2017年8月18日 (金)

道が拓ける(キタコレビル)

高円寺にある半壊しているような建物の中というか半分外みたいなところに、アートグループChim↑Pomが「Chim↑Pom通り」という小道を作り(誰でも通行可)、ついでにその半壊しているような建物で個展(これは有料)をするというもの。まず会場を見つけるのに苦労し、ウロウロしたあげくタブレットの地図とGPSを頼りにして、やっと外から見えるデカい「C」のネオンに気づく。

Chim↑Pomといえば、広島上空に「ピカッ」という飛行機文字を書いてヒンシュクを買ったり(スケールとインパクトからして今のところこれが最高傑作だと思う)、311後に渋谷の岡本太郎の絵「明日の神話」に原発事故を彷彿とさせる絵を追加したり、というお騒がせ集団的なところや、福島原発にレッドカードを掲げに赴いたりと、社会的な要素を取り入れていて、グループのチャラい雰囲気とはうらはらに意外と計算していて戦略的だったりする。

建物だか廃墟だかバラックだかみたいなところにある薄暗い小道に入っていって、受付でお金を払って(500円)、最初の展示はおなじみ「SUPER RAT」渋谷などでとっつかまえたネズミを剥製にして、ついでピカチュウのカラーリングをするというおふざけ傑作。いや、何度も見てるが結構好きだよこれ。今回は都市の廃墟のジオラマの中に置かれていたりする。で、その一つが円柱状のケースに入っているが、地面の中まで穴と通路がいろいろ見える。なんだこりゃと思っていると、ネズミが顔を出した、とか言われ、見ると、ジオラマの中の穴から本物のネズミが顔を出しているではないか。そんなしかけなのか。本物ネズミ……なんかカワイイ顔してるじゃねーか瞳もつぶらだし。すぐ引っ込んだが何度か顔を出したりした。何でも前回展示の歌舞伎町でとっつかまえたネズ公らしい。

急階段、というかほとんどハシゴを上る。若者はいいけど、こっちはバッグを肩から下げた中年ド真ん中で結構怖い。上の部屋ではビデオ上映。前回の歌舞伎町展示の様子。解体寸前ビルでやって、会期後作品もろともぶち壊す様子。なんか、作品ごとブッ壊す様子がなんとも言えんがダイナミックだ。いや、行きそびれたんよこの展示。行っとけばよかったな。歌舞伎町展示でのイベントの様子も少し流れていて、おや、あれは戸川純&Vampilliaライブに出てきたVMOじゃないか。あんなところで活動してたんだ。それからビデオでは今回の道を造る様子も紹介。歌舞伎町で出たゴミなどを敷き詰めているのだが、ちゃんとその上にアスファルトで舗装している。こういう土木作業が地道でいい。

階段を降りて、今度は地下室があるという。行くとこれまた急ハシゴで怖い。地下はなんとこのキタコレビルの地下部分をガラス張りで見せるものだが、ほとんどゴミの蓄積。急ハシゴを上って地上へ……って、これミニスカ女子は後ろに男子を連れてこれませんな。丸見えだもんな。上はマンホール(重くはない)になっていて、それを開けて地上へ。この瞬間はなかなかおもしろい。奇しくも上にどこぞの母子がいて、「ほらーでてきたよー、こんにちはー」と子供に見つめられてマンホールから出てきたネズミ気分だ。上の展示で目立つのが、あの渋谷パルコ(現在改装中)から持ってきた「P」の巨大ネオンサイン。それがすぐ頭上でチカチカしてる。これはパルコでやった個展でも見ていてあの時は暗い部屋の中で「C」と「P」が音楽に合わせてチカチカしていたんだが、あん時はあまりすげえとかいう印象はなかった。しかし今回、廃墟スレスレのキタコレビルに飾られていると、その、あまりの場違い感に驚く。あれがこんなところに! なんかすげえなおい。「C」は屋根(?)の上で、外の通りからなんとか見える感じ。

この手の破壊しかけみたいな展示はともすれば「メチャクチャやってりゃカッコイイだろ」ってだけのつまらんものになることがあるが、そこはChim↑Pomで、背景に割とちゃんとした、世の中で破壊されゆくものと、それとともにあるものに目を向ける、というようなコンセプトがあるので、そんなメチャメチャな印象はないし、なかなか面白い。うーん、でも私はまた社会に対してイタズラというか、ああいう挑発的な作品を見たいものですなあ。まあ鑑賞者は気楽なものだが。
http://chimpomparty.com/exhibition/

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2017年8月 7日 (月)

藤島武二展(練馬区立美術館)

明治期あたりの洋画家かなあ、というぐらいの前知識で、見終わっても、明治期ぐらいの洋画家だったんだなあ、という感じ。なぜか? バリバリ個性的なアーティストというより、明治の洋画における先導者あるいは指導者というところみたいなんで(あの佐伯祐三も弟子なんだって)、非常に多彩な画風を身につけて表現している一方、これが青島いや藤島だぁ、というのが何となく見えてこない。いや、うまい画家ですよ。皇室お買い上げ作品もいくつも描いてるみたいだし。

最初に同時期の洋画家などの紹介、山本芳翠や黒田清輝の影響を受けてたそうで、それらの絵が出ている。山本はよく知らんが黒田は何となく分かる。外光派でアカデミズムのラファエル・コランのキレイキレイで裸婦が外にいるようなヤツね(いやそれだけじゃないんだけど)。初期の藤島の絵が並んでいて、「女の顔」の白い絵の具は光のつもりか。「桜の美人」顔がなんで緑色がかっているのか。黒田の絵「アトリエ」がありますな。その影響か「海浜風景」が美女二人の黒田風で、まあ黒田も一つっきゃ歳違わないんだけど。「池畔風景」も美女二人もの。

次に有名な与謝野晶子の「みだれ髪」の表紙がある。これで、ああ藤島ってこの人か、と思うであろう。時はアール・ヌーヴォーが流行ね。その辺の影響を受けて、書籍のデザインとかやってる。油彩では「夢想」が象徴派のロセッティの影響を受けているというが、まあいわれれば確かにそうかなと。「三光」の版画は思いっきりミュシャ風。かように誰それな感じってのが非常に多い。別にパクリではなく、ソシャクして自分のものにして再構成しているし後進の指導にも役立てている……んだろうけど、なんかアーティストとしてコレだーっ、と突っ走らないところが冷静であるがちょっともどかしくもある。

