市民ミュージアムで個展をやるというので、なんとなくアーティストトークに行った。折元氏は、日本は天才を育てないんで、この国はもう嫌だとかを連発。ベルリンに住みたいとか言う。サイン入りのポスターをもらった。それより展示に驚いた。膨大な量だった。その日は時間がなくて、後日また行った。そこで初めて、折元立身というとんでもないアーティストの全貌を目にした。自由奔放にして無数のドローイングと、世界で開催されるぶっ飛んだアートパフォーマンス。年老いた母親のケアとそこから生まれるアート作品群という、時代を先取りしたような世界。そして2017年に川崎市岡本太郎美術館で開催された日本ではあまりないダークなパフォーマンス「26人のパン人間の処刑」に参加して9番目に処刑された。あの日は台風が近づいていて嵐だった。嵐の中の城で繰り広げられたかのような、あれは、間違いなく伝説的パフォーマンスになったはずだ。

アートママこと母親の男代さんは亡くなったが、アートママは続いている。今回、ロンドンとベルリンから送られてきたはがきは全て男代さん宛なのだった。海外の滞在先で見てきたことや感じたことを絵で描く、しばしば文章も入るが、やはり絵が面白い。ペン描きも水彩もある。うまいのかと言われると、そういう感じではなくて、いわゆるヘタウマの部類に入ると思う。膨大な数のドローイングを残しているので、うまく描こうと思えば描けるはずだ。でも現実的に心に残った一瞬を残そうと思えばこそ、瞬発的な描写になるんじゃなかろうか。そこには現実が常にある。源泉であるアートママは長い間現実だったし、今もまだ現実で居続けているのだ。
展示では絵葉書一つの表の裏が一つの額縁に入っている。裏表をはがして加工したのかなと思ったらそうではなくて、写真面の方は原寸大のカラーコピーだそうだ。なるほど。

15時から公開政策とのことで、14時半過ぎに行ったところ、折元氏本人が既に在廊。なんか気さくにサインなんかに応じていたもので、あー私もあの、川崎の図録を持ってくればよかったなと。実は持ってこようかどうしようかと思って結構重いんでやめちゃったんだけど、ちょっと後悔。で……公開制作がなんと「18時からになります」とのこと。え? 理由は分からないが、もともとそのつもりか、あるいは気が変わったとか、天才だからこれはもうこちらはどうこうできず苦笑するしかない。少なからぬお客はいたけど、多分皆同じ思いだ。さすがに3時間近くここにいるのは無理なんで、しょうがないんで、今回のシリーズの図録があって、買おうかな。買うついでにサインもらおうかな、開いてみると既にサインが書いてあった。おや、サイン入りだな。……いや待てよこれ印刷かもしれん。で、別のもう1冊見てみると、違う色と筆跡でサインが入っていて、あー、じゃあ一つずつサイン入れたんだ。それで、それを購入。既にサインが入っているのにサインを求めるのもヘンなのでそのまま帰ってきたか、家であらた めて見るとなんかおかしい。拡大してみると……えっ? これ印刷じゃん! なぜ1冊ずつ違っていたのか分からぬ。いずれにしてもかようなトリプルショックを受け、しばし立ち直れず。さらに、公開制作の様子があとから写真でアップされていたが……超楽しそうぢゃないか。うぐう……
つまりは……また機会があるであろう。

P_20190706_152100    

展示そのものはもちろんおすすめできます。図録もいいんだけど、やっぱり生の絵はいいですな。
http://aoyamameguro.com/artists/tatsumi-orimoto-postcard-drawings-and-postcards-as-documents/

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2019年7月 5日 (金)

メスキータ(東京ステーションギャラリー)

前回のブリュック展で全館撮影可能にしてしまいGWで混雑してシャッター音だらけの会場にクレームが多数発生し、結果半分撮影禁止にした東京ステーションギャラリー。今回は最後の自動ドアの向こうだけが撮影可能エリアだ。そう、自動ドアがあるからそうすればいいと思っていたところなんで、ナイス会場。それいいんだよ。写真でSNS拡散に期待するのもいいが、基本は鑑賞だぞ。しゃべるなとまでは言いませんがお静かに願いますよ。
メスキータはオランダのアーティストで美術学校の先生で教え子の一人がエッシャー。ユダヤ人だったので70歳にしてナチスに捕まりアウシュヴィッツで亡くなったが、教え子達が作品を必死に守って今回の展示に至る。白黒の木版が多い。

