2018年2月17日 (土)

会田誠展「GROUND NO PLAN」(青山クリスタルビル)

大林財団の「都市のヴィジョン」という助成制度による展示で、アーティストが都市を研究、考察する。その第1回が会田誠。なかなか「攻め」の人選ではないだろうか。それに対し会田がまた会田らしく応えている企画。あれだけの展示スペースをよく埋め尽くしたというほど充実している。入場無料、撮影可能。

フロアがB1とB2に分かれていて、B1は美術展示いわゆるホワイトキューブっぽい空間。最初に「東京改造法案大綱」という文章がある。今回の展示は文章も多い。この大綱、内容は東京に水辺はどうのこうのというもので、かつての江戸が水路の町だと知っていると、そう意外性のない視点かもしれん。いや、別にいいんですが。次に「Shaking Obelisk」というオベリスクがウネウネする構想とジオラマ(模型)なんだけど、ジオラマは動くはずのところ故障中とか書いてあるがわざとか? 「東京都庁はこうだった方がよかったのでは?の図」という構想図とそれを山口晃に依頼した「都庁本案圖」。おお、山口晃がちゃんと描いている。形は面白いけど建築的には石垣だらけでどうでしょうというところ。あの石垣の中に部屋があるのかな。「シン日本橋」というゴジラ的にデカい日本橋。「風の塔」改良案。なんだっけ、東京湾のトンネルにあるヤツだよね。あれをもっとイケてるものにしようってんで、「ちくわ女」にする構想図。おおおっ、これは相原コーシのマンガ「コーシ苑」のキャラではないか! 同時代に見ていたオレ感激というか「びょおおおおお……」という効果音がほしい。「考えない人」は会田おなじみのキャラのジオラマ……って自分の作品に船の模型置いただけではないのか? 「成田空港お土産マグカップの思考実験」思考実験というか普通に作品だな。普通に面白い。やっぱし富士山とエロと109のヤツがいい(ったって実物見ないと分からんと思うが)。別の部屋でドローイングがいくつか。「リーマンのゲロクッキー」とか会田的なナイスなネタ。ミヅマでみたカラーウンコ弁当箱を思い出……さなかったが。「東京オリンピック20202メインスタジアムのイラスト」ってどう見てもオメコで、ついでに「《TOKYO 2020》ドローイング」ああっ、なんかこれ見事に本質をついている。そして「新宿御苑大改造計画」の部屋。黒板にビッシリ板書。マジだ。すげえ。あまりの文章ボリュームなんで全部は読んでない。どうも新宿御苑を山林豊かなビオトープにしようってことらしい。割とまじめにイイじゃないか。ジオラマがあって、これがまた結構「いい感じ」に魅力的なので、実現したら素直に嬉しい。

階段を下りてB2に行くと一気に雰囲気が変わる。「セカンドフロアリズム」というインスタレーションというかコンセプト展示というか、表参道らしからぬ小汚い空間というか。「セカンドフロアリズム宣言草案」という手書き文字いっぱいのシロモノがある。要は整然とした町よりもスラムやバラックがいいじゃないか、ということ。おっ、と思ったのはフラードーム(建築家バックミンスター・フラーの考案した合理的ドーム)に言及していること。富士山の観測所ぐらいじゃんとか言っているが、究極の合理性を持つこの構造物は……もうちょっと使われてると思うぞ。フラーの超合理性のダイマクションハウスやダイマクションカー(地球が球体だから3輪なのだ)はてんで普及しなかったが。で、このセカンドフロアリズムのスラム・バラック賛歌で、B2フロア全体が概ねそんな状態で、ガラクタあり、タテカン(立て看板)あり。タテカンはいろいろで「何もやるな」という文字から、「TOKYO 2020」の脱力もの、「発展途上国から始めよう」って、これまんまエヴァンゲリオンキャラではないか。「雑草栽培」コーナーではどう見てもそこらの雑草を本当に栽培している。「国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ」は会田誠による総理のモノマネ(?)なんだけど、いちおうそれなりのことを言っている(ちゃんと聞いてなかったが)。英語で日本語字幕付き。会田誠のカラオケ熱唱もある。要するにゴタゴタといろんなものがあり、こういうのが好きだという人には歓迎されると思うが、実はオレはそんなに好きではない。なーに気取りやがってと思うかもしれんが、そうじゃないんだよね。なんていうかバカバカしいことを大まじめにやるようなギャップが好きなもので(B1F)、バカバカしいことをいかにもバカバカしい雰囲気のところでやっても(B2F)ギャップがなくてあんまし面白くないというところです。いや、これはこれでまじめにやってるんだけどもね。ちなみに、オレは表参道より池袋の方が好きだし居心地もよい。

ということで無料でありながら結構濃い内容だ。
http://www.obayashifoundation.org/event201802.html

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2018年2月 7日 (水)

 ブリューゲル展(東京都美術館)