パリ留学したそうで、それでますますいろいろな西洋美術の動きを身につけた。留学先で影響を受けたコルモンの絵が一枚「海を見る少女」肉感……な感じ。コルモンといやあ私がオルセーに行った時にもっとも印象に残った「カイン」の人ですな。あの絵はデカかった。スゴかった。カロリュス=デュランって人の「アンドロメダ」。定番テーマで普通は裸女が鎖でくくられているヘンタイ的な絵が多いんだけど(それを描くのが目的よ)、この絵は普通の裸婦画に見える。キレイキレイにやるアカデミズムですな。その影響か「幸ある朝」……いやこれはちょっとラフだぞ。裸婦ではないが(服着てる)。あと裸体像とかもあるが。「セーヌ河畔」は印象派風で、「糸杉(フラスカティ、ヴィラ、ファルコニエ)」はゴッホみたいな、いや、みたいじゃないか。あとラファエロの模写があるが首が太いな(元絵も太いんだ)。

「模索」というコーナーになっているが、すでに模索しているというか、常に模索しているというか、「うつつ」という野心作は、フォービズムの影響と書いてあるが、よく分からぬ。「匂い」は女性像をカッチリ描き、「静」は、淡い彩色で印象派でフレスコ画風、裸婦はこれは、モディリアーニ風か。「カンピドリオのあたり」も縦長画面にちょっと凝った構図で魅せるが、かといってこの路線を突き進むわけじゃない。

「転換」というコーナー。「ピサネルロの模写」で横向きのルネサンス風に挑戦。それを消化して「鉸剪眉」が描かれ、その他横顔は結構コダワリ作品が多いようです。あとで検索したら「蝶」って誰でも知ってるような女性の横顔の、おお、あれ藤島なんだ(何を今さらとか思うかもしれんが)。

「追求」というコーナーも既に追求をいろいろやっているところで。「浪(大洗)」はラフな感じ。「台湾娘」をはじめとするアジアがテーマの絵が並び、「山上の日の出」は大画面でシンプルな空。「朝の港陽」はモネの「印象、日の出」を彷彿ととさせる。

「到達」というコーナーでやっとたどりついたところは……よく分からん。が、「少女」のようにアジアっぽい、生き生きしたのも描く。あとはシンプルな風景。

無難なものからデザインから野心作まで、いろいろ揃っております。どれがお好みかな。午後のひとときにいかがでしょうか。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201706041496581300

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2017年7月30日 (日)

吉田博展(損保ジャパン日本興亜)

行ったら結構並んでる。え? 並んでるの? そんなメジャーな人だっけ、というか私は知らんかった。見ればまあ、なるほどこりゃ口コミでも人増えるかもしれんという感じのものではある。版画で有名みたいなんだけど、油彩も水彩もあって、特に水彩は光に弱いんで前期後期で入れ替える(前期今日までだってお)。

最初に初期の水彩とか鉛筆画とか、水彩「土瓶と茶碗」んん~写実~♪ これ前期だけだけど後期も何かイイものが出るであろう。「花のある風景」も道に落ちる影が実に自然なもんで、このスケッチ力はただもんじゃねーな、というのがまあ誰でも分かると思う。

その後、外遊が多かったとかいう話はさておき(説明あんまし読んでない)。前期のみ出てる水彩が続く。「湖の眺め」なんてモネ風ですかね。「霧の風景」すげーこりゃ霧だわ。水彩すげー(ボキャ貧)。で、この辺から油彩もチラホラ。夏目漱石の「三四郎」に出てきた「ヴェニスの運河」がいらっしゃ~い、三枝じゃねーよ。ええと、油彩はもちろんうまいけど、水彩に比べると普通。「堀切寺」とか東山魁夷っぽいんで、あーそれで混んでるのかなと思ったり。東山魁夷って人気だけど私はあんまり食指が動かんもんで。人物も描く「月見草と浴衣の女」うん、普通にうまい。えーそれから山の絵なんか増えてきて、そう登山やってて山の画家でもあるんだよ。この企画展もモンベル協力だし。あーなんか山登る人達が絵を見に来て、それで混んでるのかなと思ったり。バラの絵の連作が普通にうまいなと思ったり。「雪景」とかいうのを見てあー水墨もやるのかと思ったり。んで、愚かにもこの辺でこの画家を見切った気になっていたが、実は本領はこの後なのじゃ。

木版画をやるようになった。江戸浮世絵でも新版画でもない、とにかくリアルなヤツ。画題も日本ものだけじゃなくて「グランドキャニオン」とか「アゼンスの古跡」とか「スフィンクス」とか、え? これが版画なのか? という自然なグラデーションを駆使した仰天もの。木版画は色の数だけ摺るんだけど、江戸浮世絵レベルの数回どころか、十数回、中には百回とかいうとんでもないのもあるらしい。人物もあり「鏡之前」という裸婦像、あと「こども」……マジこれ版画かよっ! ううむ、どれもハイレベルだ。そうだなあ、江戸浮世絵版画ではもちろんないが、小林清親の光線画に近い感じはある。あれをもっと写実っぽくしたものか。こりゃまあ人気も出ますなわあ。とにかく木版とは思えん作品群には君もビックリさ。

戦争画が少しあって「急降下爆撃」とか「空中戦闘」とか、解説にも書いてあるけど、ただの戦闘の絵じゃなくて、地面が真下に見える空中の面白さを描いたもの、という感じがするね。

水彩と木版に驚け。
http://www.sjnk-museum.org/program/current/4778.html

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2017年7月23日 (日)

折元立身 From"Carrying series"(青山|目黒)

昨年、最も素晴らしいと思った展覧会が、川崎市市民ミュージアム「生きるアート 折元立身」展であったが、某アンケートランキングでベスト50にも入らないというマジ信じがたい状態に目が点になった。「アートが好きですぅ」なんて言いつつ、おめーらいったいどこに目ぇつけてんだよっ。まあ本人も「もう日本は嫌になった」とか「今更評価されてもトゥーレイト(遅すぎ)」なんて言ってるんだが。実際のところ海外での知名度や評価の方が高いようだ。

