2017年10月15日 (日)

澁澤龍彥 ドラコニアの地平(世田谷文学館)

昨日、両国の大ダルマイベントで描いてるところを見れずに凹んだが、気を取り直し……てないがまあ行ってきた。今回は美術鑑賞というより、文学館訪問みたいな。澁澤龍彥で最初に読んだのは「夢の宇宙誌」でしたな。小説ばかり読んでいた私だったが、おお、こんな面白い本があったのか! っていうぐらい面白く、それ以降、いろいろ読んだものです。

最初に地球儀があって、廻転する球体が好きだというような話、とその草稿。美術作品として中西夏之の卵形「コンパクト・オブジェ」などがある。最後の長編小説「高丘親王航海記」の草稿あり。うーん、手書き生原稿。こないだの建築図面もそうだが、コンピュータに入力が主体で手で書くなんてのはなくなってくるのかな(オレももう手では書いてない書けない)。まあ文学はまだ建築よりも「手で書いてもよし」な感じがするし、手書きにこだわる人も多いと思う。で、草稿なんだけど修正指示がたくさん入っていて、フキダシで指示したりしているのも面白い。

60年代のコーナーがあり、当時のポスターとか貼ってあったりする。あと、ここには暗黒舞踏の土方巽の葬儀(これは86年)での弔辞の原稿と、本人朗読の音声。うーん、こんな声だったのか。初めて聞くな。なんか知的でクールな声なのかと思ったら、意外と甲高い。でもこの頃既に喉をやられていた(癌)そうなんで、本当はもっと違ったのかもしれないが。しかし土方巽って、私はほとんど知らんのです。ダンス見ないし、まして暗黒舞踏ってあのう……白塗りみたいなやつ? うーん、ちょっと見る気がせんなあ。あ、映像が流れています。中村宏が撮ってるらしいが……あの現代美術家の中村宏か? あと池田満寿夫のコラージュ(だよな)がある。「聖澁澤龍彥の誘惑」とかなんとかいうタイトルで、そうか交友もあったのか。

それから博物誌や美術関係など、草稿いっぱい……っていうかかなりの数展示してる。はじめの方は読んでたりしたが、あまりに数が多くて読まずに眺めるだけになった。それから応接室と書斎なんてコーナーがあって、美術作品もちょっと展示。池田満寿夫あり。サム・フランシスだと思ったら加納光於ですかい。下の方のアートっぽいカラスなどは……え? 加山又造? あの現代琳派の、割と一般ウケの加山又造がこんなところにあるなんて意外だ。あと美術品では、デューラーの版画、おっとヒエロニムス・ボスの版画も一枚あるじゃないか。あと異様な建築空間のピラネージの版画も。いずれも澁澤好み。展示はガラスケースの距離があってちょっと見づらい。美術品ケースがまだあり、エロティシズムコーナー。金子國義の絵がある。四谷シモンの機械見えてる少女人形。ベルメールの少女の下半身だけ2つ結合の人形がヤバい。ヘンタイ以外のなにものでもない。あまり関係ないんだけど、この手のストレートなインパクトは、今流行りの「怖い絵」の読み解きインテリジェンスとは対極にあると思うんよ。読み解き好きのインテリどもには一言言ってやりたいが、それはまたの機会じゃ。もっとも、澁澤龍彥の絵画評も結構ちゃんと読み解いていて、その先の画家の心理にまで突っ込んでいるので、「怖い絵」の中野京子とそんなに離れていないのかもしれない(「怖い絵」読んでないのだ)。

以降、今度は旅のコーナーがあり、旅には出たくないんで不機嫌だけど出たら調子が出てきちゃって機嫌がよくなるって。なんだかんだ結構旅をしている。旅のメモがあるぞ。それから書斎のコーナーと書簡のコーナー。最後は「高丘親王航海記」の草稿連打で終わり。

この施設行ったことなくて、大した規模じゃないのかと思ったらこれがどうして、草稿がこれでもかっつーくらい展示してある。まあ全部読んでるわけにもいかんと思うが。見ごたえあり。あと常設展示でSFやってた。海野十三という知る人ぞ知る巨人のコーナーが嬉しい。
http://www.setabun.or.jp/exhibition/exhibition.html

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2017年10月10日 (火)

麻田浩展(練馬立美術館)

サブタイトル「静謐なる楽園の廃墟」とのことで、初めて見るような人です。いや、でも1枚だけどこかで見たようなのがあるんだよな。この人、1997年、65歳で自ら命を絶つ……だって。

概ね年代順で、最初は「画家としての出発」ということでマチエール(質感)にこだわった立体的な抽象画が多いですな。「無題」の砂のキラキラとか「作品C」のアスファルトが溶けた凹凸みたいなのとか、とにかく写真で見ただけじゃ分からない世界を探っている。

それから「変化する意識と画風」というところで、「再び血統の樹」というのは抽象のような生き物のような人間のようなヤツが横たわる。「浮上風景」は女神の下半身か。「落下土風景」あたりからシュールレアリスム風景みたいになってくる。あと、絵ごとに色調を統一させているので、実にセンスがよい感じがする。「水の風景」も深い緑色を中心にしている。

それから「パリへ」ということで、パリへ行き始めると「原風景」という月面みたいなのが登場。「原風景(重い旅)」なんてのはまんま月面みたいですな。「原風景(赤)」も赤い月面つまりクレーターの大地。あとアイテムとして鳥の羽根が使われてくる。時に世界を浮遊しているのだ。「かなたから」とか。あとは溝が画面を横切ったりする作品「ひとつの溝」は赤系の世界、「緑の風景」は文字通り緑の世界。先の色調の統一感もあり、なかなかオシャレなアートで、それでいて安っぽくない印象だ。蝶や羽根などのアイテムも装飾的といってもいい感じで使われる。