午前に眼科に行ってやや凹み気味のところ、昼から行ってきた。今回は瞳孔パックリではなかったが視力が落ちている。会場が暗いのはイヤだなあ。
とにかく何たらブリューゲル、というヤツが多くてよく分からなくて困っているアナタ(やオレ)におすすめの、ブリューゲル一家の展覧会だお。
簡単に言うとピーテル・ブリューゲル1世が巨匠で「農民画家」だの「(ヒエロニムス・)ボス2世」などと言われ、その長男がピーテル・ブリューゲル2世。こやつは巨匠な父ちゃんのコピー作品が多い。画才の方は次男坊のヤン・ブリューゲル1世の方がうまく引き継いでいて、「花の画家」とか「楽園の画家」と言われる。その息子のヤン・ブリューゲル2世、これまたヤン1のコピーが多かったようで、あとで出てくるが割とそつなく描いている。あと、その子供(ピーテル1からするとひ孫ですな)が何人か。

宗教と道徳のコーナーから。展示の最初はもちろんピーテル・ブリューゲル1世(とその工房)「キリストの復活」うん、これはまあ普通だ。次は何ブリューゲルかな……ヘラルド・ダーフィット? 誰やねん。そう、ブリューゲル一家がこれだけいても、展覧会場を全部埋めるだけの点数は持ってこれなかったようで、同時代のヤツラでお茶を濁してるんだお。いや、うまいのもあるけどね。ヨース・ファン・クレーフェの「サクランボの聖母」はダビンチ風か。それから適当なのが何枚かあって、やっとブリューゲル1世の下絵、というかモノクロ版画じゃねえか。4枚ほど。マールデン……名前写すのめんどくせえ、の「バベルの塔」うまくねーっ! いかにピーテル1がうまかったか分かるわー。ヤン・マンデイン「キリストの冥府への降下」おお、これはボス風でなかなか面白い。

自然へのまなざしってコーナー。風景画だお。ここではピーテル1世(とヤーコブ・グリンメル)の「種まく人のたとえがある風景」。これが、かなりスゴい。そう、デカい絵でも何でもないんだが、ディテールを描き込みまくっている。単眼鏡は持って行け。単眼鏡で部分部分を見ても、そこがちゃんと絵になっている。すげえ。ミニチュア見てるみたい。うーむこれぞピーテル1。これに負けていないのが次男坊ヤン・ブリューゲル1世。「水浴をする人たちのいる川の風景」父ゆずりの描き込み。「アーチ状の橋のある海沿いの町」も同様。でもこっちはヤンかどうか「?」がついているな。あとは小さいのとか、版画とか。他のヤツはやっぱりブリューゲル親子ほどのディテールは描けないようだ。それからヤン・ブリューゲル2世が登場。これはあんまり貴重じゃないのか「聖母子と洗礼者ヨハネと天使のいる風景」みたいに大きめの絵があったりする。「聖ウベルトゥスの幻視」は模倣ってメモってあるがなんだっけ。概ねヤン2はそんなに凝った絵は描いてなくて、そつなくこなしてる感じ。それより……長男のピーテル2はどこ行ったんだ?

冬の風景の城砦(「じょうさい」って読むらしい)。ここでピーテル・ブリューゲル2世が登場。父ちゃんのコピーをイパーイ制作したんだってお。「鳥罠」もコピーだが、なんかコピーと知るとイマイチありがたみがありませんな。悪くはないんだが。ヤン2の「冬のフランドルの農村」これもそつない。コーナーは旅の風景と物語ってところになって、ピーテル1は版画で、ヤン1はペン画で、テンション落ち気味のところ、ヤン1の油彩があるが小さい。ダーフィット・テニールスってのがいるがヤン1の義理の息子のようだ。

寓意と神話のコーナー。ヤン2の「花輪に囲まれた聖家族」おお、これはなかなかいい。花がきれいだ。あとでも出てくるが花の絵は総じていい感じである。ヤン1の「ノアの箱船への乗船」これは先のディテールものを見てしまうとイマイチ普通ですな。あとはヤン2の油彩大会。「なんとかの寓意」とか「四大元素 - なんとか」とか。ここで唐突にルーベンスと工房の「豊穣の角を持つ3人のニンフ」がある。一応同時代なのか。ルーベンス好みでニンフの体つきの方が豊穣だぜ。アンブロシウス・ブリューゲルというヤン1の息子(ヤン2とは母親が違う)の「四大元素」もあるお。あとはアブラハム・ブリューゲルというヤン2の息子だからピーテル1からするとひ孫の絵あり。

階が変わって、静物画の構成。ここはなんと1/23~2/16まで撮影可だってお。おかげでインスタ蝿がインスタ映えのためたかっているぜっ。えー、それで花の絵は総じてうまいです。あんまし差がない。ひ孫のアブラハムになってくると、なんとなく大味になっている感じもするが。あとヤン・ファン・ケッセル1世ってこれもひ孫だけど、虫のスケッチの絵がある。博物学的彩色バッチシで、よくできているね。それから最後は農民たちの踊りのコーナー。目玉がピーテル2の「野外での婚礼の踊り」でピーテル1に全く同じではないが同じ場面の絵があるんだと。あと、これのアニメがある。踊れ踊れいっ!