ギャラリー「青山|目黒」って初めて行ったんですけど、目黒にあります。じゃ何で「青山」かっていうと青山さんって人がやってるらしい。ツイッターでも別に話題でないし、私も折元さんのパフォーマンスがある当日に初めてこの企画を知ったぐらいなんで、お客いるのかな、なんて思ったりしたが、これがなんと入りきらないぐらいギッシリで、外国人の割合も高い。おまけにNHKまで取材に来ている(「ハートネットTV」という福祉番組。7/31放送予定)。まさに知る人ぞ知る、ですな。 

展示内容は後述するとして、まずパフォーマンスなんですけど、折元さんが抱えている箱に覗き穴がついていて、そこから覗いて見ると、折元さんの母「アートママ」の生活映像が見える。一人一人見ていって「何が見える?」と訊いてくるので、答えると、それに対して「あーいいところ見たねー」とか何とか言ってくれたりするというコミュニケーション型。私はなんか自分がパフォーマンスやる時より妙に緊張してしまい、「えーと、ストローで何か飲んでます」「ええっ? もっと大きな声で」などと言われる始末。ハ、ハハハ…… すごい人数全員やるので、一人何十秒かでも全部で1時間近くかかった。折元さんも立ちっぱなしで大変そうだったけれど平然としている。終わったら、ギャラリー内で折元さんのスピーチがあり(これも椅子の上に立つ。立ちたいそうです)、今度都知事選に出るとかジョークを飛ばしつつ、今回の「Carrying series」の説明があった。

何かを意味なく運んで街を歩いたら面白いんじゃないか、ということで、大きな段ボールにパンを満載して背中に背負って運んだり、古着をつなげて引きずって歩いたり、段ボール箱に片足突っ込んで歩いたり、他にも背中に煙突の作り物、タイヤ、あるいはロープでつないだバスタブを引きずるなどで歩く。今回の展示ではその写真や、映像が紹介されている。何をやっているのか? 何か意味があるのか? 君が何か意味を思いついたら、それが意味なのだ。誰もやらなかったこと、これがアートなのか? と思うようなことをやるそうだ。かつてフルクサスに所属し、その場で起こる「ハプニング」を基盤として、「パン人間」などのパフォーマンスが生まれていった。が、「アートママ」シリーズなどでは、母親との強い絆が発想の源泉にあり、この生活との一体感が、単なる「面白い行為」ではなく時に鋭い切れと凄みを感じさせる。「パン人間」にしても海外ではキリスト教的な意味が加えられるので、そのパフォーマンスのリアル感は私達とは違うだろうし、それは想像するしかないかもしれない。

折元さんと母親の関係は、単に「お母さん大好き」だけではない。日本に嫌気がさしても母親の介護のため、そうそう海外に移住もできない。介護では夜中に何度も起きるし、お世話も大変。夏のバカ暑い日に車いすで喫茶店まで連れて行った時はさすがに「く、く、くそう……」とか思ったそうで、それが車いすを破壊するパフォーマンスを生み出す。愛だけではなく憎しみもある。しかしそれは「スイカにつける塩のようなもの、より強く甘み(愛)を感じられるようになる」と言う。川崎の展示では、最初にその深い絆である母親をテーマにした「アートママ」シリーズをこってり見せられ、その次のコーナーが「500人のおばあさんの食事会」だった。これは文字通り、舞台は海外の美術館なんだけど、500人のおばあさんが一同に集まって楽しく食事をするだけなのだ。時に歌ったりもする。しかし、アートママを見た後にこれを見ると妙に感動する。いや、なぜだ? この沸き上がる感動は何なのだ? 生きることを謳歌する姿が眩しいのか? とにかく何だか分からないが、このリアルから生まれてくる表現がもたらすいい知れない何か、これが「天才」折元立身の表現世界だ。

アートママこと折元男代さんは今年春98歳、老衰で亡くなったとのこと。会場で折元さんは「とても寂しい」と言っていたが、同時に「活動はやめない」とも宣言。8月26日から富山県美術館で企画展、10月だったか、岡本太郎美術館であの「処刑」のパフォーマンスがあるらしい。まだまだ生み出し続けるであろう「天才」から目を離せないぞ。日本での知名度は高くはない。でも、せめて君だけは注目していてほしい。

青山|目黒
http://aoyamameguro.com/

富山県美術館
http://tad-toyama.jp/

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2017年7月22日 (土)

ベルギー奇想の系譜(Bunkamuraザ・ミュージアム)

今度どこか海外に行っていいならベルギーだな、と思っているところの、理由がまさにこれなんだぞって感じで。愉快なベルギーの奇想じゃい。

年代順で、最初は15-17世紀のフランドル美術で、要するにヒエロニムス・ボス……なんだけど、さすがに貴重なボス本人じゃなくて工房とかボス派とかのパチモンばかりが来ている……が、パチモン呼ばわりはもったいないほどエキサイティングな奴らが来ているんで嬉しいぢゃないか。だいたいテーマが「聖アントニウスの誘惑」つまり、アントニウス君を異形の怪物で怖がらせ、エロい女で誘惑しましょう、という画家にとってやりたい放題の定番テーマだったりしてな。それにしてもボスの影響はこんなに大きかったのかというくらいボス風味の絵画がずらずら並んでいるもちろん知らんヤツの。しかも結構うまいよ。目玉はポスターにもなっているボス工房「トゥヌグダルスの幻視」。工房かよ、って侮ってはならぬ。時代的にはボス生前のもんらしいし、ボス作といったってシロート(オレ)にはこれで十分さ。結構細かいところまで描いてあって、例えば右上に火事の様子があるが、そこにシルエットで人が何人か描いてある。その部分だけでもちゃんと絵になっている。オレは単眼鏡持って行ったけど、君も持っていれば忘れずに持って行った方がいいぞ。

それから次はボスの影響を受けたピーテル・ブリューゲル(父)。そうっ、あのっ、「バベルの塔」の彼。彼が原画をやって、だれそれが版画にした。これまた「聖アントニウスの誘惑」から始まる仰天もの。うむ、確かこのあたり「バベルの塔」展でも出ていたんだけど、時間なくてスルーしちゃったから、ここでまた見れるのはありがたい。なんかアニメもあるし。「七つの大罪」シリーズの「怠惰」が何ともイイよな。大抵はハイテンションで描かれる異形なヤツラが全員グータラしている。あと、ボスもそうなんだけど「顔建物」が描かれているものが多い。文字通り建物が人の顔になっているもの。あるいはその逆か。先の「トゥヌグダルスの幻視」からしてそうだもんな。それからヤン・ブリューゲル(父)の油彩などを挟んで次はルーベンス。あのルーベンスが奇想なんてと思うかもしれないが、さすが実力派で描くとリアル感がパネエ。人動物入り乱れるド迫力系が得意で、「ライオン狩り」(確か再会)、「カバとワニ狩り」のぐちゃぐちゃ感はいいですな。