最初はメスキータ紹介ということで、自画像とか。ここからもう木版メイン「髭に手をやる自画像」なんてニーチェかと思ったぜ。ガイコツと一緒の「メメント・モリ」なんてのもある。高齢だなと思ったが58歳ですって。あとは一人息子のヤープを描いた版画……ったって大人じゃん。なかなか成人した子供を描く人は少ないと思うが。

それから人々、ということで、文字通り人物もの。日本の浮世絵やアール・デコなんかの影響があるんだって。裸婦とか裸男いろいろ。これがだね、白黒木版なんだがね、横線だけでできていたりする。凹凸を表すのに前方に出て明るいところは太い線、奥の暗い方は細い線って感じで表現している。これがメスキータの特徴だが、横線だけでできている裸体ってのもちょっとキモいですな。版画だけでなく水彩なんぞもあるが、そんなに強い個性はない。日本の近代洋画みたいな感じ。「横たわる裸婦」みたいなエッチングもある。「ユリ」は裸婦も使った白黒木版だが、やっぱりこの木版の方が表現にキレがある(キレがあるって表現も抽象的だが)。かような版画を見ていくとだんだんキモいのにも慣れてきて、「うつむく裸婦」あたりになるとだいぶ普通に見れる。「エクスタシー」という作品があって、ちょっと妖しいが普通の裸婦像である。しかしこれはなんとなくルー・リードの名曲「エクスタシー」が似合うな(って誰が知ってるんだ?)。「帽子の女」は輪郭を使わす線の陰影だけで表現したなかなかの傑作。「歌う女」はアール・デコ風というのか、装飾的というのかシンメトリーでいいですな。

階段を下りて、自然のコーナー。動物もあるが植物がよいな。「サボテン」小さい作品だがこの幾何学的な面白さによく気づいた。「セダム」は絹に印刷した花だが洗練されたデザインがいいね。「アーティチョーク」は例の線の太さで表現する手法。少しあとの方に、背景デザインが謎な「アヤメ」とか、これは見事にして多分エッシャーにも影響したであろう幾何学模様のような自然模様「パイナップル」これイイネ。動物もいろいろでチラシにもなっている「ワシミミズク」の体の模様、「死せる鳩」は首吊られているが、こりゃキリストか……メスキータはユダヤ人だがユダヤ教だよな。「シマウマ」はそもそもそのまま白黒版画じゃないかってんで、やらないとかエッシャーに言ってたらしいが、結局やってたのにビックリだったそうだ。あと、部屋の中央には建築系の雑誌の表紙の仕事。

今度は空想のコーナー。無意識のドローイングだとかで、シュールレアリズムのオートマティズム(自動で描く)の先駆けとか何とか描いてはあるが、まあ無意識というか、絵画というよりなんかシュールマンガみたいな感じ。タイトルに「ファンタジー」が付く。マンガ風の人物が何かよく分からないことをやっている絵がほとんどで、ここで何か読み解くという物でもなさそうだ。「泣く人々」なんか分かりやすいかな。あと、ちょっと不気味ってことではゾンネンシュターンなんかを思い出す。エッシャーよりずいぶん右脳的だ。そんな空想ものの連作などもあったりする。それで最後の自動ドアの向こうに撮影可のコーナー。本物の作品ではなく大型パネルで自撮りでインスタ映えするぞ。よかったな。

全体見るとやはりモノクロ版画の印象が強い。まあ広告通りというか。期待は外さん。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201906_mesquita.html

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2019年6月23日 (日)

クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime(国立新美術館)

実はよく知らんアーティストであった。この企画の広告だけ見ていると、割とこじゃれたインスタレーションでもあるのかと思って現地に乗り込むと……うむっ、そうか思い出したぞ。こいつは原美術館にあったヤバいヤツじゃないか。私としては、この企画は予備知識を何も入れずにいきなり見た方がいいと思う。あるテーマに沿った、全体が一つの作品ともいえる。いや、こいつは一種のテーマパークだ。あと音が重要な役割と果たしている。以下はネタバレだ。

 