親か子か孫がひ孫か、というのを示すマークというか表示があって分かりやすい。とりあえず、ピーテル2が長男でヤン1が次男というのは分かった。
http://www.ntv.co.jp/brueghel/

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2018年2月 4日 (日)

谷川俊太郎展(オペラシティアートギャラリー)

私は一応詩を書いていたり朗読したり即興パフォーマンスをやったりして、詩の界隈に身を置いてはいるのですが、実のところ人様の詩を読むことはほとんどないのです。逆に絵画は見ていても描かないという人生いろいろです。普段アートを展示するところに谷川俊太郎ですって。まあ行ってみよう。そういえばライブ企画もあって、行こうと思ったらもう売り切れていた。無念だ。

最初の部屋にはいるとデカいスペースで20台以上のモニター&スピーカーでやるインスタレーション。本人の声での朗読に合わせてモニターに字が映ったり色が変わったりちょっとした音楽が流れたり。メディアアートですな。うーん、悪くないんだけど、こうすれば新しいでしょ、今時の感じでしょ、という新しさがちょっと鼻につくかな(いや、別にいいじゃないか)。詩はカッパの詩……おお、そうだこれは去年のポエトリー大イベント「ウエノポエトリカンジャム5」で大トリが谷川御大であったが、それでアンコールに最後に読んだ詩だお。うん、そうそう、あの場で一番凄かったのはだね「なんでもお○○こ」(もちろん読む時は伏せ字ではない)というもので、タイトルでヒワイなもんのかと思ったらとんでもない、雄大にして爽快な詩で、ありゃあマジスゲエ。話を戻す。あとはいるかの詩と、もう一つ。

次の部屋は、まず谷川の「自己紹介」という詩があり(HPに出ている)、その一行一行が、一つずつ展示用の棚になっていて、そこにいろいろ置いたり貼ったりしてある。手書き原稿、使っていたワープロ(電源入っている!)とパソコン、ラジオが多数、で、そこから谷川作詞の歌が流れる。おなじみ鉄腕アトムはもちろん、ビートたけしの「たかをくくろうか」って、ほう、あったんだこんなの。坂本龍一作曲? へー あと「♪月曜日、笑ってる」って聞いたことあるな。これも谷川か。なにげにいろいろ耳にしているんだ。えーと、あとラジオ工具、反権威の詩の展示。おお、なんか反権威を書いても粋だなあ。レコード、本人の写真、朝食と夕食……朝食はビスケットとトマトジュースか? シンプルだな。うちと似ている。絵がある。いかにもルオーみたいなのがあるが……ルオーか? 分からん。谷川宛に来た絵ハガキ。おい住所が出ている。いや、さすがに有名人のは伏せてある。「こっぷ」の詩に従ってコップが展示してるのがあるが、これは面白い。そういえば棚の一つ一つに手書きの一言メモみたいなもの貼ってあって、詩人が書いてるんでまた面白い。

次の部屋は「ではまた」という詩の大パネルだけ。読んでしみじみしよう。通路には長い年表。マジ長い。子供の頃に読んだ「ことばあそびうた」が42歳だったかな。え? はるか昔って感じだが、御大まだ現役だし。最後に谷川の質問詩(?)に有名人が回答したコーナー。終わり。常設見て帰途に……長傘を傘ホルダーに忘れてきちまった! おお、なんということ。取りに行かねば。
http://www.operacity.jp/ag/exh205/

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2018年1月27日 (土)

DOMANI・明日展(国立新美術館)

毎年やっている文化庁新進芸術家海外研修制度の成果。まあ今時のアートって誰がいるのかな、という感じなもんで概ね毎回行っている。もうこの時期かあ。こないだ行った気がしたんだが、年々1年が早くなるんだよなあ。今回11人出ている。

田中麻紀子。ほのぼの(?)イラストとかアニメとか細密鉛筆画とか油彩とか立体とか、なんかいろいろ器用な人だ。油彩「Zodiak」がドロドロしてて面白い。それにしても小さいイラストなんかで寄って見ようとすると、灰色のラインの内側に入ってしまい、注意される。が、ほとんどの人はこのラインに気づかないで注意を受けているんじゃ。展示作品の小ささと額入りという形態からしてそんなラインがあるとは思えんのだよ。別に無くてもいいのに。

三宅砂織。体操をやっていた誰それさんの残した写真だかをもとにドローイングしてそれを露光プリントして展示。写真とも絵画ともつかない独特の雰囲気を持ったモノクロ平面が出現。

mamoru。スペース全体を使った映像インスタレーション。うーん、身体とか文字とか、そういうのかなあ。ポエトリーリーディングを使っていて、アートと親和性あるんだなあ。どうも映像もんは時間をとられるもんで、よっぽどと感じないと長い時間見ていないぞ。

盛圭太。大きな布に糸を縫いつけてグラフィックな作品に。二人あやとりの映像があって、これが面白い。おお、この手があったか。

雨宮庸介。インスタレーション。本人がいて何やらレクチャーしてるんだけど、英語なので何が何だか分からない。展示もよく分からぬ。

西尾美也。異国であれどこであれ、通りがかりの人と服をとっかえってこしてもらって写真に撮るプロジェクト。服とっかえてみていいですかなんて一歩間違うと危ない人間に見られちまうな。

やんツー。自動ドローイングに魅せられ、それを中心としたインスタレーション。装置が3つぐらいあって、何か起きそうでワクワクしちゃうがそう大したことは起きない・セグウェイらしきものが動く。オレの苦手ないきなりデカい音をたてる機械があって減点。札幌の地下街だかで描いた自動ドローイングの映像が面白い。実物もあるが遠くて見えん。

増田佳江。絵画。ゴッホっぽい?