ここで一気に近代へ。19世紀末から20世紀初頭のベルギーだ。最初はフェリシアン・ロップス。名前は時々見るのだが、まとめてみるとほほぅ、なかなかエロいのが得意だな。「娼婦政治家」は風刺もの。目隠しされた裸婦と豚が高尚なものを踏みにじっている。政治家の風刺らしいんだが、あんまそう見えないな。あと、ここにも「聖アントニウスの誘惑」があって女体が迫ってくる。印刷ものの「毒麦の種を蒔くサタン」……ってこれミレーの種蒔く人のパロディではないか。次のフェルナン・クノップフは有名どころなんだけど、他が個性的で大騒ぎなので、マイルドでおとなしく見える。「ブリュージュにて、聖ヨハネ施療院」の水面に映る建物の死んだ静けさに注目だ(※8/21まで)。次がジャン・デルヴィルでオレ的には今回これが一番よかった。「赤死病の仮面」いやー怖いですねえ、でも何やら美しいですねえ。色もダークで妖しいですねえ。「レテ河の水を飲むダンテ」これはどこかで見たが、対照的に非常に明るい。女性像がキレイだ。「ステュムパーリデスの鳥」これは……カラスの大群が人を食おうとしているのか? 分からんし解説もないが、異様で怖い光景にも関わらず、画面は非常に美しくまとまっているのだ。気に入ったぜデルヴィル! サードレール「フランドルの雪」これも再会だが、地上の白い雪と、黒い空の対比がまるでマグリットの「光の帝国」風な印象を持つ。次にスピリアールト。おおスピリアールト。「堤防と砂浜」暗い、寂しい、でも好きだ。あー、以前ブリヂストンでやっていた「スピリアールト展」でもっとちゃんと見とけばよかった。いや、ちゃんと見てはいたんだが、また見たいよな。またやらないかな。誰かスピリアールト展やってくれ。それからおなじみアンソール。いやー強力なヤツ続出ですな。油彩が結構出ている。中でも「オルガンに向かうアンソール」はアンソールの魅力がイパーイ。何が? 顔だよな。アンソールは仮面のようだが味のある顔を描く。この絵には顔がいっぱいだ。あと、色使いがいいね。モノクロ版画ではオレの好きな「人々の群れを駆り立てる死」が出ている。群衆の上を飛ぶ大鎌を持った骸骨の影。うむ、奇想っぷりは版画の方が大きいかな。

20世紀から現代まで。定番デルヴォー。今回はスケッチブックが出ていて、ナマの描線が見れるぞ。あと「海は近い」という姫路所有の油彩。デルヴォーの中でもオレの好きな何枚かに入る傑作。何度見てもイイ。定番マグリット。こっちは変わり種は特になかったようだが、最も有名な「大家族」が出ている。なぜこの絵を宇都宮が持っているのか不思議だ。それから時代は現代に。磔のキリストでプレッツェル形状を作るウィム・デルヴォワ「プレッツェル」、骸骨が頭でティンパニー打ってるレオ・コーペルス「ティンパニー」、デカい頭が気持ち悪いトマル・ルルイのブロンズ「生き残るには脳が足らない」、何やら乗れる巨大レトロフューチャーを作ったパナマレンコ「スコッチ・ギャンビット」。猫にまじめにインタビューして、もちろんまじめな答えは返ってこない音声作品、マルセル・ブロータールス「猫へのインタビュー」など、奇想の末裔で迫る現代ものもいろいろだー

おなじみの再会も多いがベルギーの奇想を一望できる。初めてなら早く行かれたい……というかここは金曜土曜は夜9時までやってるから、そこが狙い目か。あと作品保護のため会場はめっぽう寒い。冷え性の人は入り口でケットをゲットだ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_belgium/

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2017年7月16日 (日)

不染鉄(東京ステーションギャラリー)

「ふせんてつ」と読みます。没後40年、21年前に回顧展があっただけの日本画家、だそうで。もちろん知らんかった。ウワサ(ツイッターの検索ぐらいだが)によれば、なかなかいいようなんだが果たして……

最初の「暮色有情」という掛け軸……むっ、なんか今まで見たことない感じだぞ。日本家屋の家並みを俯瞰して(見下ろして)いるんだが、パースがうまいことかかっているのがちょっと日本画っぽくない。それでいて輪郭の曖昧な朦朧(もうろう)体。それから家の絵が続くが、朦朧体じゃなくてむしろ線画メインになってくる。しかも細かい。細密画っぽい。ペン画かと思ったが筆らしい。「雪之家」なんてのはつららが下がっているのだが、単眼鏡で見たら、つららが結構リアルな質感なんだな。あーそうそうガラスケース入りも多いので、単眼鏡あった方がいいね。あと、軽く描いた小品もあり「伊豆風景」なんか汽車がカワイイ。巻物「思出之記(田圃、水郷、海邊)」は家々イパーイ。

次は山水画いろいろ。山水画でも線描が細かくてかなり力入っている。朦朧のヤツもあるけどね。ただまあ、ここはものすごいって感じではないな。コーナー最後の「聖観世音」の線描はかなり繊細にして無駄がないんで、スゲーとは思ったりするが。