「帰国」ということで、やや鳥瞰気味だったのが、真横からの視点への変化。「物・漂白」で真横から。相変わらず幻想風景で、「地・洪水のあと」なんていう大作は、描いてあるアイテムがいちいちゴミのようで、「旅・陰」はそれでいて色調が整っているので、品のよい作品に見える。「蝶」という作品があるが、なんと立体のガラス絵で、解説にある通りこジョゼフ・コーネルの影響を受けて見える。小さい箱庭のような、それでいて、広い世が小さくまとまった感じ……ま、さすがにコーネル御大にはかなわないと思うが。。

それでとうとう「晩年」。「水の中」や「何時か」は海の中を描く、ちゃんと魚もおります。「庵(ラ・タンション)」は幻想風景の中央に横向きの老婆のような女性のような、いや誰だというような。あと最後のほう「無題」というのが絵が光を放っている(そう見える)。何が光ってるんだ、おお帆船の帆のようだな、輝いていて、光が地上を照らしているではないか。不思議な絵だ。「四方・光」も光を感じる(この光を感じるといえばあれだな、速水御舟の「炎舞」を思い出しますな。だいぶ違うが)。「四方・影」は今度は海の中。深海クラゲみたいなのがいて面白い。晩年の「源(原)樹」は木に絡みつくヘビがモチーフ。晩年でも充実している。

何とも不思議な感じというか、静かな感じで色調と雰囲気がよい幻想風景が多数。まったりできるぞ。
https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201706081496892744

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2017年10月 2日 (月)

安藤忠雄展 挑戦(国立新美術館)

何を隠そうというか、隠した方がいいんだけど、私は建築学科出です(ほとんど忘れているもんで)。まそれはさておき、建築系の展覧会は当たり外れが大きいです。つまらんものは図面と模型少しとかでじぇんじぇんつまらんです。もちろん図面が読めてその建築の凄さが分かる人にゃそういうのも面白いでしょうが、まあそんな人は多くはないでしょう。近頃はCGを使っていたりして、見ごたえあるのもしばしばありますな。で、そういう意味ですと、今回のこの企画はかなり面白い。なんたって実物のコピーがあったりする。にしても、日曜朝一でもそれなりに混んでいた。

最初は住宅。私が学生のころに既に話題だった「住吉の長屋」というのがあって、その大きな模型や図面がある。家が中庭で分断され、部屋の移動にゃ一回外に出るという画期的な家。季節を、外の風を感じるゾ……まちょっと住みにくそうだが。あと、家じゃないけど「大淀のアトリエ」の空間再現もある。建築はその空間を感じるものであるからして、いかに感じさせるかが展示のポイント。その後、住宅がいろいろ並ぶが、解説が丁寧で一つ一つ大きくないもんで、人が列をなしていて動かない……なんで、ここは斜め見。まあだいたい「住吉の長屋」っぽい、バリアフリーじゃない感じの、というかあえてバリアーを作って空間演出するのが多い感じで。あ、あとほとんどコンクリート打放し。つまり灰色の壁。安藤忠雄といえばコンクリート打放しだよなあ、というぐらい定番。

ところで、ここで大事な話。建築学科の学生諸氏にぜひ注目してほしいのは「手描き図面」だ。現在、仕事で図面を描くのは全てCADつまり、コンピュータの作図ソフトを使う。進んでいるところではその建築データが3次元(3次元CADな)であって、そのままCGに持って行く(光とか計算して本物そっくりよ)。つまり現代において、手描きはラフスケッチぐらいしか存在しない、今回の企画においても、最近のプロジェクトでは図面は展示されていない。存在していないのだ。従って、手描きの建築図面、特に名建築のものは、見る機会がほとんどない。貴重だぞぉ。刮目しろぉ。ぜひ「手描き図面の味」を感じていってほしいぜっ。

住宅が終わると、今度は「光」というコーナーになり、ここで有名な「光の教会」の紹介。これも学生の時話題だった。正面のコンクリート打放しの壁が十字に切られていて、十字の光が射してくる神秘の演出。なんと実物大のものが美術館の屋外に再現されていて、建築空間がそのまま体験できるっ! これは見ものだ。目玉だ。これだけでも元は取れる。写真も撮れるんでインスタ蠅が群がっているが、まあ建築空間だからそんな気にならん。俺も1枚撮っちまったい。しかし、教会としてこういう簡素なつくりなんでプロテスタントかなと思ったらやっぱりプロテスタントだった(カトリックは絵画とか装飾使ってゴテゴテ演出してる)。プロテスタントなんだけど、なかなか粋な演出ではないか。あと教会の紹介では「水の教会」というのがあって、水の上に十字が立つこれも神秘。北海道にあるそうです。どこにあるのかな……え? トマム? ああっ、今年夏に行ったんだけど見てねえじゃん。知ってたら見に行ったのに。

後半の展示では結構規模のある商業施設とか。島にいくつも建物を建てた「直島プロジェクト」がデカい模型と映像で紹介される。他のプロジェクトも見ごたえあるデカい模型が豊富で、なかなか楽しい。あと、安藤建築は意外と身近にもあると知った。「表参道ヒルズ」これね、確かに安藤だ。今時の建築だから地域から浮いているかというと、意外とそうでもない。そうそう、表参道ヒルズは何回か行ったけど、結構表参道からの導線が自然で、入っていって気がつくと、不思議な大空間に出る感じだな。よくできてるじゃん。東京ミッドタウンにある、「21_21」も外面はちょい地味だけど、中で凝った空間になっている。安藤建築は外見は周囲環境からあまり浮かないようにして、中の空間で勝負というのが多いようだ。東急東横線の渋谷駅もそうで、中に球体というか、丸いものを抱えた空間演出をしている。それから上野にある「国際子ども図書館」も安藤らしい。行ってない。他に目立つのは「上海保利大劇院」という劇場で、外観は四角いけど、丸い穴なんかあいていて、中の空間は曲面が主体というような、これまたドラマティックな演出だな。あとは完成しなかったあるいは途上のプロジェクトもいろいろ。中之島の計画案は有名ですな。海外のプロジェクトも多く、世界の安藤を感じることができる。