入ると映像作品の部屋があり……というかその前から生理的にキビシイ音が聞こえるぞ。吐いてんじゃん。タイトルとしては「咳をする男」だけど激しく咳しながら吐いてる。しかも結構痛い格好。しばらく続くと終わって「なめる男」の映像作品。文字通りだけど、咳がアレならなめる方だって推して知るべしみたいな感じ。この2つは初期の作品のようだが、ここでもうすっかりダークな気分になり、この先に何かただならぬブツがある期待をしてしまう。少し大きな部屋に続き、写真作品などがある。ここは割と普通……なんだけど先の咳の音と、別んとこの心臓の音がするんで、そう落ち着くもんじゃないよ。小部屋を覗ける窓がある。そこは「影」というモビールっぽい影絵が部屋中に拡大。ドクロとか。このあたりで何やら「死」がテーマじゃなねえかと薄々分かってくる。心臓の音はまた一つの部屋で文字通り「心臓音」って作品。心臓音に合わせて明るさが変わる。壁ののれん状のところに子供の顔が映し出され、向こうから何か出てくるのかと思ったらそうではなく、そこを通って我らが向こうに行くのだ。すると、影絵の死神が飛んでいる。作品名は「影(天使)」だがね。死神じゃん。隣の大きな部屋に入る。電飾に照らされた子供や大人の作品多数。ホロコーストの犠牲者の写真だったかと思うが、電飾だけでなく、写真付き資料箱を大量に使った作品もある。あと、咳や心臓の音もまだ聞こえてるんだな。それにしても要するに死者だらけで、少々ムカついてくる。なんでかって? 人には一生の長さとそれぞれに一生のドラマがあるんだぞ。こんな量産品みてえに、人一人を作品の一部として使ってどうするよ。お前にとって人の命は作品の一部でしかないのかい。と、かようなイライラにかまわず、隣の大部屋には「モニュメント」と名付けられる、死者の写真も使っているが、遠目には電飾が目立つもんで、そこそこきれいめに見える作品群が並ぶ。ここで風鈴のごとき音が壁の向こうからする。壁に隙間があって向こうも見えるが床のティッシュみたいなのしか見えん。

この大きな部屋を出て、また小部屋に顔写真と電飾。ううううむ。その向こうに通路。左右を見る。死神どもの影絵。その向こうに……な、なんだあれは? あの黒い大きな山は何だ? この辺で先のイライラは消し飛んで、何か本格的にヤバい空間……じゃあボキャブラリー貧困だな。そう、ここは冥界だ。冥界に入ってきたと察知。ボルタンスキー、死者を軽く扱っているわけではなかった。巨大な冥界を築かんとして死者達を使っているのだ。おおおあの山こそは冥界の山だ。作品名「ぼた山」。大量の黒い服でできている。その周りにスピーカー付きの黒い服。スピーカーからは死者達への質問が流れる。「一瞬でしたか?」とか。日本語もあるよ。それから巨大な映像作品「アニミタス(白)」風鈴の音はここからだ。そして天井を見よ。ここにも無数の死者達。さらに、なにかこの世の物ではない咆哮が聞こえる。それが次の映像作品。「ミステリオス」広告の金属オブジェはこれ……なんだけど映像作品だ。でも音を出す。クジラとコミュニケーションを取るための音だって言うけどさ、ここにあるともう冥界のBGMで決まりだ。その映像の向こう「来世」という電飾が待つ。

じゃあその向こうは明るい作品になるのかというとそうでもなく、一日ずつ電気が消えるヤツとか、天井からの揺れる電球に従って金の海が反射するヤツとか、また死んだとかしか思えない子供達の写真とか。出口に近く心臓音が復活。そして最後に「到着」のARRIVEEの電飾を最後に冥界を抜け現世に戻ってくる。うむ、なかなか深い旅ではないか。ほとんど「死」のテーマパークだ。

ぼた山付近は撮影可能コーナーでもある、が、この空間、この会場すべてが一つの作品のようなもの。写真撮って満足だったら意味はない。体感してなんぼだ。
https://boltanski2019.exhibit.jp/

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2019年6月10日 (月)

ウィーン・モダン(国立新美術館)

サブタイトル「クリムト、シーレ 世紀末への道」。ボリュームが多いというウワサはあったがマジ多い。まともに全部味わって消化しようなんてしたら三時間はかかるでしょうなあ。オレは適当に端折ったりしたが、それでも1時間40分ぐらいか。日曜朝一に行ったら出だしのところは激混みだったもんで、途中から見始めて、あとで残りを見るようにした。結果的に途中からでも差し支えはない。ましてクリムトやシーレなど世紀末がお目当てなら始めからキバっちゃうと、シーレなんか終盤近いんでバテるぞ。