階が変わって、奈良とか富士山がテーマになってくる。薬師寺東塔に惚れ込んで、真横からパースもかけず、細かい描写をする。しかもシンメトリー。大仏殿もシンメトリーですな。「春風秋雨」は四幅対で、線描山水、富士山、薬師寺東塔、大仏殿というおいしいテーマ4つが一度に楽しめるぞ。しかし、次の部屋の大きな絵、ポスターにもチラシにもなっている「山海図絵(伊豆の追憶)」を見て……ナンジャこりゃあ! いや、ポスターとか見てた限り、ちょっと変わった富士山の絵かな、ぐらいに思っていたが、実物を見てその異様さにぶっ飛ぶ。まず線描写が写実的にして細かい。マジ細かい。草木も日本家屋の家並みも丁寧に書いている。手前は海だ。もっと手前にゃ魚がいるから海の中まで描いてある。家並みの向こうに富士山……その向こうは雪国で家も見える。いや、スケールおかしいだろこれ。この富士山の標高は数十メートルじゃないか? いや、でも富士山に見える。富士山以外のなにものでもない。めちゃくちゃマッドな構成ながら、丁寧な写実で不自然さを蹴散らして絵として成立させてしまうセザンヌもびっくりなヤツだ。この絵だけで元が取れる。ポスターじゃダメだ。本物を見ろ。この絵を見て驚かないヤツは絵画鑑賞には向かないから水族館でデートでもしてた方がいいと思う。他にも富士山いくつかあるけど、こいつを見たあとではマッドが足りない。普通だな。

海の絵を描いている。青いのかと思ったら墨絵なもんで黒く描いているんだな。中でも「南海之図」むううう……これも異様な感じがするな。下半分黒い海。上の方に島……なんだけど、この島が岩だらけというかフラクタルというか、結晶みたいというか、とにかく妙な形状で存在感ありありで迫ってくるぜっ。他にも異様な島ものあるよ。

それから回想の風景とか。「山」は木がいっぱい。絵はがきなどもあるが、絵はがきサイズのまっとうな作品って感じで……この辺になると疲れてきてボケーと見てたんだが、今リストを見ると絵はがきのタイトル「ジキルとハイド」とか「村山槐多死す」とか面白そうじゃないか。注意してなかった。「古い自転車」にゃポエムが書いてある。それから「思い出の海の家」なんぞは木の板でできている。「海村」は刺繍だな。着物もある。なんかマイナーな人の割には手広いぞ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201707_fusentetsu.html

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2017年7月 9日 (日)

クエイ兄弟 ファントム・ミュージアム(松濤美術館)

去年だったと思うが、神奈川県立近代美術館の葉山館でやってて、時間かけてわざわざ行ったのです。なんだー渋谷に巡回してくるのかー待ってりゃよかったー と思ったが、今日行ったところ、会場スペースの広さがやっぱし違う。松濤は広くないので、映像コーナーは一つにまとまっているし、展示コーナーもコンパクトになっている感じだ。でもアニメーションに使われたデコール(人形とか舞台装置)は一通り出ていて、おいしいところは楽しめる感じだ。

最初の、初期のドローイングを再見して、「喜びの電気拷問」とか「死体の学校」とか屈折したタイトルと内容の絵がやっぱり好きで、暗く神秘的で妖しい世界を私もまた文章だけで描きたーいと思うわけですよ。ところで、今回あらためて、おやっ、と思ったのは「ペナルティーキックを受けるゴールキーパーの不安」ゴールキーパーだ! 縞柄のシャツを着ている。絵の全体は暗い感じだが、そこに唐突に縞柄のゴールキーパーである。「楡の木の向こうからトランペットの音が」これにも縞柄ゴールキーパー。先日、実家に行った折りに筒井康隆の「虚構船団」という小説があり、いや、私が住んでた頃に買ったんだけど、筒井の最高傑作だと思っているのです。それを持ってきて再読してた。長いだけでなく結構読むのに苦労する小説なんだけど、そこに実は、唐突に出現する縞柄シャツのゴールキーパーというのが登場するのだ。読んだ時に、なんで縞柄なんだろう、と思ったが、ここでも縞柄だ。ふうむ、昔はそうだったのか? あるいは、実は筒井がこの絵を見ていてインスピレーションを受けたとか、という適当な妄想もまた楽しい。あとは「憎悪を行使する恋人」も木から煙がモクモクという愉快なもんだ。それから参考出品なんだけどアンソニー・バージェス「時計じかけの遺言」おや、この人「時計じかけのオレンジ」の作者じゃないか。こんな暗くて妖しい絵も描いてたのか。前は気がつかなかった。

階が変わって、アニメーションで使われたデコール。どれもわざと壁を汚して年期の入った感じにする技が冴えている……って書いたよな。で、これらと同じのはアレですね、ジョゼフ・コーネルの箱シリーズ。時を箱の中に閉じこめるのだ。「プラハの錬金術師」のデコールに、現在西美でやってるアルチンボルドが使われている。そういえばこの錬金術師の顔もアルチンボルドの「司書」ってやつと同じようだな。頭が開いた本でな。あと、撮影可のデコールが入り口んところに一つある。おなじみ映像のダイジェストもあって、ボリュームは葉山より少ない感じだけど、あらためて見て、アニメーションもいいが、音楽も音響も結構凝っているんだね。音もクェイワールドの重要な要素なんだなあ。しかしまたいろいろ見たくなったぞ。

今回のお目当ては実は地下でやっているDVD上映会なのだ。割と新しい(2012年)「変身」を見てきた。もちろんこれカフカ「変身」の映像化。結構版権が厳しくて見れる機会がめったにないんだって。見たところ画面が全体に暗く、DVD映像じゃちと苦しいんじゃなかろうか。内容はクェイの若い頃(?)と違ってまったり系。もちろん幻想的でモノクロ的(モノクロというわけではない)雰囲気十分だが……見てるとボケーとしてきて眠気をもよおす。隣がなんと子連れで、子供が「こわい」を連発。そりゃー怖いだろう(「ストリート・オブ・クロコダイル」ほど怖くはないが)、なじぇチビッコを連れてくる? まあ親が見たかったんでしょうなあ。しかし30分前から整理券配りますってことだが、整理券に番号がついていて、10分前ぐらいに番号順に案内……じゃないんだな。整理券配ると同時に中に入れちゃって、席取って下さいとのこと……ん? じゃあなんのための整理券なのだ?
おなじ渋谷のシアターイメージフォーラムで、7/8から映画上映もやってるぞ。

建物の雰囲気と合っている。
http://www.shoto-museum.jp/exhibitions/173quay/

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2017年6月26日 (月)

レオナルド×ミケランジェロ展(三菱一号館美術館)

どーせ素描ばっかしだしーとあまり期待していなかったしー、始まってそんなに経ってないしー、あんまり混んでないんじゃないかと思ってたら入場制限というか、入口で並んでた日曜朝。あーやっぱダ・ヴィンチ君、まあダ・ヴィンチの素描はね、いいのはいいですよね(当たり前だが)。