最後は植林など緑を育てるプロジェクトもしているという紹介。いやあ、これは鑑賞してどうというもんじゃないけど、活動としては素晴らしいですねえ。

とりあえず実物大「光の教会」だけでも見もの。ただ、「建築は芸術」には違いないけど、芸術面だけを全うしてもダメなんだな。「形が美しいだけで音の鳴らないピアノ」じゃいかんと言ったのは、バックミンスター・フラーだったかな。あと形は凝っているがメンテがやりにくくて悪評とかな、そういう問題も出てくるのだ。
http://www.tadao-ando.com/exhibition2017/

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2017年9月24日 (日)

シャガール 三次元の世界(東京ステーションギャラリー)

幻想的絵画でおなじみのシャガールの、立体ものかあ、あんまし期待できねーなー、などと思っていたらこれがなんと、やるじゃんシャガール、実は絵画と同じぐらいイケる、というお話。

最初に有名な「誕生日」って絵があるんだけど、女が来て男が舞い上がってチューしてるヤツ。これは1915年に描いたのを、1923年に自分でほとんどオリジナルと同じぐらいのレベルで模写したものだって。で、それの彫刻版っつーか顔だけのがあります。この段階では大理石でなかなかいい感じだなーぐらいしか思わなかった。

それから年代順で初期のね「座る赤い裸婦」なんてのはゴーギャンの影響だそうで、確かにですね「本当の色なんかどうでもいいんだっ、裸婦が赤く見えたんなら、You赤く描いちゃいなYo!」というジャニーさんじゃなかったナビ(ゴーギャン)の声が聞こえてくるぜっ。「のけぞる男」は初めて見るが文字通りのけぞってる男の絵だ。「静物」って絵がある。これ文字通り静物でキュビズム風なんだけど、色彩が思いっきりシャガールでな、静物画は珍しいので新鮮だ。シャガールは流行の絵画スタイルを結構研究していた模様。「櫛を持つ裸婦」なんてのもキュビズム。

で、ここから立体ものが出てくるが、最初は彩色陶器だった。つまり花瓶っぽい……んだけど、これがまあ結構スゴい。最初に「青いロバ」ってのがあってだな。ロバの上半身みたいな花瓶なんだけど、見る方向によりいろいろ表情が変わる(※ロバの表情じゃなくて作品の表情な)。色もシャガール風についているもんだから、シャガールの絵に動きが入ったようなものである。うむむむ、こ、これは面白い。「彫刻された壷」も彩色陶器。器の内側に裸婦、外側に恋人達。「散歩」なんかもいいですな。花瓶の形と男女の体がうまく合っている(ったって分かんないと思うんで実物見てくり)。「青い婚約者たち」もいろいろな方向から見れる。つまり立体でありながら「絵画的」に楽しめるのだ。うーん計算して作ってある。これら立体の構想下絵もあるぞ。

ここから「立体への志向」ということで、どんな立体をどういう傾向で作っていたかをコーナーごとでまとめている。最初は「動物モチーフ」でもちろん動物なんだけど、「空想の動物」なんていう何だか分からないけどシャガールワールドの動物がいて、そのブロンズとかね。「ラ・バスティーユ」という絵があって、これはシャガールの色彩ど真ん中で私は好きだな。やっぱこの、青、赤、紫の入り乱れて深い感じだよな。

階を移動し「肖像、二重肖像」のコーナー。愛しているから顔が溶け合ってくっついちゃったのだ……というホラー的シチュエーションもシャガールの絵画だと美し……いや、ま、ちょっとキモいが。いや、キモいっていうか、絵画「二つの顔を持つ紫色の裸婦」なんて幽霊的な、「二つの顔のある頭部」なんて心霊的な、つまりそのう、生理的な何かではなく霊的な何かを感じる次第である。立体では「二重の横顔」という、文字通り顔二つなんだけど、これ変な立体だなあと思ったら羊の骨だってお。

「重なりあうかたち」コーナー。これは意外なものを一つの画面に入れ込む「デペエズマン」って手法……を集めたらしいが、見ていてもよく分からん。まあシャガールの絵が総じてデペエズマンみたいなもんだしな。絵画では「緑の目」というのが靉光みたいで面白い。全体緑で。立体では「女と動物」大理石のどっしりした感じ。大理石ものは彫刻で彩色はしていない。なもんで、私としては彩色された立体の方がシャガールらしさがあって好きなんだが、この大理石ものも悪くはないですよ、うん。シャガールが材料の特性を理解して作っているのが分かる。

「垂直性」のコーナー。ここも石削っているのが多いのだが、要するに「柱」っぽいもの。石はちょっと石柱っぽさがあった方がイケる、ということに気づいたシャガール。「アダムとイヴ」は円柱、「キリストの磔刑」も石灰岩で柱っぽい。磔刑ったって十字架じゃなくて顔のところだけど、なかなかよい。絵画では、やはりキリストものが多いのだが、「キリストと雪の村」のキリストは……これはなんか緊張感がなくてイマイチだな、「橋の上のキリスト」も磔なんだけど、表情が穏やかなもんで、一見腕を広げてウェルカムしているようにも見える。これで「立体への志向」コーナーはおしまいなのだ。

「平面と立体の境界 聖なる主題」コーナー。文字通り宗教ものイパーイ。絵画と立体と、板への浮き彫りが入り乱れる。「エルサレム(嘆きの壁)」は手堅い絵画、「モーセ」は石でできた柱もの、「パテシバⅠ」「パテシバⅡ」は、伏せたドーム型っていうんですかね、丸いのね。あとは「『聖書』のための挿し絵」ということで、版画ができあがっていく課程を展示していたり。次が「素材とヴォリューム」のコーナーで、絵画「赤い背景の花」はなかなかの大作。隣の絵画「画家と妻」で妻は分かるが画家はどこだ? おっと背景の赤色にまぎれておる。彫刻「女=雄鶏」大理石とブロンズでそれぞれ浮き彫りで、いい感じではある。最後の方の絵画「紫色の裸婦」も大きめ作品。「アルルカン」は下絵で適当にそこらの布なんかを千切ってコラージュで作った人物を拡大してキャンバスに描いた面白もの。