中村裕太。ガラスケースに入っている「日本陶片地図」。陶器の破片と、その土地の何かかな。

猪背直也。イメージの明確なアクリル画。都会的幻想画ってかんじ、
現代の風景を廃墟化させるのはこないだ東京駅の展示で見たんだが流行か? バベルの塔が崩れた後の風景がなかなか面白い。

中谷ミチコ。一見絵画で、最初のが鳥に包まれる女の子の足だけ見えてるんで、鴻池朋子かと思ったら違いますな。で、この絵画の印象が何だか妙なのだ。どうも普通でないが何だろう……と、次のや次のを見て納得。これは透明樹脂を巧みに使って、絵に奥行きが出ている……というか絵じゃない。彫刻の一種かな。これポスターになってるが立体ものなんで、実物見た方がいいよ。最後の「蝋燭」という女の子の絵はちょっと怖いぞ。

なんとなく今年はちょっとおとなしめか。また来年も行くんだろうなあ。
http://domani-ten.com/

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2018年1月20日 (土)

鉄道絵画発→ピカソ行き(東京ステーションギャラリー)

コレクション展なんだって……っていうか、コレクション持ってたのか。コーナーごとに「○駅目」となっているので、電車旅気分だぜっ。電車関係の作品ばかりかと思ったらそうでもなくて、最後はピカソに着く。

始発駅は鉄道絵画。東京駅の絵から始まるところが粋だよな。本城直季の鳥瞰写真のパースを飛ばしてミニチュアみたいに見える作品やら、元田久治の廃墟風東京駅とか。意外と現代アート作品が多い。東京駅自体がレンガのレトロな作りなんで古き良きアートでも並んでいるのかと思ったらそうでもないんだな。長谷川利行「赤い汽罐車庫」は1926年のフォーヴ風で、なんかこういう方が見慣れてたりしてな。村井督侍の白塗りパフォーマンス写真。おや、写真に写っているのは中西夏之の卵ことコンパクトオブジェじゃないか。それから立石大河亞の「アンデスの汽車」は油彩だけど3コママンガですな。なんと遠藤彰子が2枚。「駅」と「投影」。確かに多層都市風景によく電車が出てくる。見ただけで分かる遠藤作品。中村宏の「鉄道ダイヤグラム」とか「車窓篇」というシリーズ作品。抽象風でクールでアヴァンギャルドだ。中村宏はサブカルみたいのもやれば、こういうのもやるんだな。

次の駅は都市と郊外。途中で階段下りたりするが、また元田久治の廃墟風……と、これはあの北京オリンピックの鳥の巣ですな。お、去年見たヴェルフリがあると思ったら違って岡本信治郎「大時計・上野地下鉄ストア」ポスター風だけど面白い。抽象っぽい現代アートも結構あって、都市と郊外なのかっていうとよく分からなかったりする。

次の駅は人。人物画というか、人物がテーマね。イケムラレイコの「lying in redorange」ぼんやりうつ伏せ女の絵。この姿勢へのこだわりが妙だがそういうものだ。確か近代美術館でいっぱい見たヤツだよな。大岩オスカールの「男」は超現実絵画っぽい。夏目麻麦「Room 1108」うーん、はっきり見えないし人物かどうか分からないところがちょっと怖い。篠原有司男「バミューダ島の乗り合いバスの天井にトカゲが」パワフルだけど、うーん、ちょっと好みじゃないな。あれ、カラヴァッジョのメデューサじゃないか、と思ったら森村泰昌のなりきり作品「自画像としての『私』(メデューサ)」。フリーダ・カーロになり切ったりする作者がカラヴァッジョに挑戦。元絵より怖い気がするが。しかしインパクトがあったのはラインハルト・サビエ。「無実の囚人Ⅰ」顔が画面いっぱい。皺だというが傷に見えるお。「傷ついた恵みの天使」うおおお人形だっ。こえええ! ホラー小説の表紙になりそうだ。

4駅目は抽象。鄭相和(なんて読むんだ?)の「無題81-6」こないだオペラシティで韓国の抽象を見たんでおなじみな感じ。これは色のないテトリス風。いや、韓国アートなんてなじみがないんだけど、あの抽象世界の極めっぷりはなかなかすごかったお。辰野登恵子「Dec-9-2002」これは辰野にしちゃ分かりやすい……よね。池田光弘「Untitled」金色のラインの使用が冴えている。

終点。ピカソ~ピカソ~ 4つもあるじゃん。 若い日のデッサン「座る若い男」既に極めている感がパネエな。「ギターのある静物」「帽子の男」はキュビズムで、「黄色い背景の女」はいわゆるおなじみピカソの作品。平面的に顔が2つに分かれているヤツね。

各コーナーを駅と称しただけで電車旅気分になるかいと思うが、それぞれに関連を持っているので、意外と移動感というか気分が出たりする。
http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201712_picasso.html

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2018年1月13日 (土)

ルドルフ2世の驚異の世界展(Bunkamura ザ・ミュージアム)

ルドルフ2世は24歳で神聖ローマ帝国の皇帝になったが、政治やら宗教問題やら外交問題が嫌で、首都がウィーンだったところプラハに移転させて、そこで道楽三昧だった……というイントロビデオがあるから予備知識もゲットできる。これを見りゃ楽しめる。意地の悪い言い方をすると、これがないと展示品そのものは概ね2軍じゃねーかって感じなんだお。