ウィーン世紀末に至る近代の美術工芸建築。ほとんど博物館みたいなもんで、一応順番通りに書くか。最初はまだ世紀末じゃなくて「啓蒙主義時代のウィーン」ハプスブルグの首都だったそうで、おおマリア・テレジアの肖像。行きてえなあシェーンブルン宮殿。フリーメイソンがいたとかなんとかで、ロッジ内の様子の絵がある。別に怪しい感じではないが。あと人形があったな。陶製の。あの、マイセンでしたっけ。あんな感じのもの。

それから「ビーダーマイアー時代のウィーン」だって。何かって言うと「小市民」って意味だそうです。人の名前かと思った。「絵画時計」というものがあって、絵の中に時計があるんだけど、時計が本物ってやつ。普通に面白い。工芸品では銀の器とかが出ている。シンプルモダンな感じ。この頃にシューベルトがいたそうで、シューベルトの夜会の絵とかあったりする。この頃の絵画も小市民的に私的な感じの風俗画とかが多かったそうで、別に面白くもないんだけど、美術的に再評価はされてるんだと。フリードリヒ・フォン・アメリング「3つの最も嬉しいもの」男と女と、光と影みたいな(?)絵。その3つが何かは気にしてなかった。フェルディナント・ゲオルク・ヴァルトミュラーの風俗画とか。うん普通だ。覚えてもいねえ。ルドルフ・フォン・アルトの都市景観画とか。うん、あんまり見てない。都市景観画は、昔の雰囲気はいいとして都市景観以上のもんでもないしな。

「リンク通りとウィーン」えー、朝一で来て、見始めたのはここから。映像があって、ウィーンの近代化はこのリング通りを中心に近代建築が作られ始めて始まった。だから結果的にここからの鑑賞でも特に問題なかろうし、エンジンがかかってくるのもここからだ。建物の絵とかはそれなりに流して見るとして、ここでクリムト1枚「旧ブルク劇場の観客席」劇場内の様子。なんとなく「金色な感じ」がしてへへえさすがクリムトとか思ったりする。観客が一人一人、ちゃんと個性的に描いてあるぞ。やるな。ハンス・マカルト「真夏の夜の夢」額縁の中に額縁の絵があって、その中に幻想的な絵。あー、これ緞帳のたの習作か。エドゥアルト・レビーツキー「真実、英知、美(国会議事堂柱廊玄関モザイクフリーズのための習作)」習作ったってちゃんと描いてあるよ。アングルの裸女みたいなのが。要は新古典っぽい。「『画家のプリンス』ハンス・マカルト」のコーナー。クリムトなど分離派に影響を与えたそうだ。「ドーラ・フルニエ=ガビロン」の赤い背景の女性像や、「メッサリナの役に扮する女優シャーロット・ヴォルター」の都市の夜景が背景なんてのを見ると、クリムトの装飾的な絵画につながる気もしないでもない。それから1873年のウィーン万博の写真、日本館とか。

「1900年-世紀末のウィーン」のコーナー。建築家のオットー・ヴァーグナー特集。「美術アカデミー記念ホール」の模型すげえ。この装飾。上の部分なんてこれ王冠かよ。「聖レオポルト教会」の内部の絵画があるが、これもなんかすげえな。建物内に金ぴかドームがあるんだな。集合住宅もやっていて、「大都市」の模型がある。箱がひたすら並んでてモダーンだな。デカい模型だ。えーそれからクリムトの初期作品がいろいろ。寓意画だって。「寓話『アレゴリーとエンブレム』のための原画 No.74」裸女がおる……なんか街のポスターなんかで、女性を性的な目線で描いたイラストがムカつくぅとかいう意見があったりするんだけど、これだって思いっきり性的じゃん。いや、別に街のポスターじゃないですけどね。こないだ、そう、ギュスターブ・モロー見たけど、あれもこういう性的な目線で女性を描いてて、でも解説とかには、こういう(性的にも)こだわりの美女連発の際の面白い単語があって「ファム・ファタル(運命の女性)」って書いてあるんだ。「エロ女 数をこなせば ファム・ファタル」いかん五七五にしてしまった。ええと展示はウィーン分離派の話になり、第一会分離派展のポスターがありクリムトの有名な絵画「パラス・アテナ」がある。これ何度か見たけど、オレはあんまり好みじゃないんだよなあ。なんか暗いし。甲冑だし。それからクリムトの素描だお。素描イパーイ。中には糸ミミズが這ってるだけみたいなマニアック(クリムト通向け)なのもある。