最初の彩色陶器の立体絵画っぷりがあまりによかったもので、後半というか終盤はやっつけぎみな鑑賞になってしまった。いや、シャガールがこれだけ立体にこだわって優れたものを作っていたとは知らなかったし、知らない人も多いと思う。これは「行き」だぞ。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201709_chagall.html

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2017年9月17日 (日)

驚異の超絶技巧!(三井記念美術館)

明治工芸から現代アートへ。そういえば藝大美術館だかでやってたのを見落としています。なもんでこれには期待&絶対混むと思い、とにかく早めで雨で台風接近中の本日狙いで的中。割とすいていた。小6の娘が同行。

そういえば2014年に同じようなものここでやってるんだな。でも今回は現代アーティストの技巧的作品も展示してる。で、これがまあスゴい。バカテク連発。最初にある高橋賢悟「origin as a human」からして細かい花の破片(金属らしい)をちまちまくっつけて膨大な手間だと思わせる。

この手の企画でおなじみの自在置物も、明治の金属板でできたヤツより、現代作家の本物そっくりなのに驚く。春田幸彦「有線七宝錦蛇皮鞄置物『反逆』」これ七宝ですか? 蛇皮の鞄でデカい蛇の頭ついてるんだけど。あと橋本雅也「ソメイヨシノ」鹿の角から彫りだした、なんだよおいこれしっかり花びらじゃないか。前原冬樹の「一刻:皿に秋刀魚」のバカテクにも仰天。これ一つの木から皿とサンマ(骨も見える食べかけ)をいっぺんに彫りだしているんだと。ほええええ。稲崎栄利子「Arcadia」はどう見ても白い珊瑚なんだけど、陶器の作り物だとかで、磁土をこまかくくっつけているらしいが、あまりに有機的で細密ので、本当に作り物なのか、なんだかよく分からないがこれもひたすらスゲエ。次の間に明治の有名どころの安藤緑山「胡瓜」象牙を彫って着色して本物そっくりだお。でも、ここまでの現代テクを見ると、割と普通に見れてしまう。

あとで気がついたのだが壁面にあったらしい山口英紀の超絶水墨を見落としてた……シマッタ! まあ現代アートだし、またどこかでお目にかかるでしょう。

大きめの展示室にゃ七宝、漆工、木彫・牙彫、陶磁がずらずら。七宝はもともと細かい絵の印象が強いので、見ていても、あーなんか普通だな、という感じ。でも本多與三郎(よさぶろう、らしい)の「龍鳳凰唐草文飾り壺」は球形で細かくて見応えがある。あとは陶磁で初代宮川香山「崖二鷹大花瓶」これは花瓶にでっかく鷹がくっついている感じ。深彫りというんだって。部屋の中央のケースでは安藤緑三特集。本物そっくり果物とかキノコとか。お見事……なんだけど、我が娘の言うことにゃ、世界堂にあるアレに見えると。アレというのは、静物画練習用のフェイク果物。ハ、ハハハ確かにあれ本物そっくりでよくできてるよな。

次の展示コーナーは自在置物特集。やっぱり超絶技巧といったらコレだよな、という人気の定番。現在作家、満田晴穂の「自在蛇骨格」がマジヤベエレベル。自在蛇は時々見るが、骨になった蛇が自在という仰天もの。同じ作者の「自在十二昆虫」もなんか動くべきところは全部動かせる、というバカテクもの……なんだけど、展示では置いてあるだけなんて、隣の明治期の昆虫と見かけはそんな変わらないのだ。あとは鯉だの龍だのの自在置物。金工のコーナーになり、山田宗美「瓢形一輪生」一見ただの黒い金属瓢箪……なんだけど、一枚板から曲げて加工して作られたらしい……え? この絶妙な曲線をですか? 曲げて作ったとですか? というシブい超絶技巧が冴える。雪峰英友「菊尽香炉」は、分かりやすく金属を削って細かく花いっぱい。それから刺繍のコーナーで、刺繍絵画「粟穂に鶉図刺繍額」これのポイントはメチャ細い意図で作られたクモの巣……なんかこれで思い出したのは昔プラモデルで、戦闘機のアンテナ線を作るのにプラスチックをライターで炙って細く伸ばし、それを使ったことだな。ほとんどうまくいかないが、できる人は超できる。

次の展示室にゃ、一見白い刺繍絵画だけどブラックライトを当てると模様が浮き上がる青山悟作品。白い世界地図に国境が浮き上がる、なんてのもあるぞ。

最後の展示室。ほとんど現代作家。大竹亮峯の「自在 眼鏡饅頭蟹」が丸っこくてカワイイ。ここでも前原冬樹のバカテク炸裂「一刻:有針鉄線」は一本の材料から有針鉄線とそれに絡まる蔓を彫り出すというもう狂ったような作品。隣の「一刻:空き缶、ピラサンカ」も木で空き缶作るんかいというシロモノ。橋本雅也の鹿の角で「キク」「ダッチアイリス」これもスゲエ。あと鈴木祥太「綿毛蒲公英」金属で綿毛のタンポポを作っている。うわああ。また春田幸彦の七宝の鞄がある。口に歯がついとる。稲崎栄利子の陶器もある。これは黒い自然物なんだけど、あまりに自然物していて、陶器と言われても驚く以前にピンとこなさすぎる。臼井良平は水の入ったビニール袋とか潰れたペットボトルとかをガラス工芸で作る。むうう。

そんなわけで誰が見たって驚くようなヤツが満載で、こりゃ混むから早く行ってね。
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/

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2017年9月13日 (水)

そこまでやるか 壮大なプロジェクト展(21_21 DESIGN SIGHT)

大規模プロジェクトの一挙紹介だそうで、グッとくる展覧会タイトルで、前から気になってはいたんだがやっと行ってきた。出品リストのようなものが無いようなんで、メモ……も取るのが面倒になったのでチラシと記憶頼りね。