最初にいきなりポスターになっている二つが出てしまう、ミケランジェロ「《レダと白鳥》の頭部のための習作」、ダ・ヴィンチ「少女の頭部/《岩窟の聖母》の天使のための習作」。ミケは普通にリアルにうまい……が別に傑出しているかというとよく分からん。ダ・ヴィンチも似たようなもんだろうと思ったが、こっちはちょっと面白い。何が? 表情だ。微笑とも微笑でないともつかない微妙な表情はモナリザと同じ。なんでもこれ「世界一の素描」と言われているそうなんだが、まあこの微笑っぽいのが独特ではあるな。あとミケの肖像が出ているがもちろん他人作で言うなればサブカルチャーだよなあ。ダ・ヴィンチの肖像もあってな「ファクシミリ版」だって。要するに機械でスキャンした高解像度複製。見た目にゃ本物と変わんねーからいーだろ、って感じでダ・ヴィンチ展ではしばしばお目にかかる。

顔貌表現のコーナーでダ・ヴィンチの「顔と目の比率の研究」おお、こういう研究ものの素描は研究してます感が伝わってきて面白いね。ダ・ヴィンチは「ダ・ヴィンチと弟子」作も多い。あとミケも習作いくつか出てたが覚えておらぬ。

絵画と彫刻:パラゴーネ(比較論争)のコーナー。ダ・ヴィンチは絵画は立体を平面に表現するので、彫刻より優れていると思っていたらしいが、ミケはそれに対し、いやいやまあまあおいおいとか思っていたらしい。各人の言葉が展示されてます。そうそう解説も多い……んだけど、前も書いたが解説ってヤツは見ても何がいいのかシロートには分かりづらい作品を見て、あーつまんなかったとか言われるのがイヤなので一生懸命書いているんじゃねえかと思うのよ。逆に言うと、解説が多くて気合い入っている展覧会って、そういう作品が多いってことなのだ。さて、油彩でダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」……なんだけど時々見るヤツで、もちろんパチモン(一応同時代なんだけど山ほどある。ちなみにここでいうパチモンは赤の他人だけじゃなくてオリジナル以外弟子作工房作も全部含むのだ。キビシイのだ)で、あーなんかどーでもいーや。それよりミケの「河神」がなんかスゲエ。神ったって人体だけど、首と手足の先がない。要するに体だけのヤツなんだが、表現したくないものを削除して見せたい人体だけを見せるってなんか迫ってきますな。いわゆる「神ってる」ってヤツ? ミケの素描「背を向けた男性裸体像」も体だけでなかなかだ。

人体表現のコーナーで、ミケの素描「イサクの犠牲」……よく分からん。ダ・ヴィンチ「《アンギアーリの戦い》のための裸体人物とその他人物習作」これも筋肉の研究もので、好感度高い。しばらく行くとミケの習作が連発するが、だんだんラフになってきて「動く群衆の習作」なんてもうどーでもいーレベル(しかもミケ?とかハテナマークついてるし)。こんな適当な線シロートじゃ分かんねーよ。玄人というのは素描の描線一本から画家の技量を感じ取り「おお、さすがミケランジェロ」とか言える審美眼際だつレベルの人で、「なんかズガっとクる絵はないのかよ」とか言ってるオレはもちろんシロートなのさ。それからジョルジュ・ギージ描くミケのパチモンの印刷……まあ「最後の審判」だしね、丁寧に描いて印刷されているけどね。なんでそんな高い位置にも展示してあるんだよオレは近眼なんだぞ。

撮影コーナーを経て下の階へ行き、「馬と建築」コーナー。ダ・ヴィンチの馬の一部の習作……はシロートお断りもの。建築もあってミケの「ピア門のための習作」これがなかなか良さげな素描で解説にもあるんだけど、なんと、モノは来ているが展示されてない。そいつの裏に描いてあるどうでもいい馬の方が展示されておる。本来展示するはずだった門の絵はパネル。ダメじゃん! なんで? 直前になって却下を食らったのか? 売店に絵はがきもマグネットもあるから急遽そうなったらしいが痛恨ですな。

レダと白鳥のコーナー……ってマジですか? このアブノーマルなテーマをやるすか。解説を読むと「身を寄せ合うレダと白鳥」とか書いてあってオホホホホ、モノは言いようですなオホホホホホ、ゼウスをなんだと思っとるオホホホホ、いつだってほぼムリヤリなんだぞオホホホホ。それはさておき、ミケの習作一つと、あとパチモンの油彩があります。まあ、ダ・ヴィンチに基づく、という方はまあまあよくできてるけど、ミケのはちょっと……イケてない。元の絵がそうなのか、パチモンだからそうなのか分からないけどね、オリジナルはもう失われたみたいだし。

手稿と手紙のコーナー。ファクシミリ版連発。どうせ複製なんだから仰々しいガラスケースに入れないでもっと近くで見せてくれよと思うが……待てよ、もしかして近くで見られちゃドットとかみえちゃって困るのか? と思ったりする。ダ・ヴィンチの「大鎌を装備した戦車の二つの案」はなかなか。ファクシミリ版じゃないからありがたみも違うわな。

最後は肖像のコーナー。素描いくつか。で最後を飾るのは、ダ・ヴィンチ作と思われていたレオナルド派の「貴婦人の肖像」……まあ、ダ・ヴィンチにしちゃあちょっと堅いよなってのがシロートでも分かるが。

日本でやるダ・ヴィンチとミケランジェロなら、まあこんなもんでしょう。できることはやっている。そういえば7月11日からミケの大型彫刻が展示されるってお。それより前に入った人には、それだけ見れる券くれるぞ。
http://mimt.jp/lemi/

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2017年6月17日 (土)

ジャコメッティ展(国立新美術館)

先日実家に行った時に、ジャコメッティそっくりな、古代イタリアのエトルリア文明だかの細長い人物像(Ombra della sera)の置物があって、あージャコメッティはこれを参考にしたのかーと思ったのだが、この企画見るとなんか違う。ジャコは自らあのスタイルを生み出したようだ。そっくりなのはたまたまそうであっただけのようだし、よく見ると印象もずいぶん違う。
見れば分かっちゃう細い人物の彫刻。展示物の多くはそれだけど、それだけじゃないんだな。