それから分離派の……ところでここは全体のどのあたりなのだ? 全体が長方形のフロアなのは分かっているが、通路があちこち曲がっていて、今どのくらい進んでいてどのあたりかサッパリ分からない。こんなの初めてだな。まあいいや。ウィーン分離派の画家達。マクリミリアン・クルツヴァイル「黄色いドレスの女性(画家の妻)」シンメトリーにキメている。カール・モル「書き物机に向かう画家の妻アンナ・モル」逆行でキメている。ええと、おや、抽象画がある、と思いきやヴィルヘルム・ベルナツィク「炎」全体が青い色の画面で、色彩よし。こりゃいい絵ですな。抽象画モードでも鑑賞できる。ヴィルヘルム・リスト「白と黒の絵画」といっても女性像。日本の近代画みたいな感じ。おっと通路が分かれている。右へ行くとドレスの再現コーナー……休憩室じゃん。じゃあここは中盤ちょっと過ぎたとこじゃないか。まだ先が長いそ。再現ドレスは適当に見て(悪くはないが)、ウィーン分離派のグラフィック。分離派展のポスターとか。それからエミーリエ・ブレーゲとクリムト……いかん、どういう関係かチェックしてません。とにかく目玉の一つエミーリエ・ブレーゲの肖像がある。この絵だけ撮影可能。なじぇポスターになってるヤツをわざわざ撮影可能にするかね。あいかわらずうっせーなシャッター音が。まあ今回はこの1枚ですからね。ガマンしますよ。オレは単眼鏡を使っているが、ドレスの柄を拡大すると面白いぞ。インスタ蠅どもには分かるまい……なに? 解像度はかなりある? じゃあ拡大して見てみよう。あとはなんか、ドレスとかあったよ。それからウィーン工房の椅子とか、花瓶とか、ガチャガチャしたものいろいろ……いかんこの辺ぜんぜん覚えてないぞ。グラフィックのコーナーになり、コロマン・モーザーの「千羽のオオガラス」おっと、これエッシャーの隙間無いデザインに似てるじゃん。エッシャー以外にもやる人がいたんだ。

やっとエゴン・シーレが登場。「自画像」がいかにもシーレらしいがちょっと小さい絵だな。「ひまわり」も定番というか、これぞというか。この2つのインパクトが大きいもので、あとの油彩は普通に見える。「イーダ・レスラーの肖像」なんて普通の描き方だしな。それからシーレの素描がまたずらっと並ぶが、この辺で結構皆さん疲れているようで、素通りも多い。実はここ素通りはもったいない。「少女裸像(ゲルトルーデ)」はなんともいいシーレだし、「ひざまずく裸婦」「男性裸像」の特徴ある水彩も見逃せませんねえ。あと「マリア・シュタイナーの肖像」からペン画みたいなものなるが普通にうまい。油彩もそうだが尖ってなくて普通にも描けるんだよな。それから表現主義になるが、ココシュカがシーレに負けずにがんばる。特に「『殺人者、女達の欲望』のポスター」このちょっとグロいインパクトはやってくれるじゃねーか。この時代、こんなのも描いておったのだ。ココシュカは版画のような作品も出ている。あとは何かあって建築模型があって終わり。

しかし、あのスペースにずいぶん詰め込めるものだと思う次第である。迷うことはないがまるで迷路みたいに通路が折れ進んで行くのも何となく楽しからずや。全部をじっくり見たければ時間は十分確保して行こう。
https://artexhibition.jp/wienmodern2019/

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2019年6月 8日 (土)

トム・サックス ティーセレモニー(オペラシティアートギャラリー)