最初は大規模梱包でおなじみのクリストとジャンヌ・クロード。湖に100,000平方メートルの布を渡すのと、ドラム缶を大量に積み上げて構造物を作る「マスタバ」というプロジェクト。いずれも構想図などを展示。あとクリストのプレゼンビデオ……なんだけど長いから見てなくてな。いや、現地が一番おもしろいというミもフタもない事実はさておいても、布敷く方は実現したんだから写真ぐらいあってもよくねえか? ビデオの中にあったのかな。ドラム缶は実現してない模様。しかし、クリストとジャンヌの現物を一度は見てみたいものだな。

次、石上純也の中国だったかの教会プロジェクト。幅1.35mで高さ45mの……ったってピンとこないよ。構想図はあるけど。模型ぐらい無いのかい……と思ったらなんと展示室内の曲面壁かと思ったヤツが模型だった。なんちゅーか曲がった壁の隙間に入っていくような感じで神に出逢うんじゃ。その演出分からんでもない。

次は500人が入る風船……ってことで福島の復興プロジェクトの一つで、デカい風船状のコンサートホールだお。模型があるが外観は紫色プラムみたいでイマイチだ。でも内観はなかなかよさそう。何より、実際にミッドタウンにも出現するんだって。

淺井祐介の連続時間96時間とかいうプロジェクトだが、なんか泥を使ったとかいう絵なんだが、何がそこまでやるのかイマイチ分からず。パッと見、アウトサイダーアーティストのアドルフ・ヴェルフリっぽく見えますな。

ヌーメン/フォー・ユースのテープ21,120mの床。というものだけど、ビニールテープを大量に使って、曲面で囲まれた空間を作り上げる。展示室内にド目立ちするデカいもので、これは目の前で実現しているプロジェクトだ。順番で中に入れるぞ。オレも入ってみたが、結構頑丈にできている。ちょっとした異世界気分だ。子供の遊具になりそう。

ダニ・カラヴァンの長さ3,200メートルの彫刻……は構想図でイマイチ分からず。

ジョルジュ・ルースは重なる1°の奇跡……だがなんのこっちゃ。はい、これ無数の細い材木(だよな)を使った構造物なんだけど、ある一点から見ると、きれいな円形の模様が見える。この手は何度か見たことがあるので、ま、そこまでやるかってほどのもんではないが、見るものとしては面白い。写真も撮れるお。

これで全部かな、と思ったら隣のギャラリーがもう一つの会場。西野達の実現不可能性99%というものだそうで、この人は、観光地とかいろんなところをそのままホテルにするとかなんとか無理矢理な構想している。で、ここのギャラリーをカプセルホテルにしたものが、そのまんま展示。ちゃんと個室というかパーソナルスペースに布団が敷いてあって、タブレットも置いてある。実際に中の布団でくつろげるぞ(15分制限あり)。面白いのはテーブルセットの部屋やら給湯室までしっかり作ってあるのだ。最初このギャラリーの施設かと思ったら「展示品」とか書いてあるので、おお、これも作品かと思った次第である。

体験っぽいのもあってなかなか面白い。
http://www.2121designsight.jp/program/grand_projects/

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2017年9月 9日 (土)

ボストン美術館の至宝展(東京都美術館)

広い分野からちょっとずつー……みたいなんで、あまり期待していなかったんだけど、行ったら、あーこりゃもっと早く行っておくんだったなーっていうぐらいのもんがある。10月9日までだってお。

最初はエジプト美術。ま、これはオレにゃあアウェーなもんで、流し見程度だお。でも石に刻まれたエジプト文字とか、なかなか味があってイイですな。頭の像の石が白くてキレイだぞ(ってな程度の印象)。「ツタンカーメン王頭部」とかあるんだけど、例の金色じゃないな。小さい金の人形がビッチリ並んでつながっている首飾りもありましたな。そういえば、ボストン美術館のコレクションを成り立たせた偉大なコレクター諸氏もパネルで紹介されていたりするのです。

次はいきなり中国美術に。五百羅漢図からの2つもなかなかだが、やっぱし大作の陳容「九龍図巻」巻き物で長い。文字通り龍の絵が並んでおって、物語っぽくなっている。龍もいいんだけど、なんか雲とかのね、渦がいいよね、渦がね。

日本美術。これがボストン美術館の重要なコレクションで、要するに明治の美術なんて分野よく知らなかった日本でアメ公がメボシイものをゴッソリ持ってっちまいやがった。まあ保存ちゃんとしてるからその方がいいのかもしれないが。ともあれコレクター紹介では日本でのおなじみの名前が飛び交う。モースとかフェノロサとか岡倉天心とか。展示はええとまず乾山とか仁清の焼き物があってだな、絵はいきなり司馬江漢じゃねーか! 「秋景芦雁図」鳥なんです。油彩じゃなくて日本画だけど結構立体的につまり得意の洋風で迫ってる。色が結構ちゃんと残っていて……そう、江漢の絵って退色してるのが多いんだけど、これはちゃんとしてる。いや、他の展示品も保存がメチャいい。昨日描いたみたいな色で残ってるんだよね(あるいは修復したかだが)。与謝蕪村の屏風。よっ文人画。空間のあけ方がなかなかだ。曾我簫白「飲中八仙図」例の奇面フラッシュ炸裂。「風仙図屏風」は再会だと思うが、これも例の顔と、あと風巻き起こる渦巻きがイカす。英一蝶が2つ「月次風俗図屏風」これもいいのだが、次のヤツにどうしても目が行く「涅槃図」むうっ! これデカいぞ(涅槃図にしては)。しかも横たわる釈迦の周りに嘆く羅漢達……だけでなく、動物も、架空の動物も、天女も、なんかいろいろ入り乱れて描かれている。おい、こりゃマジスゲエよ。多様性の表現みたいだお。これはコレクションしてから一度しか公開されていなくて、今回の里帰りのために修復したんだって。そのビデオも紹介されていた。ううむ、これ、目玉といってもいいでしょう(ポスターにはなってないが)。あとで見たゴッホより全然スゲエよ。英一蝶なんて、名前だけ知ってたようなものだが……こんなところで名品を持っているとは。あと松村景文、岡本豊彦、東東洋の「松に鹿蝙蝠図屏風」の馬が妙に3次元っぽくリアルじゃんか。