最初は「ルドルフ2世とプラハ」コーナー。いきなり外人を描いた「秦西王侯騎馬図」屏風があって驚くんだけど複製。「秦西」って「神聖」のことかな。あとはなんたら何世の肖像とか説明。いや、今回説明は豊富ですよ。

「拡大される世界」コーナー……えーと何があったかな。ファルケンボルフって人の「アレクサンドロス大王との……(長いので略)」は何となくいい感じの空間が、ええと、あれだ、幻想風景、でもないか、まあよかったよ。バベルの塔の絵が2つあった。1つは作者不詳で雰囲気はそこそこなんだけどなんとなくパースがおかしい。いかにブリューゲルがうまいか分かっちゃうな。もう1枚は小さかったがこっちの方がいい……いや、これブリューゲルの丸パクリじゃないかっ? それから作者分からないんだけど「サビニの女の略奪」って絵があって、昔から女をムリヤリ奪う男の世界の絵は多いでございますな。もちろん服も奪ってるお。サーフェリーって人の「村の略奪」って絵もブリューゲル風。それから天文学コーナーがあってケプラーの本とか、ガリレオの望遠鏡とか……まあ複製が多いけどな。ルドルフ2世は天文学者もウェルカムだったんだぜ。

「収集される世界」のコーナーで。フーフナーヘルの細密な昆虫の絵。毛虫もおる。なかなかうまい。追随者の作品も出ているが、やっぱりちょっとレベルダウンするな。油彩の花などあってサーフェリーの動物画がずらっと並ぶ。動物それぞれを描いた版画やら。油彩では1つの絵に動物イパーイだ。鳥ばかりの絵もある。しかし諸君、お楽しみはだね「動物に音楽を奏でるオルフェウス」と「動物を魅了するオルフェウス」だお。竪琴を奏でて動物を魅了したオルフェウスだが、ここの絵は動物がメイン。動物ばっかし。オルフェウスがおらん……のではなく実はいる。いるんだよ。君も探してみよう。サーフェリーの「オルフェウスを探せ」だ。

「変容する世界」のコーナー。ここでいよいよアルチンボっちゃうぞ。最初にアルチン追随者はパクリ風。おっとキルヒャーの「ノアの箱舟」という箱船の全構造を描いた妙な絵がある。キルヒャーはルドルフ2世と接点はなかったそうだが、趣味は似ているそうな。作者不詳のアルチンボルド風の絵があり(なんとなくイマイチ)、その後、目玉のアルチンボルド「ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世像」これポスターでは、なんじゃこりゃみたいないつものアルチンボルドの絵なんだけど、実物はなかなかいいぞ。果物や野菜などを組み合わせて顔にしておるんだが単眼鏡で拡大して見ているとさすがオリジナル。構成物一つ一つが生き生きしているんだな。ヤン・ブリューゲル(子)「大地の水の寓意」うん、魚と美女な。ポンテという人の「9月」これ風俗画でそらに星座の天秤が浮いている……って、これどこかで見たぞ。他の星座のも。何の企画だったっけ。

それで、次の部屋に行くとまた絵画がいろいろ。ハンス・フォン・アーヘン「ルクレティアの自殺」これはなんだ、胸を出している必要があるんだかないんだかエロ目的か。ステーフェンス2世の「聖アントニウスの誘惑」裸女やモンスターで聖人を誘惑のおなじみテーマなんだけど、ボッスのとか知っちゃうとこいつはちょっとパワーが不足だ。スプランガーの「オリュンポスと芸術を導く名声」象徴画風だがコピーか。ラーフェステイン「ルドルフ2世の治世の寓意」あー、これはいいですね。平和的でね、裸女でね、キャッキャウフフでね……ルドルフ2世って生涯独身だったそうで、なんだかなあ。こういう、今でいう萌えちゃう男子? となりのアーヘンのパリスの審判もその手合いで。おいルドルフ。最後はパルミジャニーノ……のコピーの天使君の「神話画」。

あーここで終わりじゃなくて。最後に「驚異の部屋」。というコレクションルームの紹介で。ビデオで予習後、ミニミニ驚異の部屋展示。オウム貝の器とか、からくり時計とか、錠が重そうでメカニックだ。あと自然物とか、望遠鏡、天球儀など。
まだあった、現代美術家のフィリップ・ハースの立体アルチンボルドで少しキモいクロージング。

展示物一つ一つよりも、解説を読みつつ総合的な世界を楽しむ感じでいけるであろう。がんばってるぞ。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/18_rudolf/

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2018年1月 3日 (水)

熊谷守一 生きるよろこび(東京国立近代美術館)

まずここで言いたいのは、旧宅であったところの豊島区立熊谷守一美術館は、実に雰囲気がよい。入るとコーヒーのいい香りもする。美術館として大きくはないので、うまい酒を雰囲気のいい飲み屋でちびちび飲む感じ。一方この企画は、大量イッキ飲みである。いや、それはそれでいいんですけどね。

概ね年代順のようなテーマ順のような感じ。初期はとにかく画面が暗い油彩が多い。「蝋燭(ローソク)」なんて、人物が蝋燭で照らされているんだが、ラトゥールみたいにいかにも「光」ではなく、かといって野十郎みたいに炎に凝るわけでもなく、なんとなく照らしている感じ。傑作らしい「轢死」、夜の薄明かりの中に浮かぶ轢死の人物というショッキングなテーマ……のはずだがほとんどなんも見えねえ。何か見えた? それから熊谷守一美術館にあった「某婦人像」とここで再会。これ、いい絵ですよ。しかし、展示の性質上、絵のガラス面にオレの顔が映っちゃうんだな。あっちではそういうことはなかったと思うが。