告知なんぞを見て、トム・サックスのマッドティーパーティーみたいなものかと思ったら、トム・サックスのマッドティーパーティーだった。全てが「茶の湯」のパロティのような作品群でありインスタレーションである。良くも悪くも解説が無いもので、元の何をどのように料理したものかが分からない。単なるオモシロ作品としても見れるが、元ネタが分かった方がより面白いので、事前に茶の湯のアイテムや、日本庭園の施設や、茶の心を知っておくとよい。ううむ、岡倉天心の「茶の湯」の読んだはずだがほとんど覚えてねえ。映像作品もあって、時間の関係で割愛しちゃったが、ちょっともったいなかったかな。YouTubeで見れるとは言うが……というかあとで見たよ「TOM SACHS: TEA CEREMONY」これはあとでも先でもいいから見るべきじゃ。実際ここに展示されているものを使っている。

展示の最初のところに石碑みたいな……段ボール製かよ。よくできてるが。それから左の部屋「HISTORICAL TEA ROOM」
に入るといろいろ展示してある。ザリガニの自在置物のつもりらしいもの。手が思いっきり何かの工具だが。おっと掛け軸がある。ブランケットでできてる。描いてある(というか貼ってある)のは椅子の背もたれか? 次の……茶碗が「NASA」だと? スピーカーの上に日本刀が乗っておる。なんか意味があるんだろうなあ。次のは……兜のつもりらしい。チラシに載ってるヤツな。出来の悪い安全ヘルメットみたいだ(あとで映像見たらちゃんと使っていた)。次はひしゃくってんですか。水くむヤツ。次がちょっと大きい茶器セットございますな。今時の言葉で「草生える」みたいな。茶せんが電動かよ。やかんの口までなんか顔に見えてくるな。次のは……ううむ、電気じかけの何かだが、元ネタが分からぬ。次も棚にいろいろ置いてあります。ん、これは2つまとめて「Mizuya Back Up Unit 2014」ですって。水屋……茶事の支度をするところ、だってお(あとで調べた)。茶碗がある。また「NASA」だ。こいつぁ出来がいいのか専用箱と一緒に展示。よほどNASAがお好き……いや、待てよ。茶の湯はひとつの宇宙であるとか、宇宙との対話であるとか、そんな話を聞いたことがあるぞ。はい、トム・サックス、そこまで分かった上でNASAなのだな。さっきの掛け軸風のやつの背もたれに安全ベルトっぽいものが付いてたが、宇宙に行くにゃあ必要ではないが。次の棚、茶碗がずらっと。見るとそれっぽい形……姿ってのか、をしている。もちろん全部NASAだお。

次、トタンみたいなゲートをくぐって「OUTER GARDEN」。日本庭園のパロディ風インスタレーション。ハリボテ感満載のナイスな大空間。池もあるぞ。ちゃんと水も張っている。中に鯉がいるが……さすがに生きたヤツじゃないようだ。展示品それぞれ、なんか日本庭園で見たことあるようなものなんだけど、それが何かがよく分からないのでもどかしい。このあたりは事前に調べていった方が面白いはずだ。力作はトイレがある。裏側に紙コップ付きのドリンク供給装置みたいなのがあって、ううむ……面白いはずの物だがナンダコリャ。タイトルは「LAV3」。それから庭の出口付近「The Kiss 2019」おっとこれは有名な彫刻のアレじゃないか。顔があるような無いようなでちょっと違うが……誰だっけ。

隣は「INNER GARDEN」茶室がある庭。ここにも水もの。この小さい池はシシオドシがほしいですな(映像では手を洗うところだったんで、シシオドシはいらないよ)。梅の木みたいなヘンな木がある。石灯籠のごときものもある。石塔もある。しかしなんたって茶室。ちゃんと四畳半で作っている。掛け軸もあるし、花も飾ってある。水屋(準備室みたいなやつ)もちゃんと作ってあって、茶器が置いてある。全体におふざけ感があるが、茶室にある要素を可能な限り汲み取るというリスペクトを感じますな。

そこを出ると掛け軸展示。……ってまた布かよ。しかも「この毛布は車内専用です。持ち帰らないで下さい」とか日本語で書いてあるやつだがどこから持ってきたんだ。この絵はソユーズの大気圏突入か。次の掛け軸は肖像っぽいが「長寿と繁栄を」って日本語でがんばって書いてある。見よう見まね日本文字。次はなんかマクドだよ。ベンチがあって、あと「○」の掛け軸。火鉢と下駄箱みたいなのがあって……ううむ元ネタなんだろなあ。もどかしいのう。そんで終わり。

全編ほほえましい茶の湯のパロディその中に宇宙へのリスペクトを感じるような感じないような。とにかく予習して行った方がいい。
https://www.operacity.jp/ag/exh220/

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