次はいきなりフランス絵画だお。最初のミレーの「ブドウ畑にて」はなかなかいいが、それ以降はこれといって、スゴいのもなけりゃあ、ダメなのもない。手堅い。ヨーロッパのなんちゃら美術館展なら普通に見れる。コローはもっと大きな絵はなかったんか? 「サン=マメスのラ・クロワ=ブランシュ」は水辺もので、シスレーかと思ったらシスレーだった。モネもいくつか、「ルーアンの大聖堂」はド定番。「睡蓮」も定番でいくつもあるのだが、ここのは変に崩れていないし抽象化もされていないんで、なかなかいい雰囲気だお。ポスターにもなっているゴッホが2点。いずれも人物で、ゴッホらしいけど、まあズバ抜けた傑作ではないよな。解説も多いし(解説が多いってことは、それだけ情報を加えてやっとありがたく鑑賞できるって場合が多いのだ)。あと、静物画があるけど、これがなかなかよい。シスレー「卓上のブドウとクルミ」シスレーにゃ珍しく静物で、シスレーとは思わなかったシツレーしましたって感じだお。次のセザンヌ「卓上の果物と水差し」は一見普通だが、右上の方からデッサンを崩して、自分の世界に引きずり込んだ感じがしてて、危うくてセザンヌらしくてよい。クールベさんもタチアオイを描いててちょっと寂しい系。療養中だった模様。ルノワールの静物も珍しい。花のホワホワした感じがさすが、うめえな。

アメリカ絵画。歴史が浅いだけに、最初の方の絵を見ても当然あんまりうまくない。なんか大味なんだよなあ。でもどんどん技術は発達しウィンスロー・ホーマー「たそがれ時のリーズ村、ニューヨーク州」の寂しい牛なんか、独自色が出始めている。チャイルド・ハッサムのアメリカン印象派は。完全にイマイチレベルだ。あとオキーフが2点。オキーフぐらいになるとちゃんとアーティストになってくる。花びら拡大のスタイルとか、「赤い木、黄色い空」の赤い、木というよりオブジェといった存在感がイカす。

版画と写真のコーナー……アウェーだと思っていたら、オレの好きなエドワード・ホッパーがあったりして油断できない。しかしホッパーの寂しい油彩が見たかった。それから現代美術のコーナー。ウォーホルがある。サム・テイラー=ジョンソンの「静物」はビデオ作品。いかにも絵画的に置かれた静物であるところの果物がだんだん腐っていく様子を撮影して高速で再生。九相図みたいに諸行無常……ってわけじゃないか。置かれたプラスティックのボールペンが変化なし、というのが見所らしいが、その対比だけでは意味が分かりすぎるな。で、次はなんと日本が誇る村上隆。ジャパニーズアニメ表現のおいしいところをカスメトって自分の巨大作品のモチーフにして西洋美術界にうまいことプレゼンして大成功。アクリルのテカテカした質感がやっぱこれだよなって感じがする。ケヒンデ・ワイリーはアフリカ系アメリカ人がモデルの絵画。最後はデイヴィッド・ホックニーでおしまいなのだ。

各分野の量もほどよく、うまいこといいとこ取りしているんで、行って損はないゾ。
http://boston2017-18.jp/

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2017年9月 3日 (日)

サンシャワー 東南アジアの現代美術展2(森美術館)

先週の新美術館に続き、今週はもう一つの会場の森美術館だお。テーマもボリュームもデカいので覚悟してかかれい。
ちなみにどっちも音声ガイド無料。普段は使わないんだけど、無料だから……ってわけでもなく、知らんアーティストばかりなんで借りた。んー、音声ガイドもいいんだけど、作品の印象まで述べられると困る。こっちもその通りの印象を受けなきゃいかんのか、と思ってしまうんよ。印象は人それぞれでいいはずだ。諸君も音声ガイドにゃ気をつけよ。(そうは言ってもおめーは印象を書きまくってるではないか、と思うかもしれんが、これは読み物であってガイドではないのだ)

「発展とその影」のコーナー。文字通り発展していくアジアとその発展に残されたもの。最初にズル・モハメドのパイプとスピーカーを組み合わせたもの。車の振動が聞こえ、人の声も聞こえる。ジャカルタ・ウェイステッド・アーティストは、古い看板をもらって新しい看板を作り、古い看板を回収して、それを展示。ええと、リュウ・クンユウはマレーシアの各地の写真をコラージュして、カラフルでキッチュな画面を作る……ってガイドのまんまの形容なんだがまあその通りだな。インドネシアのアディティア・ノヴァリ。あーこれ面白かったね。商品紹介コントみたいなビデオがあってな。その商品の実物が並んでます。一応風刺的な意味があるっぽい。カンボジアのリム・ソクチャンリナは、ハイウェイ拡幅工事でどかなかった家の写真。おお、これ都内某所で実物を見たことがあるお。その家の周りだけ深く掘られてて異様だったお。外国にもあるんだ。

「アートとは何か? なぜやるのか?」ってコーナー。ここで前回疑問に持っていた、なんで東南アジアのアートは、お国柄や社会情勢、社会問題に密接に関係したものが多いのかってのが一応解消。発展途上国はアートの制度も遅れているので、アートとはいっても社会や政治に関わっていないと、扱ってもらえんというのです(だよな)。ここでは、アートプロジェクトの紹介なんだけど、島に住んで問題解決とか、作品を売ってギャラリーの資本にしようとか、炭坑に入って労働者と一緒になって社会問題を考えるとか、実に意義のある活動……なんだけど、ストレートに意義ありすぎていてねえ。ここでも私は折元立身のパフォーマンスを考えたりする。例えばアート・ママの一見意味のないパフォーマンスにも、その背後に介護やストレスといった問題があるんだけど、これも「これが問題です!」とぶち上げてやらないところがアートたるゆえんだよなあ、と思ったりする。意義があってもほのめかす程度で、ババーンと出すのはなあ。やっぱ発展途上的な印象を受けるんよ。