画風はフォーヴのように荒々しくなる。がしかし原色ではなく中間色が多くフォーヴとはちょっと違うかな。「松林」とか荒々しいとメモってあるが、どんなんだっけ。とにかくたくさんあるんで、全部タイトルとメモだけで思い出せるわけでもない。しかし中でも「陽の死んだ日」。「陽」って太陽じゃなくて次男の名前ね。これ亡くなった子供の絵なのだ。荒々しいが生々しくはない。4歳で陽が亡くなった時に、彼のために何か残そうとしてその絵を描き始めたものの、これって絵を描いてるだけじゃんと思って嫌になり30分でやめちゃったとか。なまじテクニックがあるもので、悲しみの感情表現というより美術作品になっちゃっているんで、それでむしろ嫌になっちゃったんでしょうなあ。でも、この絵はいいよ。感情あるよ。あとはフォーヴの裸婦がイパーイ。裸婦だがラフだか分かんねえ、なんつって。シルエットみたいなのや、デザインっぽいものもある。中には「線裸」なんていう太い線描のなんじゃこりゃみたいな裸婦もある。「夜」というのが印象的で、これは先の「轢死」と同じテーマなんだそうだ。描いてあるものが分かるので、おお、こういう世界か、と分かる。

えー、次第に風景に移行。荒々しいものの中から、輪郭に赤い縁取り線を使うようになり、その線で塗り分けされるようにきれいにまとめられてゆく。荒々しくなくなってくるわけです。この変化がなかなか面白い。「チュウリップ」なんてのは風景じゃないがまだ荒々しやですな。「谷ヶ岳」や「船津」なんぞで赤い縁取り線が出始める。画面はシンプルになっていって「海」なんぞも実にシンプルでございます……ってどんな絵だっけねえ。同じようなものが延々と続くので、どんな絵だったか……もちろん実物見りゃ思い出すんだけどねえ。「御嶽」という絵ね、山の群青色が特徴ね。「漁村」で色分けが見事にキマり……ナビ派っぽい? 「草人」で久々にフォーヴをキメ、「金峯山」でとうとう赤い縁取りもなくなった。純粋にシンプルな絵になる。この頃、長女の萬を21歳で亡くしてしまう。その「萬の像」があり、「ヤキバノカエリ」という絵もあるが、これはシンプルだがドランの絵を元にしたとのこと。

かようにオリジナルかと思っていたが、元ネタがあるような絵も多いそうで、その紹介コーナーがある。「稚魚」なんてのはマティスの「ダンス」に似てるそうで、確かに近い。「笛吹く児」もマティスだそうだ(どんな絵だったかな)。それからシンプルも際立ってきて、中間色の背景に、対象物を特に中心を持たせず描き、動きのような効果を与えるという手法になる。「雨滴」というのがなかなか傑作。雨滴が餅っぽいが、何ともおもしろい。「鬼百合に揚羽蝶」もそれぞれに躍動している感がある。「蝶」の黄土色の中間色背景に白い蝶は得意技。えええとそれから裸婦がいくつかあったよな。もうシンプルで顔のないヤツラが。書が並んでいて(あんまし見てない)、次に猫がズラッと。ここは壮観だ。にゃーにゃー。広告ポスターになっている「猫」は塗りの色がきれいだ。やっぱ本物はイイネ。「白牛猫」なんていう白いヤツもいる。

それからシンプルも極致になり、「黄菊」のもう黄色の塊だけの究極感、「向日葵」も超シンプル。「雨水」は水が平面になっている。「群鶏」なんて、なんだこれはイモか? みたいなシンプルさ。「少女」はいきなり人物のデカい顔で唐突だが、鼻だけピカソみたいな感じ。だんだん抽象っぽくなってきて、「鯉魚群遊図」はマティスの抽象っぽさに近い。「泉」はカンディンスキーか、「薔薇」は葉が思い切り三角形、「宵月」はマティスの切り絵っぽい。「夕暮れ」や「夕映え」の丸模様で長い旅もおしまいなのだ。

画風の変遷が楽しい。点数は多いが小品が多いので次々見ていける。気に入った人は豊島区立熊谷守一美術館もおすすめ。
http://kumagai2017.exhn.jp/

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2017年12月26日 (火)

レアンドロ・エルリッヒ展(森美術館)

ギロッポン♪ 「見ることのリアル」というサブタイトルだす。アルゼンチン出身の現代アーティスト。内容はほとんどインスタレーションだけど、簡単に言えば「意識高い系トリックアート」。トリックアート好きにも納得。作品は大規模だし一つずつが凝っている。撮影もできる。普通の美術展では撮影可能にゃイヤな顔するクチだけど、今回ばかりは撮影してナンボだぜっ。出不精な娘二人を連れ出して……デジカメを忘れたっ! つ、痛恨だっ。しかたねえタブレットのカメラ使おう……安い泥タブなもんで、解像度がてんで足りねえよコンチクショー。

何があるかは、どのくらいネタバレしようかな。いや、ネタバレしません、はい。最初に揺れているボートがあります。水面に見える……と言いたいが、あまり見えない。いや、これは仕掛けがすぐに分かる。上の娘はチラシの段階で分かったとかヌカす。こいつの印象がチャチいんで、ここでイヤな予感を抱えてしまうが、大丈夫この後あとはちゃんとしてる。