最初は典型的な細人間「大きな像(女:レオーニ)」がある。おなじみだけどあらためて見ると、ふふーん、女ってえだけあって、髪は長めだし胸もあるし腰もくびれとるんだな。
それから初期からの作品。18歳での絵画「ディエゴの肖像」弟ね。うまいが普通。16歳での彫刻「シモン・ベラールの頭部」おっとこりゃうめえな。16歳でこのレベルかよ。人間の頭そのままじゃねえか。してみると、彫刻より平面の方が難しいみたいだな。まあ古代美術もだいたい彫刻の方が先行してリアルだしな。それからしばらく初期の彫刻が続く。抽象的なのが多いが、まだ細い人物やってない。「キュビズム的コンポジション - 男」のレンガ積んでるみたいなのとか、「横たわる女」はピカソ風というか、まるでスプーンだな。と思ったら「女=スプーン」なんていう、そのまんまなヤツもあった。しかし「鼻」という作品で、横につぶれたスタイルが登場。細い頭部だけど鼻が尖っていて長い。蚊の頭かよ。

小像のコーナー。年代的には「鼻」より前か。ジャコメッティは自分が見たものを、見た通りに残したくて、もうめちゃくちゃ悩んで、モデルと空間的に距離があるもんで、まずは小さくなっていったらしい。小さい人物像。これがマジ小さいもんで驚きだ。
それから女性立像へ。小さいばかりではマズいんで大きくしていった。ところが異常なくらい細くしないとどうもしっくりこない。見た通りをいっぺんに残すんだとかやってるとそうなるらしい。いやしかしこれはアレだな、セザンヌが静物画で、その静物の見たいところを全部一気に一枚の絵にガッチリ残すんだ、とかやって方向や遠近が妙な入り乱れ方をするのを描いたが、そういうのに似ている。ここら辺からおなじみな感じの、細い棒みたいな女性像乱立。同時に、絵も描いてて、ドローイングの人物画がチラホラ出てくるのだが、これが結構クる。ぬううキてますキてます。「正面を向いたアネット」エッチングだけど顔がゾンビみてーでな、「裸婦立像Ⅱ」……うーん、普通に描いているように見えて、なんか緊張感が高いんだよね。なんでかな。

群像のコーナー。おなじみの細い人物をいくつか使ったヤツ。「森、広場、3人の人物とひとつの頭部」タイトルまんまで、細人物と頭部の彫刻が集まって、土台を共有しているだけなんだけど面白いねえ。「林間の空地、広場、9人の人物」なんてもう細い柱9本って感じだわな。でもジャコテイストビンビンな感じがナイスだお。「3人の男グループⅠ(3人の歩く男たちⅠ)」は文字通りだが細いヤツが歩いておる。

書物のための下絵のコーナーがあって、えええ鉛筆描きの細人物は、オレにも描けそうな感じだなー。次、モデルを前にした制作。また絵に挑戦なんだけども、やっぱしモデルを前にしても見た通りを見た通り残せるかとか自分との戦いをやっているので、描線はラフでもえれえ時間がかかり、モデルを長時間というか長期間拘束してたらしい。リトグラフなんだけど、とにかくササッと描いてあるように見えて、実は脂汗ダラダラで絵とバトルしながら描いてるとしか思えない妙なテンションがある。しかし思うにこれ、見た通りに、だけじゃなくて、こんな長時間拘束して怒ってないかな、怒りたいけど怒ってないだけじゃないのかな、でも絵がぜんぜんできないし、なんていう感情面での緊張もあったんじゃないかなあ、解説には書いてないけどね。だって描いてある顔がヤヴァいんだもん。アウトサイダーアーティストが描く顔みたいに、なんか病んだ雰囲気があるんだよね。「カフェにて」とか病んでる。「自画像」はビョーキ。「男の頭部」うむヤヴァい。「横たわる女」これは割と普通。
しかーしお楽しみはこれからだっ。次のマーグ家との交流のコーナーにある油彩「マルグリット・マーグの肖像」うわっ! マジすかこれ。マジヤベーっすよこれ。今回の全展示品の中でこれが一番インパクトがあり、異様な味がある。なんて言うか……肖像なのかこれ? いや、抽象画じゃないよ。ちゃんと肖像描いてあるよ。でも、人間を書いている感じがしないというか、テンパって描いてるというか、描いては消し描いては消ししているうちにドツボにはまったヤツというか、人間の知られざる何かを描こうとしてにじみ出ているというか、表情を描いたらそのことによって相手の表情が変化して、それを描いたらまた表情が……という無限ループにはまった果ての絵というか、とにかく形容しがたく単に不気味では済まない何かがあーる。

次は矢内原伊作のコーナー、大阪大学文学部の教授だった矢内原伊作とつきあっていて、モデルもやってもらった。忍耐強い東洋人ということで、つきあいは長く続いたようだ。ペンや鉛筆で描いた肖像。さりげなく見えて、これも時間かかっているようだ。それからパリの街の絵、悪くはないが、緊張感も少ない感じで人物肖像よりは楽そうだ。あと猫と犬の彫刻もあり。いずれもジャコメッティ風に補足変形を余儀なくされている。よくできてるけどね。それからスタンパという土地の名前。そこに関する絵。静物のコーナーでは、なんとジャコメッティがセザンヌを尊敬していたと判明。やっぱそーかー。油彩「林檎のある静物」は、ああセザンヌだなあ、と感じる次第。

次は「ヴェネツィアの女」という連作。一部屋でこれだけだ。おなじみ細人間群。9人おる。当たり前だが一人一人同じように見えて違うのだ。次の部屋がクライマックス。チェーズ・マンハッタン銀行のプロジェクト、ということで、壁際にごく小さいのもあるが(ここまで来る途中にも壁に穴あいてて見れる)、非常に大きい作品を展示。大きいのは「大きな女性像Ⅱ」「大きな頭部」「歩く男Ⅰ」という3つ。この部屋だけは撮影可能。SNS野郎どもには嬉しいかもしれないが、美術品の写真なんか撮るもんじゃないと思う俺にゃあ単なるシャッター音がウザい部屋だ。作品はデカくて見応えあるけどな。あとは詩人とのコラボが少しと、パリのリトグラフ「終わりなきパリ」が少しあって終わり。