「瞑想としてのメディア」コーナー。タイのコラクリット・アルナーノンチャイは一部屋のインスタレーション。ポエトリー映像だがラッパーでもあるんだと。龍の造形がいい味だしてるお。ミャンマーのマウン・デイは手堅い鉛筆画。同じミャンマーのポー・ポーは地水火風のグラフィック……普通だ。インドネシアのアルベルト・ヨタナン。おお、これも面白かったね。白い陶器のセラフィム(翼だけの天使みたいな奴)と花が2000個が壁にびっしり。壮観だお。カンボジアのソピアップ・ピッチが竹などで作った有機的造形。普通によい。えーとしばらく行って……インドネシアのアグス・スワゲが定時の宗教放送が壁から聞こえてくるインスタレーション、あと宗教放送のトランペットに耳をふさぐ人の彫刻。日本ならさしずめ、5時半の子供達は早く帰りましょう放送だな。うるせーよなあれ。あれで耳ふさいでるの誰か作らないかな。

最後の「歴史との対話」コーナー。最後まで真面目ですこと。ベトナムのバン・ニャット・リン「誰もいない椅子」は面白かった。床屋の椅子が実際のベトナム戦争で使われた戦闘機の椅子で、そこで、元兵士の髪をセット。ベトナム戦争ものといやぁアメリカだが、当のベトナムのアーティストってところが大いなる意義がある。カンボジアのヴァンディー・ラッタナの爆弾が爆発した跡地写真。分かりやすい。いろいろあって最後、フィリピンのフェリックス・バコロールの「荒れそうな空模様」という1200個以上の風鈴インスタレーションがクライマックス。一見華やかだが大量生産と大量消費を暗示だお。扇風機で鳴らしているが確かに音を聞くと心地は良くない。警告のベルにも聞こえるのだ。

2会場で作品ギッチリで真面目に鑑賞するならそれなりの時間を覚悟だ。2会場行っても1800円。コスパはいいぞ。
http://sunshower2017.jp/

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2017年8月27日 (日)

サンシャワー 東南アジアの現代美術展1(国立新美術館)

どうも「アジアの……」と銘打っている現代美術展の鑑賞は労力がかかる……というのも、その国の社会情勢やら社会問題を反映した作品が多い傾向があるので、ますそのお国事情を解説から読みとらないといかん。ボケーと見ているだけじゃ分からん作品が多い。そういうんでなしに、ただアートとはなんぞや、みたいな、言うなればあんまし考えなくてもいいような作品は「アジアの……」とは呼ばれず、通常の現代美術展、でお目にかかる。たとえそれが、アジアのアーティストであっても。つまりわざわざ「アジアの……」と入っている企画展に赴くにゃあ、そういう作品群に出くわす覚悟が要るわけだ。いやー、この企画森美術館と2館でやってて、ハシゴしようかと思ったが、1ヶ所つだけでオーバーフローよ。森はまたの機会じゃ。

最初は「うつろう世界」というコーナーで、世界地図とか使ったもの。イー・イランの作品タイトル。この作品はろうけつ染めで、自分の祖国(マレーシア)付近をクローズアップ。ティファニー・チュンのベトナムからの世界地図刺繍がなかなか。ウォン・ホイチョン「移民の皮膚/先住民の皮膚」というこれが結構面白い。植物の皮を人の顔の一部の形状にしてある。植物の解説付き。アウン・ミン、「五大陸-世界は壊れかかっているか?」など、世界地図が血を流したりボロボロになっていたりとそのまんまストレートな表現。ウダム・チャ・グエンのインスタレーション「タイム・ブーメラン」。五本指で五大陸を測る、というような彫刻作品を巡る、なんか映像とか石膏の世界地図とか、それを何人もの人で破壊するのとか、一連のいろいろ。

「情熱と革命」というコーナー。ますます社会派風味。ワサン・シッティケート「失われた情報」というプラカードを持った全裸のシッティケートの彫像50体が壮観。股間を見ると全員エレクチオンしてるお。FXハルソノが木のスタンプ一つずつ押すインスタレーション。言葉「DEMOCRASY」。最後の「Y」だけ故障中だと……わざとかな。同じく「遺骨の墓地のモニュメント」は赤ランプを使ってハデハデで。サンチャゴ・ホセの「情熱と革命」は絵とかを組み合わせた大型作品。ホー・ツーニェンのトラと人間の関わりの歴史についての部屋丸ごとインスタレーション「2匹または3匹のトラ」は映像もので、音量もデカくてそこらじゅうに聞こえているんだが、映像もパワフルでつい見入ってしまう。仰々しいナレーション(ポエトリー)がイカす。ティン・リンは反政府を見なされブチ込まれたムショ内で描いた作品群。ヘリ・ドノの「政治指導者へのショックセラピー」はキッチュな電動操り人形で、1時間に1回動かしてくれるらしいんで、他を見て、その時間めがけて行ったら既に終わったなどと言う。どうも作動は数秒らしい。気をつけろ。

「アーカイブ」コーナーはアートの流れ解説らしいが情報が多過ぎて見てられん。「さまざまなアイデンティティ」コーナー。植民地から独立した国なんかで、自分の民族的アイデンティティを見つめ直そうぜみたいな作品群。あーでも、日本人が日本民族のアイデンティティを誇る作品なんか作ると自称リベラルが文句つけたりするけどな。アジアの人達が自分の民族のために戦ったとかいうと素直に賞賛するくせに、日本人が日本のために戦うとか言うと、そんな戦争みたいなこと言うのは許さんとか言うしな。まーそれはさておき、ブー・ジュンフェン「ハッピー&フリー」はまんまカラオケルームで、シンガポールがマレーシアから独立しなかったらという想定のもと「統一マレーシア」の明るい歌謡シーン……だよね。こういうユーモアが日本のアートにもあるいは社会活動家にもほしいよねえ。リー・ウェン「奇妙な果実」。「イエローマン」という黄色い体に赤い提灯満載の姿で街をあるいたりするパフォーマンス。黄色は黄色人種というアイデンティティ。しかしけったいな格好でうろつくのは、かの折元立身の「パン人間」を思わせる……が、パン人間はパンという日常アイテムであり、キリスト教のアイテムでもあるところに着眼したもんなんでアイデンティティとは関係ない。むしろ西洋のアイデンティティに対する挑発でもある。というまあ、大きな違いがありますね。ムラティ・スルヨダルモのインスタレーションは、黒い服とチョークと……うむ、規模は大きいが意味がよく分からなかったお(この辺から疲れてきたの)。イー・イラン「バラ色のメガネを通して」も大量の写真を使ったインスタレーション。壮観だお。それから映像もんが連発するが見るのは時間もかかるし割愛。