ガラスケースの中に雲が浮いているごときものがある。雲は動かないが、明らかに雲だ。なんでだ? なんで形を保っていられるのだ? 横から見ると仕掛けが分かる。なるほど。
それからドアだけあってドアスコープを除いたら、その向こうになんと……というものがある。それからガラス越しに教室があって、手前の部屋に机と椅子のごとき黒いものがある。そこに座ると、向こうの教室に半透明に座っているように見える。幽霊のごとし。はい写真スポット。エレベーターがあって、その扉から中を覗くと上下に空間が……とか。建物に囲まれた中庭を除いたら、おっと他の建物の窓にも自分達が! ……これは仕掛けは簡単。でも面白い。鏡の無限反射やガラスの使い方がうまい。逆に、無限反射っぽい絵があったりもする。

映像もので、飛行機の窓があって向こうの空が動いているとか。ブラインド越しに除いたら、向こうの建物の窓がいくつも見えて、それぞれなんかいろいろやっているとか。それから試着室の迷宮は見もの体験もの。試着室がいくつも並んでいる。一つに入るる。三面鏡があるが……おっとこれ以上書けねえ。ちゃんと迷宮になっている。ちょっと短いけどおもしろさは十分だ。あと何があったかな。床屋。はい、これもおもしろいよ。椅子と鏡が並んでいる。座る。鏡に自分の姿がうつっている。なーんだ普通じゃないか。じゃ、あっちの椅子にも座ってみよう。あれ? ……こんんなはずでは? なんでだ? 一応試着室と同じ仕掛け。あと、他の人の作品で資生堂ギャラリーで同じようなものを見たことがある。誰だったっけ?

最後は床に石造りの壁(のパチモン)があって、斜め45度にデカい鏡がある。床に寝ると、壁に自分達がくっついているように見える。建物の壁につかまっていろんなポーズをしてみよう。面白いぞ。はいここ、写真スポット。最後は溶けかかっている家の模型とか、今回の企画の模型とか。

トリックアート好きはもちろん、近頃よくある子供だましのトリックアートに飽きてる人も楽しめる。軽く行くならカメラは必須。また、見ることにおいて実像とは、虚像とはなんぞやみたいな高尚な楽しみ方もできるので、一つ一つ体験してじっくり考えてみてもよい。
https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/LeandroErlich2017/index.html

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2017年12月17日 (日)

第7回九条美術展(練馬区立美術館)

「九条美術の会」というのがあるそうで、もちろん憲法九条である。その定期企画らしい。場所貸しだからなのか、ネトウヨの抗議対応が面倒なのか、あるいは国家権力への忖度なのか知らんが、ホームページに案内は出ていない。
私自身はてんで九条信者ではなく、どっちかというとネトウヨに近くて、あんなお花畑思想じゃ平和は守れねえよケッケッケなどと考え、Twitterでのサンデーモーニングへのツッコミを喜んで見ていたりする(番組は見ていない)。
じゃあなんでこんな企画に行くのかというと、こんな企画だからこそ行くのだよ。「表現の不自由展」と同じ。思想の違いを越えて迫ってくるものがあれば、それこそ本物。本物のアート作品なら見たいじゃないか。期間が短くて今日までなんで慌てて行ってきた。

2階の企画展示室全部使っているので、点数も多く豊富にいろいろあるのだが……実はお花畑感満載のイタいアートが並んでいるのかと思ったら意外とそうでもなく、抽象画から人物画など、まっとうな美術作品がほとんど。うん、発起人の一人が高名なる野見山暁治だからか、そうダメなのはいないようだ。いや、あまりにアート的にまっとうなんでかえってツマンネーなとか思ったぐらいである。私としては脳天気な平和ポスターみたいな見ていてハラワタが煮えくり返るようなおバカな作品を見たかったのだが、そういうのはあんまりなかった。

多数の作品から目に付いたヤツ。日比野正*「宇宙船シリーズNo-17-01」なんて兵器で子供が泣いてる、みたいなのはストレートで分かりやすい。中里繪魯洲の電動立体「世界は狂狂と回る」も核の恐怖ものであった。普通に面白いし意図も分かる。花田伸「知ることの意味2」は日本をディスる新聞記事が鞄からズラッと出てくる……あーちょっとムカつくなこれ。でもそれもよし。それから思想を訴えたいのは分かるが表現としてイマイチというのが、柳賢男「立憲主義」いやーガンバレ。もっといってくれ。九条の文字にもっとパワーがほしい。伊藤正昭「悪夢」ええと……もっとサイズを大きくしてほしい。ちぎり絵の松田光子「こどもたちに核はいらない」子供達が平和の中で遊んでいるわけで、こういうのはまあ微笑ましい。最後の方にあった「美しい日本Ⅰ高江」これも稚拙な感じがするが味があるぞ。みんながんばってくれ。あと、抽象画も少なくなかったが、抽象性とメッセージを両立させるのはなかなか難しいようだ。