ジャコワールドにタプーリ浸れてなかなか面白い。始まったばかりだが混んでくるかなあ。テレビでの放送次第かな。ま、早めに行くに越したことはないな。
http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/

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2017年6月15日 (木)

美術館でナンパはできるのか

なんでも「ちょいワルジジ」になるには美術館へ行き、牛肉の部位知れ」なんて記事だか文章だかが話題になっていて、そういえば私は10年ぐらい前に「モテる美術鑑賞」というフリーペーパーをコソコソ書いていた時期があり、Vol.5に「美術館でナンパ」の回がありました。いま読み返してもあまりにバカバカしいので、ここで全文公開してしまえ。

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ここ(Vo.4)まで読んできて、諸君には湧き上がる一つの疑問があると思います。
 美術館でナンパはできるか?
 今回はこの大問題について書きましょう。はい、普通はできません。なぜなら、いくらお嬢様が一人で美術館に来てたって、それは美術鑑賞に来てるのであって、ナンパされに来てるわけではないのです。そもそも何て声をかける気ですか?
「ねえ、お茶しない?」
 入場料のかかる美術鑑賞を放り出して、見知らぬ野郎とお茶しに行くバカ女はおりません。鑑賞中じゃなくて、見終わってからとか、外の売店とかで声をかければいいじゃんと思うかもしれません。ただ、それでは普通のナンパです。君がイケメンで知性的で優しい雰囲気ならいいのですが、恐らくサカリのついたケダモノが顔に出てしまって、危険人物とみなされてしまうと思います。いや、でも、ヘタな鉄砲も数撃ちゃ当たるかもしれん。君にノコノコついていく娘もいるかもしれん。でも君についていくということは、誰にでもついていく。他の男はもちろん、キャッチセールスや新興宗教にもノコノコついていくということで、つきあった後で君が苦労することは目に見えています。

 従って、君は次のような手段を取るとよいでしょう。美術館に入ったら、観客の中で最も若くて美しいお嬢様を探すのです。親付きでもかまいません。また、その際に、なるべく胸の大きい人を探しなさい。次に、君は、そのお嬢様の前におもむろに立ち、素早く両手を伸ばし、お嬢様のふくよかな両胸を思い切りつかみなさい。もちろん通報されると思いますし、ムショに入るかもしれません。でもいいじゃないか。君は美術館に来ている巨乳のお嬢様の胸をワシづかみできたんだぜ。その思い出だけで一生、生きていくんだ。どうせ君の人生なんてこれ以上のことは起こらねえよ。
 という、ミもフタもない真実はさておいて、多少マジな話をすると、一人で来てるお嬢様だって、きっかけさえあれば誰か素敵な男性と美術のお話ができて、カレシにならないかなあ、ぐらいは思っているはずです。

 何か不自然でないきっかけはあるのか?
 はいはい、意外と簡単にあるのです。大抵の美術展には「ギャラリートーク」というのがあって、学芸員が展示品の解説をしてくれます。客は流動的に集まっているので、ターゲットを見つけたらその隣に立つことも簡単。集まっている以上、隣に声をかけるのも、そんなに不自然ではない。ただ、問題は、何て話しかけるか?
「終わったらお茶しない?」
 だから、普通のナンパは貴様には無理だっての。ここは一つ、モテる美術鑑賞的な手段でいきましょうよ。知識を持たずとも会話の肥やしとなる美術作品を選ぶ必要があるのです。
 時計が溶けてる絵でおなじみのサルバドール・ダリ。彼の絵は偏屈的で意味ありげな、いろんなものがこまごまと描かれているのです。従って、君はド近眼のふりをして、絵を凝視し、ゴミがくっついたような細かい部分を見つけて、おもむろに隣のお嬢様に話しかけるのです。
「すいません、あれ何が描いてあるのでしょう? ちょっとここからじゃ見えなくて……」
「自転車に乗っている人ですが」
「どういう意味なんでしょうかね? 走って逃げたいとか」
「そうですね、私としては……」
 という感じで、話が自然に進むはずです。あとは前回の抽象画のように、ひたすら自分が見た印象だけ話せばいいのです。何も考えることはありません。会話が途切れないまま見事、出口までたどり着けば、茶も行ける。ホテルにも行けるかもしれません。
 ダリの他にも、エルンストとか、キリコとか、デルヴォーとか、近現代美術の連中には、何か意味ありげなものを描いて喜ぶ画家は少なくないです。展示作品を事前にチェックして、どの部分に注目するかを決めてから挑むのも一興。

 しかし、筋金入りのお嬢様には、これでもまだ警戒されるでしょう。従って君は、やや強引な手段を取る必要があります。
 気持悪い絵の前で、気持悪くなって、お嬢様の方に倒れてしまうのです。お嬢様なら、まさか急病人を放っておくわけありません(放っておくならそれはエセお嬢様です)。
「あの、どうなすったのですか?」
「す、すいません。あの絵を見ていたら、気分が悪くなって」
「あら、大変」
「あなたは平気なんですか?」
「あの絵を見ていると、画家の悲しみが伝わってくるようですわ」
 という感じで話が進むはずです。(※お嬢様の方が倒れたら君が介抱すればよいのだぞウヒヒヒ)
 そんな気持悪い絵を描く人がいるのか? はい、一人いるのです。H・R・ギーガー?(※映画「エイリアン」のデザイナー) 惜しいけど違うな。その画家の名は、「ズジスワフ・ベクシンスキー」といいます。ポーランドの画家です。廃墟のような、幻想世界のような、死体のような、ゾンビのような、見ていて思わず背筋が冷たくなってうえええええええ、となるキモチワル~イ、しかし美術館に飾るにふさわしい美しい絵画作品を描いております。うーん、実物を見たいもんだぜ…… でもやっぱりキモチワルイから、展示されないんだろうなあ……じゃあダメじゃん。

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ちなみに補足すると、例の記事みたいに「知識をひけらかす」のはやめた方がよいと思います。あとギャラリートークですが、学芸員の顔はちゃんと立てましょう。「俺の知識で論破してやる」なんてのはもってのほかです。印象が悪くなるだけでモテません。
もう少し補足すると、私は美術館でナンパしたことはありません。たとえできても気の利いたメシ食うところなんか知らんので、あとが続かないです。

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より以前の記事一覧