最後「日常の生活」コーナーでもまだまだ作品が続く。ううむ……いかん去年見たディン・Q・レがあったのか、見落としてたぞ。何しろナウィン・ラワンチャイクンの生地の店丸ごととかいう展示があったり、スラシー・クソンウォンの大量の毛糸(だよな)を敷き詰めたふわふわ大部屋が目立っていて、インスタ蠅の巣窟になっていたり、アングン・ブリアンボドの実際に雑貨を買える店が出ていたり。

いやー、まともに見ていると、この会場だけで膨大な時間を使う。ド目立ちするものだけ見ていても結構スゴいぞ。森美術館はまた別の機会に。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2017/sunshower/

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2017年8月18日 (金)

道が拓ける(キタコレビル)

高円寺にある半壊しているような建物の中というか半分外みたいなところに、アートグループChim↑Pomが「Chim↑Pom通り」という小道を作り(誰でも通行可)、ついでにその半壊しているような建物で個展(これは有料)をするというもの。まず会場を見つけるのに苦労し、ウロウロしたあげくタブレットの地図とGPSを頼りにして、やっと外から見えるデカい「C」のネオンに気づく。

Chim↑Pomといえば、広島上空に「ピカッ」という飛行機文字を書いてヒンシュクを買ったり(スケールとインパクトからして今のところこれが最高傑作だと思う)、311後に渋谷の岡本太郎の絵「明日の神話」に原発事故を彷彿とさせる絵を追加したり、というお騒がせ集団的なところや、福島原発にレッドカードを掲げに赴いたりと、社会的な要素を取り入れていて、グループのチャラい雰囲気とはうらはらに意外と計算していて戦略的だったりする。

建物だか廃墟だかバラックだかみたいなところにある薄暗い小道に入っていって、受付でお金を払って(500円)、最初の展示はおなじみ「SUPER RAT」渋谷などでとっつかまえたネズミを剥製にして、ついでピカチュウのカラーリングをするというおふざけ傑作。いや、何度も見てるが結構好きだよこれ。今回は都市の廃墟のジオラマの中に置かれていたりする。で、その一つが円柱状のケースに入っているが、地面の中まで穴と通路がいろいろ見える。なんだこりゃと思っていると、ネズミが顔を出した、とか言われ、見ると、ジオラマの中の穴から本物のネズミが顔を出しているではないか。そんなしかけなのか。本物ネズミ……なんかカワイイ顔してるじゃねーか瞳もつぶらだし。すぐ引っ込んだが何度か顔を出したりした。何でも前回展示の歌舞伎町でとっつかまえたネズ公らしい。

急階段、というかほとんどハシゴを上る。若者はいいけど、こっちはバッグを肩から下げた中年ド真ん中で結構怖い。上の部屋ではビデオ上映。前回の歌舞伎町展示の様子。解体寸前ビルでやって、会期後作品もろともぶち壊す様子。なんか、作品ごとブッ壊す様子がなんとも言えんがダイナミックだ。いや、行きそびれたんよこの展示。行っとけばよかったな。歌舞伎町展示でのイベントの様子も少し流れていて、おや、あれは戸川純&Vampilliaライブに出てきたVMOじゃないか。あんなところで活動してたんだ。それからビデオでは今回の道を造る様子も紹介。歌舞伎町で出たゴミなどを敷き詰めているのだが、ちゃんとその上にアスファルトで舗装している。こういう土木作業が地道でいい。

階段を降りて、今度は地下室があるという。行くとこれまた急ハシゴで怖い。地下はなんとこのキタコレビルの地下部分をガラス張りで見せるものだが、ほとんどゴミの蓄積。急ハシゴを上って地上へ……って、これミニスカ女子は後ろに男子を連れてこれませんな。丸見えだもんな。上はマンホール(重くはない)になっていて、それを開けて地上へ。この瞬間はなかなかおもしろい。奇しくも上にどこぞの母子がいて、「ほらーでてきたよー、こんにちはー」と子供に見つめられてマンホールから出てきたネズミ気分だ。上の展示で目立つのが、あの渋谷パルコ(現在改装中)から持ってきた「P」の巨大ネオンサイン。それがすぐ頭上でチカチカしてる。これはパルコでやった個展でも見ていてあの時は暗い部屋の中で「C」と「P」が音楽に合わせてチカチカしていたんだが、あん時はあまりすげえとかいう印象はなかった。しかし今回、廃墟スレスレのキタコレビルに飾られていると、その、あまりの場違い感に驚く。あれがこんなところに! なんかすげえなおい。「C」は屋根(?)の上で、外の通りからなんとか見える感じ。

この手の破壊しかけみたいな展示はともすれば「メチャクチャやってりゃカッコイイだろ」ってだけのつまらんものになることがあるが、そこはChim↑Pomで、背景に割とちゃんとした、世の中で破壊されゆくものと、それとともにあるものに目を向ける、というようなコンセプトがあるので、そんなメチャメチャな印象はないし、なかなか面白い。うーん、でも私はまた社会に対してイタズラというか、ああいう挑発的な作品を見たいものですなあ。まあ鑑賞者は気楽なものだが。
http://chimpomparty.com/exhibition/

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