憲法九条が世界平和に貢献するためには条件があり、それは、戦争を仕掛ける国は日本だけということです。仕掛けられたらどうするか? 応じるなら結局戦争になるし、応じるためには兵器を持ってなきゃいかん。つまり武器買って戦争の準備しないといけないんで、それじゃ仕掛ける国家と同じじゃん。そりゃいけません。じゃあ仕掛けられても応じないか。いやいやいや日本無くなっちゃう。戦争に巻き込まれるなら侵略された方がいいんです、なんて考えもあるが、賛同する人は少ないであろう。ということはもう、周辺国が戦争を仕掛けてくることはあり得ません。仕掛けるとしたら日本だけです、日本さえ九条を掲げておとなしくしていればいいんです、という考えを持たざるを得ず、その確証となるニュースや情報だけをせっせと集めて拡散することになる。日本をディスってるように見えるが、結局そうしないと憲法九条は平和憲法にならない。宿命です。周辺国にも九条と同じものを採用させればいいが、まあそういう動きもできんでしょう(そもそも周辺国は戦争を仕掛けてこないという前提だし)。

と、そういう目で見て、今回の展示のナンバーワン。滝清子「きみがよは ちよにやちよに」九条信者が吸収したであろう今の嘆かわしい右傾化日本、おお今こそかの戦前を彷彿とさせる恐怖の時代よ。その日本に対する怒りをぶつけて表現。このパワー、この悪意、日の丸をモチーフとしたデザイン、戦争の犠牲者達、放射性物質のマーク(反核&反原発か)、悪の巣窟国会議事堂、そして国歌がタイトル。ネトウヨが見たら脳天爆発しそうなほど迫ってくる。私も見ていてなんかムカついてきたが、だからこそ本物。よくぞこれを描いた。調べたらギャラリーで個展なども行っているようで、機会あれば行ってみたいものだ。他の人もこのぐらいの表現をやってほしい。

内容的に開催しづらいのか期間が短いのが残念。もう終わった。
http://www.9-bi.com/information/news11/

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遠藤彰子展 Cosmic Soul(武蔵野美術大学)

500号を越える巨大油彩で魅せる遠藤彰子展です。武蔵野美術大学の教授として勤めていましたが、退任するそうで、その記念展です。私はかなり昔から知っていて「刻ふりつむ」という絵が誰のか分からず印象だけが強く残っていて、ずいぶんあとになってネットが発達してから遠藤彰子という名を知った次第です。府中の個展ではサインをいただきました。

それだけ印象的だったもので小6娘を連れて行きたかったが、ヤツは電車に長いこと乗る上に駅から歩いて18分というアクセスにメゲてしまい断念。私一人である。なんつって私もコンディション最悪。午前中眼科に行って検査のため両眼瞳孔パックリになり目のピントが合わないでヤバいくらい見えない。ついでに先日から目の下の肌が大荒れで痛い痒い不快。でも今日(12/16)しか行く機会が無い。現地になんとか到着。

500号以上の大作というのがずらっと並んで壮観。例のミュシャ展を彷彿とさせるスケール(あれはさらにデカかったが)。初めて見る絵も少なくない。最初に目に付く「炎樹」は、文字通り火が花のように咲いている樹。隣の「その時ゆくりなき雲」はやや上から雲などを見下ろしている視点で描く……と簡単に書いているが絵の方は視点も複雑だし描いてある要素も多いので、一言でこの絵はどんな印象とか何が描いてあるとかとても言えない感じだ。

春夏秋冬をテーマにした連作があり……上野の森で見たかな、これは割と中心イメージがはっきりしている。春は桜の花びら、夏の大きな蜘蛛、秋の大ダコ、冬は……なんだっけ。それから他にも「見しこと」のサンショウウオ? 「眸ひらく明日」の建物のパースペクティブとサーカス、以前も見たのでは「黄昏の笛は鳴る」この女の子のイメージはいいな。しかし今回一番印象に残ったものは「葡萄の熟れる頃」珍しくというか何というか荒々しく破壊的だ。暗い雲から竜巻が降りてきて、地上の建物を破壊する。雲は稲妻をまとっている。何か人類に対する警告みたいなイメージ。隣の「我、大いなる舟に乗りてゆく」は上野の森でも見たが、ガイコツのイメージが強烈だ。何か2011の震災以降、より黙示録的になったのか。「その時ゆくりなき雲」にも原発が描かれている。

あと、今回思ったのは、風景、特に自然物が非常に「性的」な感じがするのだ。エロティックというぐらい風景がエネルギーを放っているのに対し、それに負けないくらい多数描かれいる人々は、何かどれも人物モデルみたいで、決して生き生きしていなくて、群像という要素を全うするためだけに存在しているように見える。もちろん一人一人何かやってはいるのだが、ボッスやブリューゲルとずいぶん印象が違う。あと、複雑さや多視点という意味では、池田学という新世代の超人がいて、寡作で超細密な池田と比較するとちょっと大味に見えてしまうかもしれない。いや、作り方も全然違うので比較するものじゃないけどね。

さてそれ以降は、過去の「楽園シリーズ」やら「街シリーズ」といった既に見たものがほとんど。街時リーズの引き込まれるようなパースペクティブは魅力的だ。500号とまではいかなくともやはり絵としては結構大きいので引き込まれる。最後に新聞小説の挿し絵などが並んで終わり。あと、所々猫の彫刻などがある。

期日が限られている上、大学なもんで日曜やっていないのも痛い。また都内でやらないかなあ。
http://mauml.musabi.ac.jp/museum/archives/11161

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